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2017年8月 5日 (土)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No258

人間の平衡感覚について。主な平衡感覚器は「前庭」と「半規管」です。視覚も有力な平衡感覚器です。   このブログの投稿方針。当初は私の闘病報告の予定でした。今は、辺り構わず、「四肢の動作は関節運動」ということが基本かもね。   先週、女性セラピストさんと握力の話をしたときに麻痺手(まだ、皮膚感覚は戻っていませんので本当は・・)で握手をして、グッと握っていくと「痛い」とね。   私は脳が本格的回復をしたら「大股疾走」したいので健常者風歩行に拘ります。   救急病院でのリハビリについて。   お風呂の回数。   脳卒中でも入院した病院で私はあることで有名人らしいのです。

 7月24日(月)、人間の平衡感覚について。主な平衡感覚器は「前庭」と「半規管」です。視覚も有力な平衡感覚器です。この前庭と半規管はともに内耳にあります。で、前庭は内部に平衡砂というのがあって、これが重力で移動することを感覚毛で感じ取ることで重力とこの前庭との傾きを感知しているのですよ。どうも、寝続けると、起き上がったときに直ぐには平常に戻らない感じがしています。ふらつきの原因ね。救急車やストレッチャーでの移動中の嘔吐の原因かもね。視床出血で左右の情報にアンバランスが出たと思いました。某県にあるある科学館に床と柱が傾けて作られた部屋があるのですが、正常な方は気分が悪くなることが多いようです。一般に柱は垂直、床は水平ね。視覚から固定観念的に、前庭からはこの時に応じた重力方向、ずれが生じるということですよ。半規管も視床出血で片側の情報が途絶えたのですが、回転運動でなければ、情報が送られないのが原則ね。ストレッチャーは平行移動なので半規管は関係なしですよ。半規管はリング状の管で、3本がうまく配置されて、頭部がどの方向の回転での感じるようにできています。頭の回転ですよ。ですから、今年の3月に首振りをして、左右のアンバランスを感じてしまっての嘔吐でした。右見て、左見てを短時間でやってしまったのでした。体操選手やフィギャアスケートの選手とかは鍛えることであの回転による影響に耐えているのだと思います。この場合も視覚情報というのも影響すると思っています。
 7月25日(火)、このブログの投稿方針。当初は私の闘病報告の予定でした。今は、辺り構わず、「四肢の動作は関節運動」ということが基本かもね。関節運動のためには「関節が使える」ということですよね。このためには「筋肉は柔軟」ということが基本条件ですよね。ということなので、「楽な外力による関節可動域確保動作」とかで投稿しています。回復に必要な時間は知らないよ。神様に聞いてね。ですよ。ただ、拘縮になると回復は諦めてだし、痙縮でも廃用症候群でも面倒なことになりますよね。「楽な外力による関節可動域確保動作」ができるのでしたら、自力が無理な場合でも「ロボットリハビリ」適応になると思っての投稿です。また、自力で動かせても関節が上手に使える方が動作が楽ですよということです。とかで、よく読んでもらうとわかると思いますが、回復促進的には投稿していないですよ。でも、リハビリ病院で初期症状から見て「奇跡的速さの回復」だったようなのです。四肢は他動でもよいから適切に動かしていないと廃用症候群の影響を受けます。また、動かしすぎてもよくないです。脳も四肢を適切に使うこと、適切に考えること等で衰えを遅らせることができます。基本的にはこのような投稿ばかりですが、時々、価値観のことで異論をもたれている方には厳しい投稿になっていると思っています。リハビリは体や時間等の価値観の問題を含んでいるからです。どのような価値観の下でリハビリをされていきますか。今一度、脳卒中後に四肢の動作で困られている場合で、脳が命令を出せないというのは患者全員ですが、四肢の動作については関節動作ができないということですよ。脳が命令を出せるように回復してきているのに関節と筋肉の問題で動作に支障が出ているのですよ。発症直後のフニャフニャを適切に維持できていたら、脳の回復度合いに応じてのことになりますけどね。私の関節可動域は麻痺側も健常者並みにあります。筋肉も柔軟です。でも、脳の回復程度に支配されています。脳が回復したら、発症直前と同じように動作できると考えられるのですよ。関節動作に支障をきたしたのなら、その制限された動作範囲で最善を考えられてもよいと思いますが、関節可動域確保第一でされていたらと思いますが、お好きなようにね。
 7月26日(水)、先週、女性セラピストさんと握力の話をしたときに麻痺手(まだ、皮膚感覚は戻っていませんので本当は・・)で握手をして、グッと握っていくと「痛い」とね。やはり、筋トレなしでの回復での31kgというのはすごいといわれましたよ。価値観的には「可動域確保動作しておけば筋力はボチボチ維持できる」というのが実証できた感じでした。でもね、麻痺手は高校生の頃は25kgだったです。どうして、超えたのでしょうね。これは発症前の長年の鍛錬の成果かな。ただね、連日トレーニングは、トレーニングができなくなったときの筋力低下が早いというのです。何日か間を開けてする方が筋力維持にはよいとされています。ダイエット目標の筋トレですと、所定の強度に達したら、週1回でよいとね。でもね、できるだけ等間隔みたいですが。このような考えでボチボチトレーニングしていた成果かな。運動量確保と筋力増強をゴチャゴチャにしないようにね。ただし、今の私ですと、毎日、筋トレしたらもっと強力に握り込んでしまって、手のひらを開くことすらできなくなってしまっていたかもね。役立たずの筋力ね。役に立つ筋力にするにはその筋肉が弛緩し、楽に引き伸ばされることができるということが大切です。伸びた後に収縮して筋力発揮なのですよ。この筋肉を楽に伸ばすということができるから、握力計を楽に握って筋力測定ができたのですよ。ただね、上肢は多くの神経が関係しているので筋力だけでは正確な動作はできませんが、使える筋力は正確な動作の基礎になります。握り込んだ手で何ができますか。
 7月27日(木)、私は脳が本格的回復をしたら「大股疾走」したいので健常者風歩行に拘ります。どこまで回復したいのかという価値観の問題もありますよね。ところで、「走る」という場合はいまのところ健常者風以外の方法が思いつかないのです。「小走り」はリハビリ病院入院中に実施してもらったことがあります。はい、本当に走りましたよ、足の感覚なしにね。感じたことは歩行に毛の生えた程度だから小走りリハビリを実施してくれたようです。この前提のためには「ともかく歩くのではなく、格好良く歩けるようになる」というのを当初から目標にしていました。四肢どちらもですが、格好良く安全に楽に動作できるようにが当初からの目標です。このためには関節動作を四肢では「楽な外力による関節可動域確保動作」で、脳の回復を待って、回復に応じたリハビリをするほかないのでした。脳卒中では脳の回復が第一です。それまでは発症直後のフニャフニャ等を適切に維持することですよ。人間の四肢の構造から考えると健常者風が一番安全ですよ。ただし、関節等が普通に使える前提だけどね。人間型二足歩行ロボットの歩行も健常者風以外はできないのでしょうね。思いつかないのでしょうね。転院して直ぐ頃のリハビリ病院での土曜リハビリで結構歩かされたときには「何をするのだ。こっちは準備できていねいのに」と思ったものでした。脳とかの回復状況も含めての歩行への準備ね。関節は「車椅子着座による両足ちょこちょこ歩行」で歩行リハビリ準備をね。これ、筋力的には楽なので回転数を上げることに適していると思います。速筋のトレーニングにね。回転をあげるというのは関節可動域があるという前提だよ。ちゃんと両足を使ってね。
 7月28日(金)、救急病院でのリハビリについて。どうも、入院して1週間ぐらい後からだったように思います。記憶不確かにつき、よくわからないです。2週間後ということはないと思いますけどね。開始が遅いかもとも感じていました。退院後、増改築されてリハビリ室が拡張されていましたよ。だから、順番待ち?が起こっていたのか、私の症状から、直ぐにはできないと考えられたのかな。PTとOTでそれぞれ30分だったと記憶しているのですが。完全週休2日ね。でもね、「楽な外力による関節可動域確保動作」とかも意識することなく、ボチボチ動かしてみるというので休日を乗り切ったということかな。「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。腱を固めない。」だけね。車椅子着座による両足ちょこちょこ歩行はここで教えてもらいました。が、リハビリ病院でさらに「踵着地」の方がよいとの指摘を受けました。救急病院ではリハビリ室の中のみだったもね。基本的には発症前に階段を昇降できていたら、平行棒とかの補助のあるところでしたら、椅子から立ち上がれますよね。立ち上がれたら「ともかく歩く」とかはできると思うのですが、脳が活躍していなかったです。OTで、「指を伸ばせたら物が掴めるよ」といわれ、実際自動的に握り込んでいく手を見たら、はい、「指伸ばし・腕伸ばし」の世界ですよね。「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。腱を固めない。」が役立つ世界への導きだったかな。「楽な外力による関節可動域確保動作」が楽に継続できるのでしたら筋トレも否定はしませんけどね。人間の動作はあくまでも「関節動作」です。楽にできる関節動作に拘ってね。
 7月29日(土)、お風呂の回数。初めての入院時(30年以上前)は3週間でお風呂なし。2回目の時は平日は毎日入浴できたと思います。3回目は週2回でした。風呂が狭いとかの理由かな。で、救急病院での今回の視床出血時の入院では洗髪が34日間で4回(シャワー時を含む)?、全介助によるシャワーが3回?とかでしたが覚えていないです。リハビリ病院では週2回の介助入浴からの出発でした。その後、自立風呂と称するレベルにアップしてからは原則毎日ね。さらに展望風呂へにも昇格しました。自立風呂からは、その名の通り、脱衣して、体を洗って、お湯につかって、着衣してを単独でおこないます。で、着座しての更衣の時はバスタオルを引いてその上に座る条件なのですが、生で座りよる不届き者を見てしまったので「立位」での更衣に挑戦して成功しましたよ。汚いことするなですね。関節可動域確保動作基本のリハビリでしたから、両手で徐々にタオルを絞れるようになっていきました。また、両手を使ってタオルの端を持っての背中洗いも徐々にできるようになりましたよ。タオルを絞るとかは手を広げることができるかどうかが第一ね。手は勝手に握るようになるのが脳卒中ですから。徐々に上手に握り込めるようになると、絞りの効果も出てきます。今は妻よりきつく絞れるかもね。シャワーはやはり、健常側の手で持つに限りますね。麻痺手では信頼性がないのでね。一応、体で洗えない部分がないのではというところまで回復してきました。初期症状は意識不明もありの救急病院34日間入院の左半身完全麻痺でしたよ。展望風呂になった当初の頃に体を洗う為にの椅子にすわったら、ちょいとバランスを崩して、スローで転がり落ちました。怪我はなかったので、報告せずね。介助風呂に戻されたら大変ですからね。退院の前日の夜に報告しました。後の祭り的にね。本当にスローなのに体勢を維持できなかったのは視床出血による後遺症でしょうね。適切な筋肉に収縮命令が出せなかったということですよね。お風呂での動作ほとんどは関節動作ですよね。大して筋力は必要としない関節動作ね。
 7月30日(日)、脳卒中でも入院した病院で私はあることで有名人らしいのです。肺がんの手術後1年目の骨シンチで集積が1箇所あったのでした。癌の骨転移では「普通多発」だというのに1箇所ね。骨転移では「激しい痛み」がつきものらしいのですが痛みなしね。骨転移での単純X線写真では「溶骨像」とかが普通あるのですが、?てな写真でした。ところが、主治医は転移と決めつけていましたよ。整形外科の先生のセットした生検も潰しよりました。でも、放射線治療を受けずに様子見を貫きました。放射線治療では証拠は残らないですからね。そのうちに主治医がいなくなってしまったのでした。最近、この病院で看護師をしているギャルが「肺がん時は誰先生」と聞くので答えましたが、「なぜ、聞くの」でしたが聞きませんでした。思うに病院内での戒めの例として活用されているようなのです。「患者の権利宣言」から逸脱したことをしてしまうと、医師等の方が病院を去るという自体にもなるという事例で使っているのではとね。私は無用な治療をされたくなかっただけでしたからね。なにも文句もいわずに通院を続けたら、主治医がいなくなったというだけですよ。確かに「患者の権利宣言」からみるとよくないことをされていたのですけどね。救急病院はホームページにも「患者の権利宣言」を載せているので、院内研修のネタとして使っているのかなと思ったのでした。視床出血で入院した、その夜のベッドから頭を下にしてぶら下がった方ではないので安心しましたが。こっちはベッドがほんの少し低かったら、頸椎損傷していたかもという感じのぶら下がり方でした。

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