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2015年5月10日 (日)

どうして歴史で「ごまかし」が必要なのか

 どうして「ごまかし」が絶えないのか。犯罪でもあるかもと思いますが、歴史ですと、後の世代に多大な迷惑が及ぶわけです。
 たとえば、日露戦争での旅順攻撃は203高地の方になってようやく戦いかな。でも、それ以前の近代要塞正面突撃というアホな作戦ですね。このお陰で多数の将兵が死傷し、戦艦も2隻ほど機雷で沈没しています。これをごまかすために旅順港封鎖作戦での特攻や爆弾三勇士などを持ち上げたのですかな。確かにそのような状況であったのですが、初期作戦の失敗で必要性が生じた攻撃ですよ。
 その初期作戦の失敗については箝口令に近いかな。ともかく「触れない」ね。そして、突撃の帝国陸軍が神話化されていくのですよ。ノモンハン事件での大敗は箝口令ね。伝統かな。原発事故もかな。日韓併合以降朝鮮半島や中国でおこなってきたことの黙り部分の多いこと、満州事変に至る追認行動等、後先を考えない政策でについての検証のないことなどね。
 日本国憲法を「押しつけられた」という一部勢力もありますが、大日本帝国憲法を破壊するような戦争にのめり込んで、アメリカの誘いにたやすく乗ってしまった当時の陸海軍の首脳陣の行動についての検証とかがないのです。あのとき、アメリカはドイツと戦いたかったのですが、第一次世界大戦の後遺症で国民が戦争反対優勢でしたよね。それで、・・で真珠湾攻撃にね。まあ、アメリカも黙りみたいなタイミングですね。アメリカは「リメンバー パールハーバー」で一気に戦争にね。
 とかとかで、個人では失敗をすることが続くみたいなことはあると思いますが、政府とか行政では「同じタイプの失敗は繰り返さない」でいろいろな事例でのごまかしのない検証が必要ですが、できないからごまかしが必要なのでしょうね。

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