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2017年5月21日 (日)

公的機関での公文書や業務記録や日常記録の保存と公開

 公文書については保存はある程度されているようですが日本は欧米諸国に比べて見劣りするみたいですね。公開となると問題だらけですね。特定機密でもこの点が大きな問題です。
 業務記録等になると、恣意的に廃棄されているということですね。これが、先の大戦での日本軍等の行状をわからなくしている要因ですよね。また、「成功」としたものだけを後世に残したからの戦争突入なのにね。
 「歴史を鏡として、未来を展望する」には不都合な事例の検証が不可欠なのにね。司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」で日露戦争史編纂での不都合が述べられていました。「自己解剖の勇気」のなさについてですよ。そして、何か不都合があると「軍神」が持ち出されたり、「突撃」ね。軍の近代化がなおざりにされたとね。
 森友学園への国有地売却でも関係文書を廃棄したというの根底に同類の意図があるからと推定できるのですよ。都合が悪いからとね。今は電子データとして適切に保管することができるようになっているのですからね。
 731部隊や「海と毒薬」や沖縄戦での県民に対する行状等々検証することは多くあるのですが、記録の問題が立ちはだかってくるわけですよ。誤魔化したい方は「隠滅」目的での廃棄ね。後の世代の未来への道しるべとして利用できないのですから、同じ失敗を繰り返すことになるとね。一度誤魔化し始めるとそれを正当化するために次の誤魔化しとかね。これの繰り返しが先の大戦に繋がっていったのですよ。
 当初は新しい戦争なんて想定していない誤魔化しからね。どのような誤魔化しでも、それを正当化するような次の誤魔化しに繋がると増幅されて国が破滅することにね。だから「歴史を鏡とする」必要があるのですよ。

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