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2017年10月15日 (日)

元寇で「神風」をもたらしたわけ

 大分前にNHKで元寇について番組があったのでした。2回襲来していますが、1回目は予告編で2回目が本番であったとね。予告編なのである程度で引き上げていったといことでしたが、鎌倉武士は「学習」をしたのでした。
 この学習に基づいて九州の海岸に土塁等を築いて上陸させないようにしたというのです。元側は朝鮮経由軍と揚子江の方からの軍とが合流後に本格的に戦う予定だったとね。ところが、朝鮮経由軍は上陸できずに海上待機状態に、揚子江軍が遅れてしまって3ヶ月ほどだったかな。で、合流できた頃が台風シーズンで台風が海上にいるときに命中したというのです。
 もし、上陸されていたら蒙古軍はあれほどの壊滅状態にならなかったかもね。「神風」が吹くときまで軍事力を温存できるように備えていた鎌倉武士の賜ですよ。幸運を引き寄せたのですよ。
 「学習」の中身には蒙古の集団戦法と一騎打ちの違いや飛び道具についても含まれていますよね。『雑談 「昭和」への道』で司馬遼太郎氏が述べられていた「元亀天正のころの信長軍の装備に毛の生えた程度の昭和の帝国陸軍でよくアメリカと戦う気になったもですね。
 ノモンハン事件(ソビエト軍と帝国陸軍の戦闘、1939年)で壊滅的に待てたのに国内向け虚偽報道に軍部も酔ったのか、兵器や戦法等についてなにも変えなかったとね。ソビエトは勝っていたはずなのに事件中やその後の戦法を大きく変えたというのですがね。損害が予想より多かったというだけでね。帝国陸軍は隠蔽ね。今の政府と同じかな。
 「戦略」と「戦術」の違いの分からない参謀将校。鎌倉武士は実戦で学習をしましたが、実戦でなにも学習しなかった帝国陸軍。
 蒙古軍を海上に足止めした鎌倉武士の賜ですよ。だから、第二次世界大戦では「神風」は一切吹かなかったのです。第二次世界大戦の反省事項の一つが「思い込みからの脱却」かな。

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