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2019年7月 6日 (土)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No358

脳卒中発症後、脳はチンタラですが回復作業を開始していると考えられるのです。   ふと思ったこと。多くの方が手足のリハビリで強い方の筋肉をそのまま活躍させようとするようなことをされてしまっているのではとね。   リハビリでも間違うと回復するものも回復しなかったり、大きく遅れたりしますよね。   四肢のリハビリは「楽にできる関節可動域が確保できている」が基礎ですよね。この場合、筋肉は適切に弛緩できる状態ですよね。弛緩できた後に収縮できるのが筋肉です。   「関節可動域が確保されている」はリハビリにおいて重要なことですが、「そのまま直ぐに的確な動作ができる」ではないです。   「片麻痺のお裁縫」ね。夏用のホームスラックスのウエストのボタンがとれてしまいました。もう一度、縫い付ければ使えるというものね。「針仕事」です。   筋肉を収縮させたままその筋肉がついている関節を動作させてみてください。二つの意味で動作できないはずです。実際にやってみてね。

 6月24日(月)、脳卒中発症後、脳はチンタラですが回復作業を開始していると考えられるのです。発症後に意識不明になりましたが保存的治療(視床出血では様子見かな)で意識回復したものね。徐々に安定していったとかも脳が落ち着いてきた証拠です。その後、出血の広がり具合もあるのですが、なんとか麻痺側の一部を動かせるようにもね。これ、どうも反対半球も右脳出血でしたら左脳の方も10%程度オーバーラップしているという説ね。また、出血側の残存機能活用によってかな。で、この段階あたりで神経幹細胞などが修復に向けて活動を始めだしたのかもね。でも、白血球等による残骸が処理されてからだと思うのです。生き残りや幹細胞からの神経細胞が樹状突起を伸ばし始めて、新しい接続を作っていっているようなのです。このとき、軸索でのつなぎ替えは起こらないです。中枢神経系では軸索は伸張しないということですから、樹状突起ですよ。伝導速度が極端に遅くなります。でも、暑いや冷たいなどの感覚の場合はそう問題はないですが、感度の問題が出てきますよね。水道水が氷水、お風呂のお湯が熱湯みたいに感じてしまう方もおられるようです。もし、脳での修復が全く起こらないのでしたら無感覚もままのはずですが・・。ところが、動作に関わる方になると、この軸索と樹状突起の違いが大きく出てしまうことになるのですよ。樹状突起になって、タイミングが遅れてしまうことにですよ。その上、筋肉の感覚情報がない、不十分であるということで運動神経系興奮ニューロンの興奮が持続してしまう危険性にね。そう、筋緊張亢進から痙縮に向かってしまう危険性ですよ。それで関節動作がやたらと難しくなっていってしまう危険性が高いのです。このチンタラ修復期に痙縮とかにしてしまわないようにしましょうね。中途半端に動かせるというのが問題だと思うのです。
 6月25日(火)、ふと思ったこと。多くの方が手足のリハビリで強い方の筋肉をそのまま活躍させようとするようなことをされてしまっているのではとね。手が握り込んでしまうのは曲げる方の筋肉の方が伸ばすより強力なのですよね。「掴もう」と思って手を広げているつもりが脳卒中後の脳ではどの筋肉に命令を出しているのか判らないので曲げる方にも収縮命令かな。で、何とか広げて掴んだときは曲げる方ですよね。また、足では膝曲げのはずが伸筋も同時に収縮させてしまっているとかね。膝を曲げていてもスクワットは伸筋を鍛える動作ですよね。これで、動作を意識すると常時伸筋が収縮かもね。これで膝が曲がらないことにかな。足首は伸びて尖足にかな。尖足ですと内反足になりやすいですね。で、ロボットリハビリ時にはロボットの力で膝曲げができていたのを手続き記憶になっていないのに自力と勘違いしてトレッドミルなんてすると膝曲げができないとかね。これらは「焦り」も大きいと思いますが。筋力の弱い方を手助けしているのがリハビリのマッサージ時ありますよね。ストレッチというても弱い方は通常の動作でよく伸ばされているので筋力の強い方を弛緩させることができるようにのストレッチですよ。私は基本的には救急病院でのリハビリ開始から、上肢は外力で伸ばすを基本、下肢は外力活用みたいにしての曲げる基本ね。で、リハビリ病院ではさらにプラスして「楽な力での関節可動域確保動作」が手続き記憶的にできるようにしていたということかな。強力な方に弱い筋力に負けないように強力な方を頑張らないようにさせたという感じかもね。で、屈曲腕にもならず、手は楽にグッパができるとかね。足も健常者風に必要な関節動作が楽にできているのですよ。なにか、皆さん頑張っていますね。どうも、それが裏目に出てしまったのではと思うようになってきた次第です。
 6月26日(水)、リハビリでも間違うと回復するものも回復しなかったり、大きく遅れたりしますよね。脳の回復にはどうも適度な刺激が必要のようです。一昨日投稿のように感覚系では分かりやすいかな。全く無感覚になっていた(例外的に麻痺側近位区引き延ばしの痛みがありますが。どうしてでしょうね)温覚、痛覚、冷覚、圧覚などが復活しているのを感じられた方は多いですよね。ちょっとした刺激で猛烈な痛みがあったり、お風呂のお湯が熱湯みたいに感じたりとかです。ということは筋肉の感覚器からも同様のことが起こっているはずですよね。ただ、感じたらよいというのではない筋肉の感覚情報かな。動作に必須なのですよ。この情報が不足のまま踏ん張りすぎていなかったでしょうか。サボり気のある私でも、ちょっと頑張りすぎかなと思うこともね。順序と頻度、強度を間違うと筋緊張亢進から痙縮になっていきやすいと考えられるのですよ。例えば、指伸ばしは健常側の手をフル活用して伸ばしましたよ。未だにね。曲げる方は屈筋が強力なので楽々ね。そうこうしているうちに脳がタイミングを覚えたのか自力でも伸ばせるようにね。でも、毎日、健常側を使った指伸ばしを未だにしています。この時に「楽にできる」かどうかですよ。歩行は楽に膝曲げ等ができるのかということを毎日確認していますよ。楽に膝曲げができるから歩数が稼げるのだと考えています。「歩く」というのを直ぐにできるように考えてリハビリしたのか、私は「車椅子着座による両足ちょこちょこ歩行」等で「楽に関節が動かせる」を第一に考えてリハビリをしていました。ひょっとして、リハビリの前提が多くの方とは違っていたのではと思うのです。いろいろ最新のリハビリ情報を投稿されておられる方がいますが、関節が楽に動かせたら、その情報はその方にも有効でしょうね。でも、救急病院やリハビリ病院、退院後などのリハビリへの取り組み方によっては「筋緊張亢進→痙縮→拘縮」みたいな順になってしまわないのか気になるところです。
 6月27日(木)、四肢のリハビリは「楽にできる関節可動域が確保できている」が基礎ですよね。この場合、筋肉は適切に弛緩できる状態ですよね。弛緩できた後に収縮できるのが筋肉です。楽に弛緩できないからボトックスですよ。弛緩できないということはさらなる収縮ができないということで、動作に活用できる状態でないということです。だから、トレッドミル上で膝が動かせなくなったりするのですよ。人間は関節動作の動物です。蛸みたいな軟体動物ではないし、蛇やウナギみたいなほど脊椎を活用でないのですよ。ということで、健常でも関節動作ができるということが必須なのですよ。関節動作ができての筋力ですよ。関節動作ができるというのは筋肉が弛緩できるということですが、下垂足は足首を持ち上げる筋肉が弛緩してしまうことで起こるようです。尖足は脹ら脛の方の筋肉、足首を伸ばす方に働く筋肉が頑張りすぎて弛緩できないことによるのですよ。だから、下垂足は足首関節は動きますが、尖足は動かないですよね。動きのある方の治療はまだ楽なようですが、尖足は大変ですよね。これは筋肉が弛緩しないからですよ。このような筋肉について考えながらリハビリをしてこられましたか。筋力を回復したければ、まず、筋肉が楽に弛緩できるようにすることです。それも、屈筋と伸筋の両方ともにです。筋緊張状態等がよくないのは健常者も同様です。ですから、脳卒中発症後の我々にとっても筋緊張状態等はよくないのです。関節を動かしがたいのは筋肉が楽に弛緩できないからです。関節を楽に動かせての楽な動作ですよ。筋肉が楽に弛緩できて関節を楽に動かせるのですよ。ところであの方の「ナンバ歩き」はどうなったのでしょうね。気になります。
 6月28日(金)、「関節可動域が確保されている」はリハビリにおいて重要なことですが、「そのまま直ぐに的確な動作ができる」ではないです。が、的確な動作をするには関節が楽に動かせるということが必要です。「必要条件」、「十分条件」、「必要十分条件」の観点から考えてみましょうね。的確な動作をされている方は関節が楽に使えていますよね。関節が楽に使えても不器用な方もいますね。「関節が動かせる」というのは動作にとっては必要条件ですが、「動かせる」だけで「精度を保証するのではない」ですからということです。「手足で精密な動きが楽にできる」は「関節が楽に動かせる」からみると十分条件かな。匠の技をお持ちで活躍されている方に手足の不自由な方は普通はいないと思えるのでね。必要十分条件は両者が一致している場合です。実際に脳卒中リハビリで、特に四肢のリハビリで困られているの方に多いのが「精密に動かせたい可動域がない」とかではなく、「他動でも関節が動かしづらい」などで必要条件の方で引っ掛かってしまっているのですよね。「他動」で楽に動かせていたら「自力」で楽に動かせるだけにはなりやすいですよ。どうして、他動でも動かしづらくなってしまうのかということへの検証をされたことがありますか。筋緊張が昂じるにつれてですよね。筋緊張が上がるというのはその筋肉が収縮状態のままになっていくということですよ。そうすると、リハビリの必要条件の「関節が動かせる」からずれてしまうことになってしまうのです。関節が作動するときには伸筋か屈筋のどちらかが弛緩する必要があるのですが、筋緊張で弛緩できなくなってしまっているということですよね。ロボットリハビリ等強力な外力があると関節動作ができて、トレッドミルでは関節動作ができないということも起こりうるのですよ。運動神経系興奮ニューロンの興奮亢進を見過ごしてしまっておられたのかな。、
 6月29日(土)、「片麻痺のお裁縫」ね。夏用のホームスラックスのウエストのボタンがとれてしまいました。もう一度、縫い付ければ使えるというものね。「針仕事」です。裁縫セットには縫い針に糸を通すための器具もついているので3~4年ぶりぐらいの挑戦ね。問題は「視力」と「麻痺手が震える」ということですよ。「麻痺手が震える」というのは筋トレみたいな馬鹿力は必要なく、微妙な力での手等の姿勢保持ですから震えるのです。これは筋力調整の仕組み上避けることのできないことです。なので、如何にごまかすかね。「視力」の方は「ルーペ」、拡大率の高い眼鏡ね。でも、かけ続けると頭に・・なので短時間でできるようにね。で、実際、縫い付けることができましたが、針で指を縫いかけることが数回ありました。なにが、一番の問題かというと「震える」ですよ。どうしてかというは過去にも投稿しているので探して読んでね。「大脳と視床と小脳の連携による筋肉動作の調節」みたいな検索用語で検索して医療関係、生物関係のまともなサイトを探して読まれることを推奨します。視床がやられると感覚がなくなるだけではなく、動作の微調整の連携の中継もなくなったりするのですよ。もっとも、感覚麻痺で筋肉関係の感覚器からの感覚情報を途絶えた方も筋力微調整ができなくなるのではとね。微調整ができないから脳は微調整をしようと試みて運動神経系興奮ニューロンを興奮亢進にして筋肉を高緊張にしてしまうのですよね。ですから、上肢は下肢に比べて筋緊張亢進→痙縮→拘縮の道を歩みやすいようです。縫い針って何gなのかな。こんなのを持つのに筋トレって必要なのかな。このような動作に対しては外力による指伸ばし、外力による腕伸ばしが基本かなともね。この伸ばす動作に抵抗を感じるのは微調整のさせすぎですよ。
 6月30日(日)、筋肉を収縮させたままその筋肉がついている関節を動作させてみてください。二つの意味で動作できないはずです。実際にやってみてね。腕で屈筋を収縮させると肘等が曲がりますよね。そして、そのまま収縮させての次の動作ですよ。絶対に緩めないようにしてね。伸筋で楽に引き延ばせそうですか。腕相撲の膠着状態ですよね。楽に動作できているといえますか。痙縮等はこの時の収縮させている筋肉の状態に常になってしまっているのです。だから、ボトックスではボツリヌス菌毒素で緩めるというか収縮できないようにするのですよ。筋緊張もその筋肉が収縮状態なのですよ。これは健常者風歩行でもナンバ歩きでもワニ歩きでも蛇の真似でも影響は同じように出てきます。収縮させたのち弛緩できないというのは次の動作ができないということなのですよ。当然、上肢でもですよ。上肢の方が感覚神経も運動神経も多いので影響は甚大ですよ。感覚がないということは多くある感覚神経が働いていないということであり、感覚情報で活性化される運動神経系抑制ニューロンを活性化できないのですから簡単に痙縮等になりやすいのですよ。手足のリハビリでの問題は筋肉を弛緩させることができないということですよ。ボトックスはボツリヌス菌毒素で筋肉を弛緩させているのです。これだけです。他の作用はないのですよ。なら、常に弛緩できるようにリハビリを行う方が楽ですよね。私はどうも「楽して後々にもよい影響が残るように」ということも考えることが多いのです。リハビリも勉強も同じで「楽しく楽して後々にもよい影響が残るように」でね。最良かどうかは別にして最悪だけにはなりたくないですね。数学は「論証」、高校程度で唯一「論証」をさせる教科だったのに・・。「・・を証明せよ」とかね。

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