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2018年8月19日 (日)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No312

おじんのせこいのが多く出てきていますよね。視野が狭すぎますよね。   「視野が狭すぎる」というのはどのようにして起こるのかな。   体温調節能力について。発汗等の厚さ対応能力は乳幼児期にその基礎作りが始まるのですよ。   当地にとっては台風がそれてくれたので、前回は上空通過ね、ランチとケーキセットによるリハビリに行ってきます。   ラベリング(レッテル貼りとか)で思うこと。「視野が狭すぎる」というのの要因の一つかな。   織田信長については多くの作家の方が書かれていますね。で、司馬遼太郎氏のも読んだことがあるのですが、津本陽氏の「下天は夢か」の「信長私記」がものすごくわかりやすかったです。   世間の常識というか思い込みと私の思い込みではどちらの方がより妥当性があるのかな。

 8月6日(月)、おじんのせこいのが多く出てきていますよね。視野が狭すぎますよね。せこいから、問題発覚になると逃げる必要が出てくるのですよね。どうして、顧客満足度を上げるということに思いが至らないのかな。あれではヤクザの方がマシかもね。昨日の「ガッチリマンデー」でRIZAPが取り上げられていました。健康コーポレーションのいう会社名の時に株式を購入して優待2回ほどで家族の評判が悪かったので売却益もあったの売ってしまいました。RIZAPはその後です。保有しておけばよかった。後の祭りね。顧客満足度を向上させているから儲けているのですよね。そのためには従業員の満足度も向上させてかな。頭を使ってアップルは時価総額1兆ドルを超えたというのです。一時期つぶれかけていたと記憶しています。私はアップルの製品を全く使っていません。こんな私みたいなのがいても儲けているアップルね。企業やボスの利益のみに拘るとどこかで破綻していくことになるのですよね。恫喝とかで批判を封じるのは、告発を封じるのはヤクザですよね。ボクシング連盟の試合用グローブの話は日大の物品購入で特定業者のみにしたのと同様の手口ですね。正常な競争を阻害して特定業者を儲けさせて、その上前をはねるという手口ね。理事長は日大に寄付しているからというのですが、例えば、10億円儲けて4億円寄付とかですと、6億円下垂めとられているのですけどね。日大の関係者は不満たらたらだそうです。アメリカの保護貿易も結局はアメリカ国民にとって不利益になると思うのですけどね。利益を独り占めすると儲けの出し手がいなくなる可能性があることをね。日本では低賃金の常態化で売り上げが伸びないとかで、負のスパイラルに落ち込んでいますが、おじんのせこさが一番の問題かもね。農業でも長らく元気な農家を潰してきたりしましたよね。ある程度前から潰すのは止めたみたいですが遅かったかな。せこいおじんは直ぐに引退しましょうね。
 8月7日(火)、「視野が狭すぎる」というのはどのようにして起こるのかな。脳卒中による視野狭窄ではないですよ。思考できる範囲が狭いという意味のほうね。成長期での経験による分もあるのかな。思考できる範囲を広げるというのは訓練によるのかな。思考の範囲を狭くしている方が楽ですよね。また、考えるより経験済みの通りにする方が楽なようなのです。日常の生活の多くは反服ですよね。でも、いつもの繰り返しのみに安住すると楽であっても思考力等が失われていきますよね。日本では「考える」より「暗記」、「表現する」というより「再現させる」ということが多いですよね。「再現」は基本的には考えていないということかな。第二次世界大戦時に英国軍で「日本軍で一番おろかなのは参謀肩章をつけた連中である」といっていたそうです。日露戦争の勝利のパターン、教えてもらったパターンでの戦術であるとね。戦略は無いというのが日本の常識かな。昨日投稿のも長年の体育会系の伝統ある行動方針を疑問も持たずにしているのではと思うのです。考えていないということね。今から、振り返ると体育会系の上下関係や指導方針等は世界から見たら異様であると思うのですけどね。ブラック企業の源泉の一つですよ。何も考えていないから、この災害級の酷暑に児童生徒を放り込んで練習や試合をさせても何とも思わないのですよ。例えば、サハラ砂漠で生活してみるとかは直ぐにはできないですが、児童生徒と同じ条件での練習等は直ぐにできますよね。試してみようともせず、過去の経験?らしき思い込みでの思考しかできないのがおおすぎはしませんか。視野が狭いというのはあっても少し前までは何とかなってきたのでしたが、経済情勢も気候条件もいろいろなのが急激に変化している現在ね。早急に視野の狭いのを政財界の頂点からも引退してもらわないと地球が滅びてしまいそうです。日本の少子高齢化が本格化する前に人類滅亡が起こるかもね。
 8月8日(水)、体温調節能力について。発汗等の暑さ対応能力は乳幼児期にその基礎作りが始まるのですよ。急に暑いときにやせ我慢させるのは熱中症に追い込んでいるみたいなのですよ。使うことのできる汗腺は乳幼児期にだいたい決まるというのです。6ヶ月から2歳ぐらいまでだったかな。一旦、開通させるということでだらだら汗をかかせるというのではなかったと記憶しています。で、次に初夏等にその夏に備えての発汗練習をしておくというものですね。ですから、繰り返しますが、小学生になったからとかで・・は熱中症に追い込むだけかもね。基礎体温を高めにするということができると少しは体温の低い人よりは有利かな。後は限界をいかに感じ取ることができるかということかな。熱中症で倒れる前に、対処に必要な時間を確保できるということができる時期にね。汗を馬鹿にしないようにね。汗臭いには二通りあるというのです。一つが汗かきが上手でなく、体液に残しておくべき成分をも出してしまうというものね。もう一つが汗をかいた後、しめったまま放置して皮膚の常在菌を繁殖させてしまったときというのです。上手に汗を出せる汗腺の汗は出たときにはにおわないというのです。昔は乳幼児での汗疹が頻発していましたよね。汗腺が開通して発汗が起こっていたからですよ。そして、クーラーなしでも生活できた昔。毎年、汗腺の訓練ができたりね。経済成長で、子育て時の条件が違ってきているので、体温調節能力は以前より低下している可能性が高いですよね。この昔育ってきた高齢者などは感覚麻痺などと高齢による機能低下等ですよね。そりゃ、熱中症が頻発して当たり前かもね。
 8月9日(木)、当地にとっては台風がそれてくれたので、前回は上空通過ね、ランチとケーキセットによるリハビリに行ってきます。今日は長崎に原爆が投下された日ですね。ところで、ドイツがほぼ降伏状態になったのがヒトラーが自殺した日かな。これから3ヶ月以上しての投下でしたね。初の原爆実験に成功したのが7月でしたよね。この頃には日本は世界47カ国相手に戦争をしていたと司馬遼太郎氏の『雑談 「昭和」への道』で述べられていました。ドイツはヒトラー率いるナチスが戦争をしていったのですが、日本は官僚である、軍事官僚が戦争を主導していったのでしたよね。それで、ドイツも降伏したというのに優柔不断で最終決断ができなかった。戦争を続けることの不利益を想像できなかったのですよね。この後、天皇制下の御政断でポツダム宣言受諾を決め、玉音放送になるのですが、ゴタゴタがあったことは有名ですよね。聖戦であったら、関係文書等の廃棄する必要がないのに「日本で一番長い日」という映画でしたか、焼却処分の様子が延々とあったとか。在郷軍人会にもお触れがあったというのです。文書廃棄や改竄の伝統は今も続いていますよね。そして、禁止や罰則等の法制化について政府は全く対応する気がないですよね。同じ穴の狢なのですよ。トカゲのしっぽ切りが出たりしていますね。戦闘等で軍神が祭り上げられるというのは上官、それも、相当上層部にやばいことがあったときにあったというのですけどね。日露戦争では軍神みたいなのが多数でましたが、後に神様になったのがいますね。このタイプの誤魔化しや箝口令等で極秘にして反省することなく、元亀天正のころの信長軍の装備に毛の生えた装備で太平洋戦争に突入していったのですよ、日本は。そして、悪あがきで負けを認めないから、天皇陛下が痺れを切らしての御政断です。天皇が生涯での唯一の指示がポツダム宣言受諾で、これ以外は軍部の独断ですよ。負けを認めない軍部のね。誤りを認めない官僚ね。日露戦争の話に疑いを感じてから、いろいろ調べたりして、司馬遼太郎氏の『雑談 「昭和」への道』がこの考えを後押ししてくれました。太平洋無着陸横断攻撃は日本が最初に実践したようです。風船爆弾ね。ただ、弾道ミサイルなどのようには攻撃地点を決めることができなかった。風任せ。インドネシアから原油輸送で、ドラム缶に入れて海流を利用するという凄い知恵も日本ね。海流任せ。今の政府自由民主党や官僚も間違いを認めようとしないのは当時と同様ですね。当時は全く認めなかったけどね。
 8月10日(金)、ラベリング(レッテル貼りとか)で思うこと。「視野が狭すぎる」というのの要因の一つかな。とうっようけいざいのメルマガにあったのですが・・。「ゆとり世代」というレッテルを貼って人物をみてしまうと、このレッテル張りの時に思い込んだ人物像が他をマスキングしてしまって見えなくなるというのですよ。そして、みようとしないから、観察力がなくなってしまうのですよね。人間の思考では「観察する」ということも大切ですが、みていないということは何も感じないということにもなりますよね。レッテルを貼るとレッテル張りの時と違うことがあっても「無視する」、なかったことにしてしまうことにもね。織田信長は「短気」というレッテルが貼られているようですね。で、美濃攻めに10年ぐらい掛けてかな。稲葉城攻めの時は稲葉一徹とかの裏切りを事前に画策してからだったとね。石山本願寺攻めに10年、兵糧攻めの多かった信長軍。短気でできる攻撃方法ではないですよね。織田信長が強かった理由は「相手より優秀な武器で相手より軍勢は多く、自軍にとって有利な日時と場所へおびき出す」というのが基本だったとね。桶狭間がこれに該当しない戦いですが、事前準備は怠りなくしていたというのです。それに引き替え、帝国陸軍のノモンハン事件では仕掛けておいて、相手の圧倒的火力等によって死傷率75%以上になったとか。その2年後に米英開戦ですよ。「帝国陸軍は世界一」というレッテルだけが頼りのね。ノモンハン事件でレッテルがはがされているのにそれを無視してね。信長なら絶対にしない戦いですよ。思考停止状態ですから、それも、集団での思考停止状態ですからね。織田信長の後、豊臣秀吉、徳川家康と続きましたが、この3名ともに配下による略奪暴行を厳しく禁止していたというのです。帝国陸軍は?。だから、文書廃棄が必要だったのでは。だから、「リハビリでサボるとボトックスもあり」とかといわれているセラピストの見解を聞きたいのです。レッテル張りについては常に自己の見解と異なることがあったら調べてみるということが必要なのですが、そのヒントとして聞きたいわけです。是非、国立大卒のそのセラピストの見解をブログに投稿してほしいです。
 8月11日(土)、織田信長については多くの作家の方が書かれていますね。で、司馬遼太郎氏のも読んだことがあるのですが、津本陽氏の「下天は夢か」の「信長私記」がものすごくわかりやすかったです。信長は軍資金の調達については父親譲りのようですね。帝国陸軍と違って、最新とかより有利なのを好んでいたようです。足軽の持つ槍は当時二間半の長さだったときに三間半、約2m長いのを持たせていたとか。鉄砲大好きだったかな。美濃攻めで一番の難所は木曽川かな。墨俣の一夜城が藤吉郎らによって築かれるまでに10年ぐらいかな。このときの物資調達は近隣農民にとって面玉が飛び出るほどの高値でむしろを購入したともいわれていますね。これ、因幡での兵糧攻め時もかな、米の高値買い付けで備蓄米を欲の皮に釣られて売り出させたとか。石山本願寺攻めの時には海上封鎖で失敗をしているのですよ。そこで、より優秀な兵器としての鉄鋼船を作って大阪湾に送り込んで封鎖を完成したのですよね。火矢が効果なしになる鉄鋼船ね。朝倉攻めでは浅井長政の動向の読み違いかな。で、逃げるのも早かったようですね。不利な状況になったときに無駄な抵抗をせずに逃げ出すというものね。「一泡吹かせて終戦」とか模索しているうちに原爆の日本ね。ドイツが負けてから3ヶ月、一泡吹かせる余力があるかどうかも読めなかった軍上層部や政府ね。信長なら絶対に行わないと思われる太平洋戦争。信長や秀吉、家康ならしないであろう兵糧現地調達。織田信長が本能寺で明智光秀に殺されたのは、織田信長が日本ではほぼない完璧な「独裁」だったからという説をどこかで読んだことがあるのです。秀吉も家康も日本的合議制かな。後醍醐天皇も独裁的だったから追われたという説もどこかで読んだことが。日本的合議制の問題点は「誰も責任をとろうとしない無責任体質」にかな。本当に必要な最終決断ができない日本かな。
 8月12日(日)、世間の常識というか思い込みと私の思い込みではどちらの方がより妥当性があるのかな。思い込みの一つに「四肢の動作は関節動作なので筋力とかいう前に楽に関節が作動する必要がある」という思い込みね。関節が楽に動作するには筋肉も楽に弛緩して伸びる必要があるのですよね。ボトックスは痙縮で堅く収縮しているのを緩めるためですよね。筋萎縮的になっているのにボトックスを使うとさらにの筋萎縮かな。だから、あのセラピストの解説「サボりでもボトックスあり」の解説が読みたかったのにね。しばらくは時々、ブログに訪問してみようかな。多くが筋肉を固くして困られているのですよね。筋肉は収縮して筋力を発揮しますが、収縮するにはまず弛緩して伸びる必要があるのですよね。伸びるためには筋肉は柔軟である方が有利ですよね。また、他動での時に、脱力できるようにする方が楽ですよね。この脱力できたときの状態からの筋力ですよね。縮こまった状態からの筋力ではないですよね、普通の生活動作ではね。我々はいつ、ふにゃふにゃになりましたか。脳卒中発症とともにですよね。脳の命令が筋肉に送られなくなっただけでですよね。この発症時のふにゃふにゃを上手に維持できたら脳の回復とともに筋肉への命令力の復活によって回復しますよね。脳が回復しない限り本質的な回復は無理なのが脳卒中後遺症なのですよね。だれか、この思い込みを医学的、生物学的基礎の上に立って論破してみてくれないかな。昨日の織田信長のことでも、思い浮かべると兵糧攻めを多用したのは信長配下の武将でしたね。城攻めは犠牲が多いから、犠牲の少ない攻め方として、ただ、時間はかかりますが、信長は多用したのかな。封鎖に石山本願寺では10年ほどかかったようですが、本願寺側は封鎖されたが理解できたら、すぐ、信長と和解していたのでしたね。無駄に籠城していないでした。三木城では悲惨だったようですね。備中高松城は城主の切腹で終了でしたね。筋肉が固くなって動かしにくくなってきたら、方法を変えたらと思うのですが。そのまま、突っ走るから、立派な痙縮になってしまってボトックスしても痩身にならないほど運動神経系興奮ニューロンを興奮状態にしてしまったりしているのですかな。

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