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2019年7月13日 (土)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No359

「生命」は何なのでしょうね。   「生命」をどのように考えるかということも「安楽死」等をどう考えるかということに繋がっているかもね。   「生命」の不思議。遺伝物質にどうしてDNAを選んだのでしょうね。   先週、訪問リハビリの歩行リハビリ時に「歩幅が広がりましたね」といわれましたが・・。   再実験のできないリハビリかな。どうも、脳卒中リハビリとかやそのほかのリハビリでも再実験が基本的にできないようなのです。   「視野の狭い輩」に対して、下手な絡みは「視野が狭い」分、何時までも続きますよ。ネタに困ったときでも使えますしね。   「視野が狭い」もので、どう考えても手や足は関節が適切に動かせるというのが先にあってと思うのですけどね。これ、常識ですよね。「関節が動かなくても何とかなる」という方が非常識かな。

 7月1日(月)、「生命」は何なのでしょうね。生物の構成要素を細かく考えていくと原子の集合体ですよね。原子が集合しても生命には普通はならないですよね。タンパク質にしてもDNA(普通、遺伝子といっている原子の集合体ね)とかがあっても生物とはいえないですが・・。生体膜の中にあれば、条件さえ整えば「自己増殖」を始めてしまいますよね。どうしてなのか、未だに全く判らないことです。で、地球上の生物を観察していると自己の複製品みたいなのをつくって後、ボチボチの頃に死んでいきますよね。ゾウの墓場みたいなのがあったりで人間みたいに悪あがきせずに死んでいくのがほとんどですよね。多くの有性生殖の生物の観察から、「生物は自己のDNAを残すために生きている」という極論みたいな説もあるのです。俗に「人のDNAによる保証期間は50年」という説は子孫を作り、ある程度成長させるのに必要な期間ということかな。なので、保証期間を過ぎてしまっているのです。保証期間中のように奮闘することができないようにもなってしまっていると思うのです。ですから、今持っている臓器器官等を大切に使っていく方がよいように感じています。補修できる場合もありますがです。ほんとう「生命」って何なのでしょうね。細胞を生物を調べ上げられていますので、いろいろとより細胞等について理解できるようになってきていますが「生命」については判っていないですよね。運動神経系興奮ニューロンの興奮は持続するようなのに運動神経系抑制ニューロンの興奮は直ぐに収まってしまうのでしょうね。持続したら興奮ニューロンが興奮できなくなるからかな。ボトックス対象になってしまう場合があるということは運動神経系興奮ニューロンの興奮は持続するということですよね。この程度の考えでよいのかな。それでなくても高齢になっていくほど「廃用症候群」や使いすぎによる悪影響が出やすくなりますよね。
 7月2日(火)、「生命」をどのように考えるかということも「安楽死」等をどう考えるかということに繋がっているかもね。免疫の中枢の一つである胸腺(T細胞を教育しています。卒業率は低いそうです。)は5~6歳頃が最大で、その後、徐々に脂肪組織と置き換わっているというのです。私も大部分脂肪組織なってしまっていると思うのです。これらもあって高齢者は免疫力が低下していきやすいのです。教育されずにでてくるT細胞が増えてくるので、場合によると健康な組織を攻撃するようなT細胞も出てくるとか。免疫系も含めて劣化が遅い方で健康状態がよい場合は100歳を超えても認知症もなく活動的に生きていけるのだと思うのです。どの部位の劣化が早いかは細胞に聞いての世界かな。そう、わからないのですよ。ただ、脳の適切な支配状態でない場合は劣化が早くなるところが出てきやすいようです。ですから、脳卒中はある意味怖いのです。すみませんが「早そう」ぐらいですよ。明らかに遺伝的欠陥や発生期での作り損ない(たとえば、脳動静脈奇形等)等は別の話です。とかがあるのでボチボチ高齢になってくるほど、「延命」は不要と思っています。「救命」と「延命」の境はどのあたりなのでしょうね。「救命」はその一時期を上手に手当等ができれば、短期間である程度回復する場合と思っています。「延命」は生かせているだけと思っています。「延命」に足を突っ込むようになっていきそうなら「安楽死」という選択肢もあっていいかなと思うのです。最低限、意思の表示が的確にできている間はこんなブログでも続けていきたいと思っていますけどね。「救命」のはずがいつの間にか「延命」になってしまっている場合もあるかもしれないですが、基本的には延命を拒否します。
 7月3日(水)、「生命」の不思議。遺伝物質にどうしてDNAを選んだのでしょうね。RNAを遺伝物質にしているウイルスもあるのにね。RNAが遺伝物質ですと、変異が多くて同一種維持に支障があるようなのです。で、インフルエンザの変異が多いことね。DNAでも大腸菌等は二重らせんですがリング状で端っこがないというのです。で、一応は不老不死ですので、事故死ね。染色体で二本が対になった多細胞生物にね。雄親と雌親から一本ずつ貰うという形ね。人間の場合、それぞれ23本ずつね。でも、端っこが全部で92箇所ということにね。細胞分裂のための複製時に短くなっていっているのです。「テロメア」ね。どこかで「細胞分裂による細胞の更新」ができなってしまうのです。「寿命」ね。どうして、このタイプを生命は選んだのでしょうね。その代わり、リング状に比べて膨大な量の遺伝子を保持することに成功したわけですよ。また、進化もね。ただ、「死」というのとセットだったのですね。それで、子孫を残すことができる最低限の年数保障の遺伝子ね。多くの脳卒中患者は遺伝子の保証期間が過ぎた後に発症ですから、無理ができないのですよ。上手に現存の臓器組織を使う必要があるのです。ですから、若者的発症でのリハビリはできないのですが、高齢であるということで四肢ですと適切に動作させ続ける必要もあるということになるのです。「使わないと廃用症候群、使いすぎると老化による弊害」の高齢期ね。ここに脳卒中ですよ。例えば、「蟹歩き」ばかりしていると「関節が蟹歩きの範囲での仕様」になってしまうかもね。ナンバ歩きも難しくなってしまっているかもね。「ラジオ体操的動作が楽にできる」というのもよいと思いますが。できたら、ラジオ体操第一と第二のほぼ全ての動作をね。私は跳躍のあるのができないですが・・。
 7月4日(木)、先週、訪問リハビリの歩行リハビリ時に「歩幅が広がりましたね」といわれましたが・・。まだ、振り子式の歩数計も愛用していたときに同じコースで「4歩」なんて凄い歩数を記録していたのでした。普通の3Dセンサーの歩数計は1500歩ぐらいです。この原因はウエストにうまくフィットしていなかった。傾いていたのでしょうね。そう、それぞれ、適切な使い方というのがあるのです。3Dセンサーは振り子式に比べて融通が利くということですよ。どのくらいかはそれぞれによると思うのです。我々のリハビリでも各自の症状等に応じて適切にするのがよいですね。ただ、振り子式でよいというベルトとへの装着方法は3Dセンサー式でもよいと思うのです。四肢のリハビリですと、「楽な外力による関節可動域確保動作が継続してできるように」というのはほぼ全ての方に有用だと思うのです。これにどの程度上乗せのリハビリをおこなうかが各個人の病状とうから考えて行うことだと思うのです。ボトックスは関節動作ができないからということですよね。「楽な外力による関節可動域確保動作」ができるのあれば、ボトックスは不要ですよね。いったい、何が基礎なのかを的確に理解しいているかどうかだと思ったりもします。高齢になってくるにつれて特定の動きのみにしてしまうと関節の動きもその動作専用に固定されてしまう恐れが高いと思うのです。訪問リハビリでは関節可動域を狭めないように普通の動作では動かさないような方向にも動かして貰っています。私からみたら小柄な女性が楽にできているのですよ。ということは「楽な外力による関節可動域確保動作」ができているということになりますよね。
 7月5日(金)、再実験のできないリハビリかな。どうも、脳卒中リハビリとかやそのほかのリハビリでも再実験が基本的にできないようなのです。なので、「失敗しないように行う」というのが大切かと思っています。成功といわれなくても「悪化していない」ですよ。何をもって悪化していないと考えるかという価値観の問題に突き当たります。私は四肢のリハビリでは「人間は関節動作の動物だから、楽に関節が動作できておればよい」ね。未だにこの原則なのです。ボトックスは関節を動かしにくくなってですよね。関節を楽に動かすには必要に応じて関係する筋肉を緩める、弛緩させる必要があるのです。この弛緩ができないのでボトックスですよね。ということは、一応、この方面からの価値観では「悪化していない」になると考えています。「片麻痺のお裁縫」も「健常者風歩行」も関節を動かせるからできるのですよ。ただ、脳卒中で感覚麻痺になり、筋力コントロールができないですけどね。皆さんがわりと挑戦している筋力コントロールは脳の回復後にできるようになると思っているので無理しないだけです。これらで無理をすると関節を動かせなるという危険性を感じ取ったわけです。関節を動かせないから健常者風歩行ができないのですよね。すると、ナンバ歩きもできない可能性は高いですが。こうなると、「悪化」と思うのですが。で、各個人で繰り返してみて、例えば、「ボトックス適応になっちゃったので、発症直後のフニャフニャに戻ってやり直し」なんてできないですよね。だから、皆さん、困っているわけですよ。関節が楽に動かせるので年数分、ボトックス対象にしてしまった方などよりはマシかな。そう「マシかな」程度ね。脳卒中四肢のリハビリでのやり直しは発症直後のフニャフニャに戻れるのならできると思いますが・・。プロの選手も怪我等からのリハビリに失敗して現役を止められた方も多いですね。「やり直しができない」からですよ。
 7月6日(土)、「視野の狭い輩」に対して、下手な絡みは「視野が狭い」分、何時までも続きますよ。ネタに困ったときでも使えますしね。昨日投稿の例ですと、はっきりといって「リハビリを失敗されている」を思える投稿をされ続けていますしね。東洋経済メールマガジンに『子どもに絶対言ってはいけない「全否定3要素」 子どもを本当に幸せにする「親の力」 東洋経済オンライン』というのがあったのです。「視野が狭い」というのも存在そのものを否定するような言葉です。否定されたのですから、何時までも続けますよ。 結構な高齢ですから、この程度のダメージで何とかなっているのですけどね。「そんな子に育てた覚えがない」とか「絵が下手である」とか「卑怯」(状況を調べることなく思い込みで)とかもういろいろな言葉があるのですね。これ、親だけではなく、学校の教師も頻繁に使っているようです。教え子に対して「おまえは馬鹿だ」だとかもね。馬鹿でないように教育するのが教師でしょうが・・。親のいう「そんな子に育てた覚えがない」とかいうのは「子は親の背を見て育つ」ですよ。親の行状が子に現れているのですよね。だから、「三つ子の魂百まで」というような諺があるのですが・・。「視野が狭い」といってくれた方についてはどうも「上から目線」が気になってしまうのです。相手の地位や年齢等もね。どうして医師による失敗についてはさらっと逃げているのですね。「大福餅」の一件なんて「糖尿性低血糖」そのものみたいなのです。看護師は医師の指示があってのちに「治療用のブドウ糖」や「血糖検査器機」などが使えるのです。あのブログでは医師は全く「糖尿性低血糖」を認識していなかったいう感じの投稿でしたが。なにせ、視野が狭いもので繰り返しになっているように思いますが・・。
 7月7日(日)、「視野が狭い」もので、どう考えても手や足は関節が適切に動かせるというのが先にあってと思うのですけどね。これ、常識ですよね。「関節が動かなくても何とかなる」という方が非常識かな。健常者風にしろ、ナンバ歩きにしろ、ワニ歩きにしろ、手や腕や足の関節がそれぞれの歩きに対して適切に動かすことができるというのが常識ですよね。ワニ歩きができるほど関節が動かせたら、健常者風もナンバ歩きも楽にできそうですね。棒足状態になってしまったらナンバ歩きも無理みたいですね。視野が狭いので「関節」のことのみですよ。歩行リハビリ時になって関節の動作を考えるのではなく、「車椅子着座による両足ちょこちょこ歩行」とかでもよいですから、負荷のない状態や少ない状態で関節動作を練習されてからの方がよいのではと思ったりしています。当然ロボットの力を借りてもよいと思うのです。ロボットの力を借りる場合は健常者風ですよね。ロボットの製作上、健常者風が楽なのかな。こういうのをなしにトレッドミルというのは脳を追い詰めることになるのではとね。脳が焦って伸筋と屈筋の両方に収縮命令をだしてしまいやすいのではと思うのです。膝を曲げるときには伸筋、膝を伸ばす方の筋肉への収縮命令が出ないようにする必要があるのにトレッドミル上では脳が収縮命令を無意識的に出てしまっているようですね。だから、膝が曲がらないのですよ。足では屈筋の方が伸筋より非力だしね。膝曲げができるわけないですよ。股関節が楽に動かせ、膝関節も楽に動かせ、足首関節も適切に動かせたら、健常者風でもナンバ歩きでもできると考えられるのですけどね。ただ、ワニ歩きには挑戦する気はないですが・・。手足の関節を動かす気がないのでしたら、蛇の真似でもいかがでしょうか。脊椎動物の手足の動作の常識は「関節を適切に動かすことができて動作できる」です。この常識を否定してみてください。皆さん、関節を動かしにくくしてなってしまって困っておられるのですよね。関節を動かしやすくにとボトックス療法ですよね。

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