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2014年10月19日 (日)

歴史の検証では「都合の悪いことを徹底してほじくる必要がある」のでは。都合のよいことだけだと大戦前夜と同じだよ。「自己解剖の勇気のない日本」

 久しぶりにこの手のことについて書きます。
 第二次世界大戦およびそれ以前についてを主体にしますが、戦後もね。
 日露戦争での第四軍の無様な作戦については無視されているというか「突撃称賛」ですかな。近代要塞の旅順に正面突撃攻撃を繰り返しさせた現地司令部の無策についての反省がないのです。この時の反省は「如何に勇敢に戦ったかのみをもってあるのみ」といことのみに宣伝活動だけではなく、大本営内もこれのみを伝承していったので、第二次世界大戦まで突撃のやたらと多い国になったのです。
 近代要塞は織田勢型の「兵糧攻め方」タイプで弱そうなところをまず探すのが鉄則だそうですが、海軍の指摘に対しては「文句をいうな」で「チョロ攻め」でロシアに重要性を認識させてしまった203高地ね。これで203高地も要塞化ね。ですから、「突撃」話の多い戦いですが、日露戦争では大砲等は日本の方が多いとか、海軍は再新鋭艦が多い日本、ポンコツも多数混じるバルチック艦隊。にもかかわらず、重火器や新鋭艦等の意味を認めなかった日本。数量の問題を無視ね。
 日本は第一次世界大戦時はジュネーブ条約遵守だったのが、無視の第二次世界大戦。どうしてそうなったのかは検証なしね。国内でも、国外でもあった「人命軽視」の行いについての検証もなし。人命軽視の典型は玉砕の強制、だから、一億玉砕も本気だったのでは。だから、陛下がポツダム宣言受諾の裁可を下して漸く終わった戦争。当時の政府上層部が祀られている靖国神社に天皇陛下が行かれないのですよ。天皇制を潰そうとした輩どもだものね。
 「証拠隠滅の帝国陸軍」という感じの行いに対する検証もなし。証拠隠滅しているから、中国で毒ガスをどこに埋めて破棄したかが判らない。とかで、各地で何をしてきたのか判らない日本ね。「証拠がない」とともに「証拠もない」ということで、何を言われても具体的反論ができますか。
 731部隊については証拠隠滅したはずが、アメリカは戦後すぐに研究資料を本国に持って帰ったということです。「人体実験結果資料」ですよ。「海と毒薬」は捕虜を人体解剖というものね。
 「証拠がない」ということで「証言封じ」とかというのは、太平洋戦争へ突き進んでいた当時とそう変わらないのではないかと考えられるのです。「いつか来た道をまた」という感じです。
 歴史の検証では「都合の悪いことを徹底してほじくる必要がある」のでは。都合のよいことだけだと大戦前夜と同じだよ。「自己解剖の勇気のない日本」。

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