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2015年7月 6日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No151

生物の目的で思うことね。   この頃の歩行で思うことね。   運動神経関係の脳卒中でも筋緊張亢進や痙縮や拘縮に進む可能性についての推論ね。あくまでも推論だよ。   救急病院で腕伸ばしとかをしていて感じたことから思うこと。   私の脳卒中(視床出血)で家族が困ったことね。   私の考えるボツリヌス療法中のリハビリね。   リハビリでは「今日できた動作を明日以降も継続的に楽にできるようにすること」も大きな目的の一つでしょうね。
 6月29日(月)、生物の目的で思うことね。「人生の目的」とか「死生観」とかがありますが、生物としての人間でも「生物の目的」というのに拘束されているかもね。その昔、アッテンボローの「生き物たちの挑戦」という番組で、子孫を残すために生きているという話、さらには自分の遺伝を残すためという話がありました。ある本で子孫が永続しそうな数の子を作ることができる期間をその生物の遺伝子が一応保証していると話もありました。これ、短いとその種は絶滅ね。長すぎると増えすぎての破滅ね。ほかの種も道ずれにされる場合があります。ですから、生物種の保護は難しいのですよ。この生存期間は医療がないときの話ですよ。ですから、人生50年というのは妥当な線ではと思うのです。脳卒中患者の多くがこのこの年齢を超えているのです。がんも発展途上国では少ないですよね。昔、結核患者にがんが少ないからと「・山ワクチン」などを提唱した馬鹿教授がいましたね。当時は結核患者の多くが「がん年齢」まで生存できなかったのです。ただ、遺伝子にも初期不良とかがあるので子供もがんがあったりします。当然、若年脳卒中もね。ぼちぼちの年齢になったら延命治療は必要はないと思います。それより、いかに尊厳を持って人生を送るかということが重要だと思っています。某病院で初診の時のアンケートに延命治療があったので、躊躇わずに「必要なし」にしました。妻には「叔母より先に死ぬな」といわれています。遺産が私に止まるようにね。先に死ぬと私たちの子に飛んでいってしまうからです。代襲相続ね。これって1秒単位とかで決めるのかな。今回の入院でも「個室」という話が意識朦朧状態で聞こえたときに「承諾したらあかん」といったような気になっている視床出血患者です。病院都合の場合は大部屋と入院費用は同じだからね。ところが、ベッドからの頭を下にしたぶら下がり事件でナースステーションから一番監視のしやすい大部屋のベッド位置に配置換えになってしまって、個室の有り難みを体験できなかったのでした。このぶら下がり、もう少しで頸椎を損傷しているかもというきわどいところでした。そりゃ、病院側も怖いですよね。
 6月30日(火)、この頃の歩行で思うことね。先日、夕方の花子の散歩で友達のフウタくんに出会いました。その散歩の大部分を同行しました。飼い主の方はわんちゃんの話もしますが、リハビリの話、カブの話、ソウゾクの話、住まいの話とかをしながらです。この際中にうんちをしたり、おしっこをしたりしていました。普通に歩行での注意とわんちゃんへの注意と話の内容についての注意等を同時に並列処理してきたわけです。「歩行をする」ということへの注意度が健常者ぐらいに近くても歩けるようになってきたということですかな。常に散歩等の時にはマルチタスクを心がけるようにしてしています。ですから、歩行専念にすると爆歩みたいにできるのですかな。くれぐれも健常者風になってからの方がよいとは思います。健常者風歩行が無意識的にできるようになってからかな。リハビリ病院入院中の歩行は歩行に専念していたと記憶しています。普通、屋外歩行は歩行に専念しないと危険がいっぱいだものね。このときの散歩の歩数は5000歩ぐらいで日に16000歩になっていました。16000歩は久しぶりです。14000歩程度はしょっちゅうですが。リハビリのためとしては歩きすぎかな。健康のためですよ。歩容が悪くなるようなら歩数を減らしますが、その心配はいらないようです。「相続」が「争族」になる原因は多くの場合、不動産があって動産、キャッシュがないということね。揉めさせ方の一つを伝授しました。カブの話で日本の戦時国債はインフレでパーになったも同然でしたが、企業は生き残ったとね。ドイツもね。キャッシュは額面が増減しにくいのですが、企業は成長と生き残りね。つぶれる企業もありますが。不動産も活用次第ね。住居でマンションを購入しない理由は同感してもらえました。古くなっていったときの問題ね。戸建ては度胸で何とかなりますからね。どこに住もうが修繕維持費は必要です。退職後の豪邸は住むものではないと思います。賃貸は固定資産税と維持修繕費は家賃に含まれていますので責任は家主ね。
 7月1日(水)、運動神経関係の脳卒中でも筋緊張亢進や痙縮や拘縮に進む可能性についての推論ね。あくまでも推論だよ。運動中枢とかが障害を受けて筋肉に収縮命令が出せなくなると筋紡錘や筋ゴルジ装置などからの筋収縮したという感覚情報がなくなりますよね。大脳中枢での障害の場合は命令発信元が損傷しているので大脳のほかの部分が頑張っても影響はないと思うのですが、脳幹部等の途中での障害の時は大脳でのアンバランスが起こって、運動神経が興奮状態になったままになる恐れはないのでしょうか。つなぎ替えで繋がったときに興奮が一気に伝わって筋肉が過剰収縮になるということはないのでしょうか。運動神経系の抑制ニューロンが働かなくなっている恐れはないのだろうか。麻痺しているとき、筋紡錘や筋ゴルジ装置は運動神経が興奮していても筋弛緩状態ですから情報のアンバランスですよね。抑制ニューロンが働かないというのは感覚麻痺や破傷風で見られますよね。働くための閾値が変わってしまう(つなぎ替えが起こって)恐れはないのでしょうか。脳卒中でのリハビリは単純に健常者タイプでおこなうと問題が続出してくると考えられます。適切適度なリハビリで脳での神経細胞間のつなぎ替えが完了するまでは地道におこなうしかないのではと考えています。で、「適切適度なリハビリは?」はセラピストさんと相談しながら各人にあったのを見つけてね。
 7月2日(木)、救急病院で腕伸ばしとかをしていて感じたことから思うこと。私は視床出血ですから基本的には運動神経系は無傷ですよね。ですから、切っ掛けさえあれば「とりあえず動かせる」のですが、筋肉からの感覚情報がないので脳がどの筋肉に命令を出したのかが判断できなかったようなのです。そう、全身の筋肉がとばっちりで収縮しましたよ。お陰で疲れて夜の睡眠が深くなりましたが。どの筋肉に脳が収縮命令を出したかというのは筋紡錘とからの感覚情報で確認判断しているようなのです。感覚麻痺の場合はよほどしっかりと視覚等で確認しておかないとそこら中の筋肉に収縮命令を出しているのです。徐々に不要な部分への命令が出ないように修正している感じでした。脳卒中が起こると、腕ですと伸筋は屈筋より弱いので屈筋が勝利して屈曲腕やグー状態の手になっていくのではとも考えられるのです。伸筋が弱いから伸ばすということができないのではとね。だから、未だに外力で毎日腕伸ばし、指伸ばしをしているのです。足ですと伸筋が強いので屈筋の手助けとして「股関節を曲げる。膝を曲げる。足首を曲げる。」を体重を利用して今はしています。和式トイレうんち座りなどがよろしいかと思います。入院中は車椅子ね。脳卒中で意識不明状態で救急病院に担ぎ込まれた棺桶に両足を入れかけた半身完全麻痺状態からでもリハビリがよろしければ「しゃがむ」ができるようになるのですよ。脳卒中で脳での神経細胞間のつなぎ替えが不十分のままの筋トレ等は屈筋伸筋同時に収縮させることになるのではとね。同時に筋緊張亢進→痙縮→拘縮と進む可能性が大きいと考えられるのですがいかがなものでしょうか。この結果として屈筋の強い腕等では屈曲腕や握々お手々、伸筋の強い足では棒足・尖足等ですね。足指は指なので屈曲のようです。諦めは廃用症候群ね。適切適度なリハビリをすることね。
 7月3日(金)、私の脳卒中(視床出血)で家族が困ったことね。後2ヶ月ほどで主夫をする予定だったのです。ぼちぼち主夫の練習開始という矢先の出血です。家族は家事負担がそのままで介護まで背負い込むことにね。完全に左半身麻痺状態でしたが、本人は「脳卒中(視床出血)なのでそのうち、動かせるようになる」と思っていましたから、「・・ができない」とかでいらつくことはなかったです。実際、リハビリ病院で「奇跡的回復」とまでいわれたのですよ。日常生活で「力仕事」や「安定感が必要な仕事」などは未だにほぼ無理です。理由はある程度筋力(ハンドグリップ20kgとか、灯油タンク持ち上げ等)は回復していますが、感覚神経が回復途上で動作に安定性がないからです。徐々にできる範囲は広がっていますが、時間がかかるでしょうね。妻にとっては「介護」負担もありますが、私が下手な主夫業をしてイライラするよりは精神衛生上よかったかもしれないですが。このようなことをいえるのも適切適度なリハビリでいろいろなことができる程度に回復できたからかな。脳卒中は脳での受け入れ体制ができたところから、その受け入れ体制に応じてリハビリができるようになりますよ。それまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。腱を固めない。」で適切適度なリハビリね。焦らないことね。脳の受け入れ体制が促進できる適切適度なリハビリをね。焦らないことね。
 7月4日(土)、私の考えるボツリヌス療法中のリハビリね。何のためにボツリヌス菌毒素を筋肉に注射したかを考えたらどのようにすればよいかが出てくると思います。筋肉が痙縮とかになっているからですよね。それをボツリヌス菌毒素で緩めるためですよね。ですから、「マッサージ」や「か弱い外力での屈伸」とか「ストレッチ」とかで筋肉を柔軟にするようにしておく必要があるのではと考えるのです。毒素の効果が切れたときに注射前より少しは筋肉が柔軟になっていたら成果があったということですかな。ボツリヌス菌毒素はあくまでも毒素なので運動神経によいはずはないですよね。一時的に神経筋接合部で神経終末を麻痺させているだけですからね。毒素が神経終末に取り込まれて、神経伝達物質をシナプスに放出できなくしているだけですよ。ですから、筋緊張亢進や痙縮や拘縮状態にならないようにリハビリをおこなうのが基本の基本ですよ。何回もボツリヌス菌毒素を時間をおいて注射するのかというのは一度に大量に注射すると地球上で最強の猛毒のボツリヌス菌毒素ですから、神経筋接合部で神経終末が破壊されてしまう危険性があるのではとね。そうなると、二度とその筋肉は使い物にならないかもね。生物毒で一番最強がボツリヌス菌毒素で、次が破傷風菌毒素です。どちらも、1マイクログラム以下が致死量です。1gあれば100万人以上が死ぬことにね。この2つ、ボツリヌス菌毒素が筋弛緩、破傷風菌毒素が筋肉の強烈な収縮です。まったく、逆作用なのです。でも、作用部位は異なります。破傷風毒素の症状の様子と痙縮や拘縮状態の方にそっくりさんが時々見られるのです。グラクソ・スミスクライン社のバナー広告の中の一つにも時々登場していますよ。運動神経系の抑制ニューロンが働かなくなっていると思えるのね。破傷風毒素はこの抑制ニューロンにダメージを与えて働かなくなるしているのです。
 7月5日(日)、リハビリでは「今日できた動作を明日以降も継続的に楽にできるようにすること」も大きな目的の一つでしょうね。私のリハビリの基本方針が可動域が確認できた部位はその可動域が明日以降もできようにしておくということですよ。可動域を広げるようにするということね。筋力なんて感覚が戻ってきらた発揮できるようになると確信していたらその通りになりましたよ。筋力も運動神経と感覚神経の両方が揃って働いて発揮されるものなのですよ。このためには「脳の可塑性」を最大限発揮させるようなリハビリ動作ね。脳は樹状突起等を伸ばして神経細胞間のつなぎ替えをしています。健常者でも起こっていますが、脳に損傷を受けた場合にもおこなわれます。脳卒中の場合はこのつなぎ替えが必須となります。そのとき、四肢では可動域が確保された動作というのが必要ですよ。適切適度なリハビリが脳に奇跡をを呼ぶのだと思っています。「奇跡の脳」をぼちぼち読み始めました。やはり、脳科学の研究者ですね。出血部位の部位の図もありましたよ。どのような機能が失われたのかがよくわかります。高次脳機能については参考になると感じましたが、私は感覚麻痺だけですから関係は薄い感じです。ただ、脳での機能回復がリハビリの主題ということには同感しました。脳は使わないと判断したときはシナプスを切断したりもしている場合があります。だから、痙縮や拘縮、特に拘縮はやばいと考えています。動作とかついては年単位の報告も載っていました。月単位ではないですよ、年単位ね。脳の残存機能でできることと、脳でのつなぎ替えが必要なこととを区別されているみたいな感じです。さすが、脳科学の研究者かな。

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