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2014年10月27日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No115

脳卒中のリハビリの速さは脳での修復との兼ね合いだよ   ある方がブログで「ぶん回し歩行」の修正法でより良い方法を求められていました。でも、発症直後の方へ。   筋肉の働きとしての血液循環ポンプ作用について   私は視床出血でしたが、俗にいう「視床痛」にはなっていないみたい   「焦っても無駄です、放置もダメです。」というのがリハビリ   「発症直後の脳卒中での動かない」についての体験   視床出血になって入院していて焦ったこと

 10月20日(月)、脳卒中のリハビリの速さは脳での修復との兼ね合いだよ。運動神経・感覚神経とかが揃った健常状態が最速でどれかが欠けるとカタツムリの歩みより遅くなるのがリハビリの世界だよ。脳での修復を促し、脳が働けるようになるまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」だよ。順序を間違うと拘縮とかだよ。脳卒中ですと、感覚神経部位がダメージを受けたり、運動神経部位がダメージを受けたり、両方だったりするわけですよね。動作等を制御している部分だけがダメージを受けているのだから、制御部分が修復されるまでは動作がコントロール出来ないということを理解出来るかどうかがリハビリに非常に影響を与えると考えられます。私らみたいな感覚麻痺ですと、運動神経・筋肉・関節等は無事なので比較的早期に「とりあえず動く」だけにはできますが、制御不能であることをおわかりでない方が多いと考えられます。判っていない行動の筆頭が「過剰リハビリ(筋トレタイプ等)」ね。ただ、感覚麻痺だけの場合は感覚情報を他の部位からの感覚情報で幾分か補うことができれば、「ともかく動く」よりは「幾分か動作ができる」ということになりますが、本格的回復ではないということね。ここで間違うと「拘縮」等の危険性が出てきます。すべて、神経系の回復状況等でリハビリの進展具合が変わってくると考えています。川平法は「動かしてあげる」→「脳での促通への刺激になる」→「繰り返すことで促通が起こる」→「自身で動かせるようになる」→「脳が感覚情報も得ることができればより的確な動作ができるようになる」→「・・」とかですかな。脳での修復以上に早くリハビリが進むことはないのです。無茶な運動とかをしていると「足首が硬くなって歩行の時に踵が着かない」や「膝が曲がらない」や「腕が屈曲したまま」や「指が伸びない」などになってしまうのです。「運動させる必要(脳の修復のためにもね)」と「筋肉を固めない。」と「関節を錆び付かせない。」という3兎を同時に追いかける必要があるのが脳卒中でのリハビリです。「動かしづらくなった」とかはこの3兎全てが逃げていく可能性のある危機ということです。対策を。対策はセラピストさんや医師などと相談してね。
 10月21日(火)、ある方がブログで「ぶん回し歩行」の修正法でより良い方法を求められていました。私の体験は既に役立たない経過があるようです。ですから、発症直後の方へね。歩行リハビリが始まって、リハビリ病院移転して1ヶ月ほどしたときから、「健常者風歩行」を目指してのリハビリをしていました。病状は「発症時病院到着時意識なし」「左半身完全麻痺」「お告げは一生車いす」程度ね。他の日の投稿等のように入院生活を送っていました。リハビリではできるだけ「健常者風」を目指し、それまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」とね。車いす両足チョコチョコ歩行もこの条件に合っていたみたいです。股関節・膝関節・足首関節を自在に動かせるように生活していました。といっても、「日中車いす生活」ね。正しく座りましょう。そうしたら、早期に健常者風歩行への指導がありました。当時、ぶん回しの方が楽だったですが、後々健常者風の方が楽と考えて熱心に取り組みましたよ。単調な動作の繰り返しとかです。「歩けたら・・」という意識はなく「健常者風目指して」ね。私みたいな麻痺程度でも早期から健常者風を目指したら健常者風にできるのですが、そのためには一見役立たないような「日中車いす生活」や「車いす両足チョコチョコ歩行」とかにも取り組みましょうね。「単調な動作の繰り返し」のリハビリも諦めずにね。リハビリ病院を退院してしばらくしてしまっているようでしたら、絶対定期的にセラピストさんの助言を受けてください。以前の投稿「目指せ健常者風動作をリハビリ病院入院中に」で適切にリハビリを。あくまでも「適切なリハビリ」ですよ。「頑張ってください」ですと「過剰リハビリ」の危険性がありますのでね。
 10月22日(水)、筋肉の働きとしての血液循環ポンプ作用についてね。筋肉のリハビリで必要なことはこのポンプ作用を高めることね。筋肉を固めてしまうとポンプ作用がなくなりますよね。「筋肉を固めない」は単に固着とかを防ぐだけではなく、血流に大いに関係しているポンプ作用を維持するのにも役立つはずだとね。この意味での筋肉のリハビリは絶対必要だと考えます。筋肉については放置をすれば廃用症候群で固くなりそうだし不適切リハビリでも固くなったりするので適切なリハビリは必要と考えます。「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」というのが大切ということです。脹ら脛(腓腹筋)の筋肉は「第二の心臓」ともいわれていますからね。腓腹筋を硬くすると「浮腫むとかの症状が」ということです。一端、固くすると柔らかくするのに手間取りますよ。血流をよくするためにリハビリの目標に「筋肉を固めない」をね。リハビリの範囲をどこまでと考えるかですけどね。2月の雪の日も花子の散歩に出ましたが、手袋なしね。手袋は邪魔くさい。筋肉が固まっていないので血流がある程度確保されてからね。手の皮膚温が確保できるので「邪魔くさい」といえるわけね。
 10月23日(木)、視床痛についてね。私は視床出血でしたが、俗にいう「視床痛」にはなっていないみたいです。視床痛は、例えば腕を切断とかされた方に起こるはずのない腕からと感ずる痛みと同じタイプであると聞いたことがあるのです。私は救急病院で「感覚が戻ってきたときに痛みだけというのは嫌だ」といっていました。そう、感覚が戻ってくることを当然と考えていたのです。だから、動かせるようになるというのも当然と思っていましたが、何時になるかは「神に聞くしかなのかな」ともね。感覚にしろ、運動にしろ麻痺した部分を使うのだと脳に何らかのシグナルを送ろうというのが、「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」ため、健常側による動作の働きかけをしていました。足は車いすに座るというでも役に立ったのかも。動作の方は感覚麻痺でしたから、代用感覚情報で代用出来たようで、ともかく動かせるようになっていきました。古い文献でも動作させるというのが感覚の回復に効果があるとでているのもありました。そんなこんなでリハビリ病院退院後も視床痛に見舞われることなく逃げ果せています。大脳の感覚中枢がなんかの拍子に存在を再認識してくれたのでしょうね。医療関係者は視床痛の発症についてどのようなリハビリへの取り組み・視床出血や視床梗塞の発症状況とかの関連とかをビックデータ的に集めて解析したら予防法が浮かび上がるのではともね。全国規模でのデータ収集ね。
 10月24日(金)、「焦っても無駄です、放置もダメです。」というのがリハビリです。「焦る」というのは「過剰リハビリ」ですよね。人間の行動を支配しているのは脳です。「意思」の発現も脳です。高次脳機能は脳の働きですが、普通の動作も脳の働きでコントロールされています。健常者での筋トレも脳の働きがあって何とか正常にできるのです。脳が適切に関与しておくことが必要なのですが、脳卒中では感覚神経が関与出来ないとか運動神経が関与できないとかがあって正常な筋トレができないのです。脳の総合的な回復状況で左右されるのです。これを無視することはできないのです。ところで、セラピストさんや家族などに動かしてもらうというのは効果が期待できるし、筋力を発揮しないような動作も有効のようなのですが、この有効性がいつごろ脳に発現するのかについてはよくわからないというのが現実なのです。でも、何もしないよりは圧倒的によいということなのです。脳の回復を待てずに焦って許容量以上の動作をすると拘縮とかに繋がるというのがリハビリの世界です。「あれもできない、これもできない、・・・」とかで苛つかれている方が多いようですが、回復度は順調でない方が多いみたいです。人間の回復力はある意味すごいですが、順序とその時期とがあるのです。無視すると痛い目に遭いますよ。焦らないことです。ある方がブログで「ストレスを溜めないように気持ちを切り替えましょう」とかいうのがあったのですが、全くその通りです。「何時回復するかは神のみぞ知る」で焦らず地道に継続してのリハビリね。入院中の闇リハは焦り心の象徴かな。「焦っても無駄」どころか「焦りは弊害ばかり」かな。「放置も弊害のみ」ね。適切なリハビリを心がけましょう。脳卒中回復期の動作許容量は以外と小さいと考えています。簡単に許容量オーバーになると考えられます。自主リハと称して闇リハなどされていた方からみたら、「へなちょこリハ」で「奇跡的速度の回復」を実現した者より。健常者風でスタスタ歩けるようになった病院搬入時意識不明、左半身完全麻痺、一生車いすといわれた者より。
 10月25日(土)、先週投稿の『「発症直後の脳卒中での動かない」と「放置または過剰リハビリ等で動かなくしている」のとの違いについて』での「発症直後の脳卒中での動かない」についての体験ね。私は視床出血で左半身完全麻痺状態にね。存在すら判らなくなった麻痺でした。感覚だけの麻痺で動かなくにね。それで、右腕で左腕を持ち上げたりしたときに感じたのは「腕は重たい」であって関節部はスムースでしたよ。肘関節も楽々曲げれました。手首や指もね。股関節も車いすに座るとき楽々曲がっていました。当然、膝関節も足首関節もすんなり曲がるから正しい座り方ができました。何らの抵抗感もなく直角程度にです。曲げることができるというのは屈筋は収縮側に無理なく縮めていたということになり、伸ばしたときにはこの屈筋は伸ばされ、伸筋は屈筋とは逆の伸縮をさせていたことにね。外部の力で楽々動かすことができていたのです。だから、布団とかの重みだけで寝ているというだけで尖足になる危険性があるのですよ。この状態を保ちながらリハビリで脳からの命令で動かせるようになる準備をゆっくりとするわけです。時間をかけてね。焦らないでね。感覚麻痺で運動神経が無事だったので「代用感覚情報](視覚情報等で筋肉よりの情報の代用)での運動神経調節を楽そうなところからちびりちびり始めた次第です。ただね、回数とかは少ないですが、手足とかに「使うのだと」というシグナル的リハビリもしましたが。例えば、トイレで手摺りにしがみついてちょっとだけ麻痺足に体重をのせてみたりとかね。体重のほとんどは健常側ですよ。ちょいちょいそういう意思表示もして脳にも情報を送ったりしました。「代用感覚情報」がある程度使えるようになったみたいなあたりからは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」と「感覚神経回復を目指して」で本格的?リハビリにね。ですから、今も普通の動作の時に筋肉の強張りや関節の錆つきみたいなことがないのです。あれば、マッサージ等の対象で緊張緩和ね。リハビリの最優先事項は「緊張緩和」と思っている病院搬入時意識不明、左半身完全麻痺、一生車いすといわれた者です。どこまで回復しているかは別の日の投稿を読んでね。
 10月26日(日)、視床出血になって入院していて焦ったこと、「筋肉を固めたくない。外部の力でよいから何らかの屈伸を早くさせたい。」ということです。でも、もう少しのんびりしていてもよかったみたいでしたが。腕の方は健常側でいくらかは動かせる程度の質量でしたから、ゴソゴソね。問題は足でした。諦めの境地で「焦り」ばかりが。でもね、結構早期に半日、車いすに座るということができたというのがよかったとこの頃思っています。自分で動かせるようになるのはいつ頃かについては焦りはなかったです。筋肉に柔軟性があって関節もなめらかなら何時でも動かせますよ。「視床出血」でしたから、結構早期に動かせるということができたのでした。ただ、「動かしている」というだけね。肝心な部分の感覚情報がないので不都合だらけでした。グッパができはじめた当初は視覚で指が動いていると感じるだけね、今は幾分か(どの程度でしょうね)手からの感覚として感じています。リハビリで徐々に改善させたのですが、ゆっくりとね。「動くから・・したい」との焦りはなかったです。未だにね。それで「・・してみたらと思いついたのでやってみたら」とね。できることが徐々に増えてきているのは確かです。その増加を楽しんでいます。これ、リハビリ病院入院中もね。これで、「奇跡的回復」ね。焦りはなかったですが、適切な範囲のリハビリは積極的にしていましたよ。あくまでも「医学的にも生物学的にも適切と考えられる範囲の量と質のリハビリ」(これが非常に大切)、それもセラピストさんが診ても「適切」と言える範囲ね。周囲の方はご本人に焦りの心が生じないようにね。焦りの心が回復を遅らせます。同じようなCT画像でも症状に違いがでるのが脳卒中です。他の患者さんとの比較は避けてね。他の方のほうが軽症のこともありますのでね。万が一、同じ病室に「死にかけから奇跡的な回復速度」の患者がいたら、病状の話は一方通行だけのほうがよいかも。知らぬが仏ね。「あの人はあの人です。あなたではないのです。あなたはあなたの回復順序と速さがあるのです。」とかでうまく傷つけないようにするほかはないかもね。昨日の歩数19000歩、一昨日14000歩、連日平均11000~13000歩ぐらいです。焦らず適切なリハビリをしたので健常者風で問題なしね、一生車いすといわれた者ですが。

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2014年10月26日 (日)

人間の経済活動について思うこと

 経済活動について思うことのひとつが「地球の限界を忘れている」ということね。宇宙的にみれば小さな地球で人類は生活しています。ごくわずかな人々は地球の限界についての警告を出し続けていますが、無視している輩の多いこと多いこと。
 身近なところで日本で自動車が売れなくなった原因は人口減ですよ。ところが、世界的には人口増で資源の奪い合いがまた起こるでしょうね。
 そして、多くの活動が人口増加を前提にしているのです。が、人口増加で生ずる問題から目をそらし続けている感じが強いのです。
 以前、日本での鉄鋼生産が激増していた時期に、政府でしたか「鉄鉱石輸入増加の見通し」でしたか、グラフを伸ばしていくと世界の鉄鉱石生産の伸びを上回って全量日本が輸入としていたのがあった記憶がね。今の日本は個人消費では「右肩下がり」が普通ね。どちらも、なぜ判らないのだ専門家よ。
 世界の人口増加については別の問題で押さえられないと思いますが、経済活動についてはほぼ「現状での右肩上がり」のみを目標にしている感じがね。地球の限界なんて気にしていない感じがするのです。
 限界に達したときに「金」で食べれるのかな。太平洋戦争末期から戦後しばらくは「食料」が経済活動の基本みたいな時期もね。ただ、当時はしばらくしたら何とかなりそうという見込みがあったのですが、地球の限界に達したときはどうなのでしょうね。
 ちと内容がちぐはぐですみません。

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2014年10月20日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No114

筋肉の柔軟性や関節の可動域とかどのようにすれば確保出来るのか  「ナースコール」について思ったこと   私の「筋力について」   まずは「可動域の確保」で、後に健常者風動作を目指そう。   「発症直後の脳卒中で動かない」と「放置または過剰リハビリ等で動かなくしている」のとの違いについて   「わん力」とかについて今一度   健常者の方へ。両手使いになっておきましょう。

 10月13日(月)、筋肉の柔軟性や関節の可動域とかどのようにすれば確保出来るのか。この2つはリハビリで非常に大きな要素ですね。筋肉が固まると動作出来ないし、関節が錆び付いてもね。脳卒中が原因での麻痺の場合、筋肉と関節には全く問題はないのです。如何に発症直前の可動性を保ち続けることができるかです。自分で動作させなくても誰かに動作してもらえたらよいとね。川平法はこの典型例かもね。筋肉ですと、屈伸(これで収縮性タンパク質の位置関係が変動出来ます。)をぼちぼちの回数を毎日しておけばよいと思うのです。収縮性タンパク質同士が固着してしまうのを防ぐことができるのではとね。そうすることは関節も屈伸させたとき同様の動きとかになるのでさび付きを防ぐことになるのではとね。筋肉や皮膚の感覚器は正常ですから、脳へ情報を送り出しますよね。でも、脳卒中で脳が受け付けることができないですが、刺激情報は脳へとなって川平法の原理ですかな。筋肉も関節も同一状態で長期放置しないということです。褥瘡も同一姿勢で寝続けるとか座り続けるととかで起こりますね。同一状態を避けるということが重要だと考えるのです。
 10月14日(火)、あるブログで「ナースコール」についてがあったのですが、そこにあったようにそう遠慮なくね。でも、駄弁りとかのお相手に呼ぶのはよくないね。入院経験豊富になると「無駄呼び」の話も聞いたことがありました。ぐだぐだと引き留める輩もいるようです。必要なときはためらわずにナースコールですよね。私の場合は、今回の視床出血での救急病院で最初に手に触れたのがナースコールではなくベッドのリモコンで、鼻づまり解消には頭側をあげればと操作していたら、気がついたときはベッドから頭を下にしてぶら下がっていました。ナースコールしなくても大きな音を出したら来てくれるようです。ブラックリスト記載です。部屋替えでナースコールが必要ない監視の厳しい位置にベッド移動ね。でも、当初は命の次に大事なのがナースコールね。朝、車いす移乗を手伝ってもらったら、次はコンタクトレンズ装着、トイレ行きと飲み物をとってもらったりとかですが、車いすの停車場所を少し右寄りにすれば、組み込みの冷蔵庫(大部屋でもベッドサイドに有料であり)に右手が届くので安全な自力移動の方法をチョイチョイ実行しました。でもね、救急病院退院間近で緊急事態があったのでナースコールしても誰もすぐには来てくれそうになかったので直接呼びました。向かいの患者さんが車いすとともに横倒しになってしまったときです。普通に患者業をしていたら、徐々に少し待たせても(急ぎの患者さん優先で数分程度かな)大丈夫と思われるみたいです。リハビリ病院では朝晩のベッドと車いすの移乗の時と湿布貼りとトイレでの移乗とか程度でしたが、順次減っていってナースコールしなくなりました。目薬の点眼ではナースコール(指名できない)をすると来た看護師さんにしてもらうことになるので、ブラブラと看護師詰め所あたりをうろうろして、様子をうかがってお願いをするということにね。車いすででも動けるようになったらうろちょろせんとね。ナースコールは必要があるときはすることですが、無理なくコールしなくてよいように回復すればよいだけです。
 10月15日(水)、私の「筋力について」ね。今月から訪問してもらっている理学療法士さんが診てくれたことに「筋力を調べる」がありました。そういや私の見たて(療法士の主な仕事?)ではリハビリ病院でも理学療法士が「力仕事」系で作業療法士が「チマチマ作業」系でした。歩行はリハビリでは力仕事系ですよね。作業療法は感覚の回復がより必要なチマチマ生活作業系ね。握力が以外と強いと感じてもらえたし、腕の屈伸の時の筋力も結構付いているとの見たてでした。「わん力」があるとね。理由は「筋トレ」ではなく、花子との散歩時のリードでの引っ張り合いです。より力が必要なときは右腕も使いますが、普通は麻痺した方の左腕だけね。リハビリでは「回数」数えておこない、マッサージとセットね。花子は回数を数えてくれないし、不意に踏ん張ったりさせらりたり(わんこの寄り合い時に頻発)、マッサージはないというよくないタイプのリハビリですが、何とか凌げたのは、毎日、腕伸ばし(反り返しあり)と指伸ばしと手首を反り返らせるということをしてきたおかげかな。強力な屈筋を引き延ばして怒り(運動神経過興奮)を鎮めて緩めるということをね。結構な重量物(10kgのお米を持ち上げられたよ。)も持てるようになってきている感じもあるのですが、感覚神経が回復していないので実用作業には不向きです。特に筋トレとしてはしていないです。腕伸ばし等や感覚の回復状況の確認等を毎日忘れずにおこなっているのです。足はしっかり曲げることが出来ることの確認を忘れずにしています。立位で膝を下の方にして踵をお尻の方に近づけるというのも健常側と同程度かな。可動域を確保しながらでしたから、問題なく筋力が付いたのだと考えています。可動域があっての筋力ですよ、お間違いなくね。
 10月16日(木)、まずは「可動域の確保」で、後に健常者風動作を目指そう。歯磨きですと、「歯ブラシをもつ→ブラシ部分を口中に持っていく→歯と向き等をあわせる→歯や歯茎等にそって往復運動をする→・・・」ですよね。このとき、関節も適切に動いてますよね。大抵の方が健常側の手で磨くのは関節とかの動きの問題ですよね。ラジオ体操等では健常側とよく似た動きのできる麻痺腕ですが、歯磨きのこの場面で使おうとは未だに思わないですが、口の中にぶらし部分とかですと持っていくことも往復運動も出来ることはできるのです。実用動作の可動域の確保例ね。ただね、可動域は確保出来ているし、何とか動作もできるのですが、健常側で歯磨きします。腕が屈曲してしまった方はできにくいでしょうね。伸ばしている状態から屈曲させたら花子を引き寄せることもできますが、屈曲したままですとリードを持っているだけね。それと、どうも可動域に応じて感覚も戻ってきている感じなのです。動かしてごそごそしているから感覚も必要だろうということですかな。手足の存在感というのが可動域全体で感じることが出来るようになってきている感じなのです。救急病院でセラピストさんにアッパーをしかけたときは「上に上げたけど手はどこ」という感じで今はある程度判るのです。固めた方は固めた範囲だけだよね。川平法は外部の力でもよいから動作させての脳での促通ですよ。動かせるというのが前提だよね。筋肉や関節がガチガチに固まってしまっていたら動かせないから促通の必要もないね。クドクドとですが、私は発症したとき、左半身全体の存在すら判らなくなった麻痺でしたよ。もう、くどい人ですね。
 10月17日(金)、「発症直後の脳卒中で動かない」と「放置または過剰リハビリ等で動かなくしている」のとの違いについて。この違いを理解していないために起こる過剰リハビリね。「発症直後の脳卒中で動かない」というのは「脳からの命令が手足等に届けられないため、または命令が出せない」ですよ。嚥下にしても手や足の運動にしても全て脳からの命令によります。筋肉や関節には問題がないわけで、動かしてもらうと動きますし、自分でもそのうち動かせるようにね。川平法もこの「動かせる」を活用しているのですよ。発症後にリハビリをしますよね。諦めて放置すると「廃用症候群」ね。信頼せずに過剰リハビリ(闇リハビリ)をおこなうと「筋緊張亢進になり、やがて拘縮」ね。これらはどちらも問題のなかった筋肉や関節に問題を引き起こすことになります。「廃用症候群」は萎縮してしまったり筋肉や関節が一定の位置で錆び付いてしまうことかな。神経も萎縮しそうだしね。「拘縮」とかは興奮したり抑制されたりするはずの運動神経が興奮したままになって破傷風的な筋肉状態になって収縮したままになってしまうことですよね。関節も錆び付いてしまうことかな。脳での修復も錆び付き状態に対応したタイプですよね。棒足なら棒足での手続き記憶とかね。この両方とも第三者による補助が必要になってきます。手足等のマッサージ(初期段階かな)とか、動かしてもらう(ちょっと弊害が重症?)とか、力尽くで動かしてもらう(自分では動かせない相当弊害が重症ね)とか、ボトックス注射(弊害が重症)をしてもらうとかなどです。自主リハだけでは無理な状態になるのが「放置または過剰リハビリ等で動かない」場合ですかな。発症直後からセラピストさんに診てもらいながら「適切なリハビリ」をおこないましょう。「脳卒中ですと筋肉や関節は動かせて当たり前、発症後の不適切リハビリ等で動かなくしている」というのをお忘れなく。完全左半身麻痺からラジオ体操的動作がほぼ出来るようになった者の体験も含めての考察よりです。
 10月18日(土)、「わん力」とかについて今一度ね。今週水曜日の投稿が『私の「筋力について」』でしたのでね。「筋肉を固めない。間接をさび付かせない。」とかに考慮した筋トレ等でもワンパターン筋トレとかで「筋力」をつけたときですが、神経系が不完全な場合ですと、普通の状態とは異なる可能性ね。新しく働き始めた脳細胞にワンパターンの仕事のみが刷り込まれる可能性です。手続き記憶としてトレーニング動作だけが残ってしまう可能性です。私は結構可動域確保ということでいろいろな動作をさせています。逆に言うと「ヘマな手続き記憶ができないように」かな。幼児の成長の時はそれなりに予定された動作ですが、脳卒中の場合は予定外の仕事を脳細胞にさせるわけですから、当初にワンパターンの強い刺激を与えると脳細胞がそれで固定化されてしまうのではと思うのです。石頭の形成ね。石頭がさらに強烈な石頭にね。例えば、健常側を酷使してどうするの。故障したら終わりだよ、意味をわかってよね。筋トレ命の石頭ね。融通が利く脳にするにはいろいろな動作をさせてみるしかないのではとも思います。可動域を確保する動作をちょいちょい入れていたら、筋肉を固めないようにしたリハビリでも意外に力がついている感じがしています。
 10月19日(日)、健常者の方へ。両手使いになっておきましょう。脳卒中とかにならない方がよいので発症しないようにですが、遺伝的とかもありますので健康に留意していても発症することがあります。外傷等でも利き腕が使えないこともね。そのとき、両手使いですと利き手が片方のみで「利き手」が麻痺したときのような不便さはないと思います。私は「両手使い」になっておきたいと思いながら、右手使いだけのまま発症して、たまたま左麻痺だったので利き手は残りました。左右どちらというのは運だけだと思います。利き手の方が麻痺された方は大変でしょうね、私みたいに完全に動かせなくなった場合にはね。発症当初、私は左半身の存在すら感じなくなっていたのです。このような状況が利き手側で起こったらと思っただけでもゾッとします。もう、両手使いへは簡単にはできなくなりました。今回、右パンチだったので次は左ということでの左右パンチ攻撃されないようにしています。同じ右も連打されると困ります。くどいですが、健常者の皆さん、両手使いがまだ出来ない方は両手使いを目指してください。できるだけ、早急にね。何時災難が起こるかも判らないですからね。利き手側が麻痺して、回復させようとする場合、より注意してください。「過剰リハビリ」になる恐れが高いと思うのです。拘縮とかに突き進まないようにセラピストさんに状況を見てもらいながらリハビリしましょうね。

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2014年10月19日 (日)

歴史の検証では「都合の悪いことを徹底してほじくる必要がある」のでは。都合のよいことだけだと大戦前夜と同じだよ。「自己解剖の勇気のない日本」

 久しぶりにこの手のことについて書きます。
 第二次世界大戦およびそれ以前についてを主体にしますが、戦後もね。
 日露戦争での第四軍の無様な作戦については無視されているというか「突撃称賛」ですかな。近代要塞の旅順に正面突撃攻撃を繰り返しさせた現地司令部の無策についての反省がないのです。この時の反省は「如何に勇敢に戦ったかのみをもってあるのみ」といことのみに宣伝活動だけではなく、大本営内もこれのみを伝承していったので、第二次世界大戦まで突撃のやたらと多い国になったのです。
 近代要塞は織田勢型の「兵糧攻め方」タイプで弱そうなところをまず探すのが鉄則だそうですが、海軍の指摘に対しては「文句をいうな」で「チョロ攻め」でロシアに重要性を認識させてしまった203高地ね。これで203高地も要塞化ね。ですから、「突撃」話の多い戦いですが、日露戦争では大砲等は日本の方が多いとか、海軍は再新鋭艦が多い日本、ポンコツも多数混じるバルチック艦隊。にもかかわらず、重火器や新鋭艦等の意味を認めなかった日本。数量の問題を無視ね。
 日本は第一次世界大戦時はジュネーブ条約遵守だったのが、無視の第二次世界大戦。どうしてそうなったのかは検証なしね。国内でも、国外でもあった「人命軽視」の行いについての検証もなし。人命軽視の典型は玉砕の強制、だから、一億玉砕も本気だったのでは。だから、陛下がポツダム宣言受諾の裁可を下して漸く終わった戦争。当時の政府上層部が祀られている靖国神社に天皇陛下が行かれないのですよ。天皇制を潰そうとした輩どもだものね。
 「証拠隠滅の帝国陸軍」という感じの行いに対する検証もなし。証拠隠滅しているから、中国で毒ガスをどこに埋めて破棄したかが判らない。とかで、各地で何をしてきたのか判らない日本ね。「証拠がない」とともに「証拠もない」ということで、何を言われても具体的反論ができますか。
 731部隊については証拠隠滅したはずが、アメリカは戦後すぐに研究資料を本国に持って帰ったということです。「人体実験結果資料」ですよ。「海と毒薬」は捕虜を人体解剖というものね。
 「証拠がない」ということで「証言封じ」とかというのは、太平洋戦争へ突き進んでいた当時とそう変わらないのではないかと考えられるのです。「いつか来た道をまた」という感じです。
 歴史の検証では「都合の悪いことを徹底してほじくる必要がある」のでは。都合のよいことだけだと大戦前夜と同じだよ。「自己解剖の勇気のない日本」。

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2014年10月13日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No113

違和感が出て、しばらくしてその日のうちに解消出来なくなってから慌ててストレッチとかする前に   脳卒中での後遺症に係わる動作について 『目指せ健常者風動作をリハビリ病院入院中に』   平衡感覚でのふらつきが主因と考えられるふらつきのおかげか介護認定が要支援1から要支援2に昇格?しました。   「隣の芝生は青い」的な発想   今日は「目の日」   「筋肉量維持」と「筋力維持」と「筋力増強」と「脳卒中による筋力喪失」の混同   最近、紐のちょうちょ結びやゴミ袋の口を結ぶことなどが、以前よりはできるようになってきました

 10月6日(月)、違和感が出て、しばらくしてその日のうちに解消出来なくなってから慌ててストレッチとかする前に「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」の意味を考えてね。軽い違和感のときに対策をすると楽だよ。無理をして、拘縮とかにした人が多いみたいです。ボトックス療法ですめば非常にマシという程度かな、拘縮。拘縮とかですと運動パターンが一定しかできないから、手続き記憶もワンパターンの障害者風。どう転んでもろくなことがないので注意しましょうね。慎重にリハビリをね。どうしようもないと感じたら別方法とストレッチ・マッサージ等で違和感を取り除くようにしながらリハビリをね。違和感に硬直感が重なり、実際に動きが悪くなっている場合は専門家に診てもらいましょう。すればするほど悪くなることがある脳卒中後の筋トレタイプリハビリね。筋トレは健常時でも体を痛めることがあります。注意をしながらね。
 10月7日(火)、脳卒中での後遺症に係わる動作についてね。できる限り、早期に健常者風を目指すことです。障害者風をしばらく続けると「手続き記憶」と「筋肉や関節の動き」が「障害者風」にあわせられる可能性が高いです。昔からブログや地域の障害者関係団体とかで精力的に活動されている方が「ぶん回しの方が楽」と昨年でしたか投稿されていたことがありました。10年ほど前に脳卒中だったとブログからは読み取れました。後遺症風の動作がそのうち勝手に健常者風になるなんてないですよ。一端、障害者風動作である程度経過してしまうと血のにじむようなリハビリを続ける必要があると考えられます。私のぶん回し歩行はリハビリ病院入院中に健常者風歩行に直すことに成功しました。理由は他の日の投稿を読んでね。歩行リハビリの当座は「歩けることの確認」ですから、ぶん回しでもよいみたいですが、股関節・膝関節・足首関節や筋肉等の状況から考えてセラピストさんは早期に健常者風の指導に入ると思います。その時でも「面倒」だよね。でも、後々は圧倒的に健常者風の方が有利だよ。どう「面倒」かというと、一歩一歩意識して歩く必要があるのです。その時、ぶん回しは無意識に近い感じでできていたと思います。でも、繰り返し、繰り返し健常者風を続けることで手続き記憶も筋肉も関節も健常者風に徐々になっていくのです。ほっておいては健常者風にはならないよ。遅くなるほど「血のにじむ努力を必要」としますよ。ですから、週に1回でもセラピストさんに診てもらった方がよいと思います。私はリハビリ病院入院中に「小走り」も指導してもらいました。セラピストさんにみてもらっている方は「完全半身麻痺から小走りまで」ですと、全く動作出来なかった関節や筋肉についてどのように変化させたらできそうかかを教えてもらってみてください。『目指せ健常者風動作をリハビリ病院入院中に』
 10月8日(水)、先週投稿しました平衡感覚でのふらつきが主因と考えられるふらつきのおかげか介護認定が要支援1から要支援2に昇格?しました。このタイプのふらつきについては重力方向が前庭で、回転については半規管ね。どちらも、左右の感覚器のバランスが取れて働くわけです。前庭の鍛え方は「裸足で土の上を歩く」というのが一番だとね。医師もセラピストも共に手も足も助言も出せない領域ね。左半身の感覚が全体的に戻ってきたら、訓練ができるということかな。それまでは「ふらふら」しておきます。回転覚もかな。まあ、関節とかを固めてぐらつかないようにしたらふらつかないかもね。でもね、関節を錆び付かせたり、筋肉を固めたりしたらそこでリハビリ終了で麻痺が残ったままになりますよね。で、訪問リハビリを週に2回お願いすることになって、以前からの方が作業療法士で、新しい方が理学療法士です。違う手で筋肉の状態を診てほしいからとね。で、血圧測定で血圧が上がり易くなりました。左手で握手をしてくれたのですが、温覚はまあまあなのですが、触覚が物体があるという感じでしか、まだ感じることができないのです。実用的な作業動作には「皮膚感覚」と「筋肉の筋紡錘とゴルジ装置による筋収縮感覚」がともに回復してからになるでしょう。それまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」で一応自在に動かせるようにしておきます。ということは、一応毎日何らかの動作をボチボチ続けます。無理をしたら拘縮だものね。理学療法士さんにリハビリ病院入院中に「小走り」も指導されたよといったら初期症状から考えてかびっくりされていました。いろいろなリハビリのペースが早く進められたようでしたからね。「目指せ花子とともに走るドッグラン」ね。
 10月9日(木)、リハビリでのいくつかのあるブログをみていて思ったことね。「隣の芝生は青い」的な発想ね。普通、脳卒中発症でまずは急性期の病院でのリハビリ、次がリハビリ病院でのリハビリね。これの体験をしてみて感じたことは、患者が余計なことをしなかったとか、適切にリハビリに取り組んでいたら、大抵はそれなりに順調で、普通は拘縮とかにはなっていないのかも。関節の動きが悪くなるということもないかも。余計なことをするというのは「信頼していない」証ですよね。それで、同じようなリハビリでも、スパイスをきかせたようなところの指導をものすごくよく感じてしまうのではともね。一度、指導されたことの繰り返しでも場所が変わるだけでよく感じる。勉強で「判らない」といっていたのが、別の教師から同じように指導されても「判った」というのも、これ2回目の指導ですが、後の方がよいように感じるのと同じかな。同じような症状でも、このリハビリの世界は「出だし」での取り組みの違いが後々大きな違いとして出てきやすい世界だと思うのです。PTで、リハビリ病院で結構早期に健常者風の指導が始まったのは、「後々楽」ということですね。ただ、健常者風歩行のリハビリは面倒でしたよ。辛抱強く取り組む必要がありました。一歩一歩全てで神経を集中させる必要がね。このとき「ぶん回し」は楽ちんでしたよ。邪魔臭がりの方でしたら「歩けるのに邪魔くさい」でぶん回しで退院して、その後、歩きづらいと他のリハビリに駆け込むことになるのかな。こちらの方がよいと思うのかも。当初からまじめにしていたら同じぐらいのレベル程度なのにね。藪医者がいるのと同じで外れのこともありますが、リハビリの方は患者の方に問題ありも多いみたいです。で、気がついていない。藪医者も気づかず信頼していたら「良医」と間違って思い込んで殺されるだけの程度かな。
 10月10日(金)、今日は「目の日」だそうです。私は原因不明というか発症防止の方法がないという円錐角膜です。で、治療法は「角膜移植」が最良らしいですが誰にでもというものではなく、レーザー法もあるということですが、対処療法はハードコンタクトレンズ装着のみです。大抵の方がこの方法ね。視床出血で困ったことは「両手使用法では装着出来ない」。片手法をマスターされている方は麻痺手がどちらかで装着出来ないね。最初のPTの時に平行棒の他端におかれた姿見の自分の姿が見えなかった。それで、漸くコンタクトレンズを装着してもらえるようになってリハビリができるようにね。「歯磨き」程度でガタガタしなすんなという感じね。ある意味、目の不自由な方の気持ちが少しは判ったという感じです。世界の見え方が違うのです。自分の意思で装着していないのと「できない」で装着していないのでも世界の見え方が違うのです。ですから、OTの目標は「コンタクトレンズ装着」ね。本音は「麻痺した手でコンタクトレンズの洗浄なども出来るようになる」ということね。これ、感覚が完全に戻らないとできないですかな。歯は全て自前でしたから、片腕が使えたら、ちと頭を使うと歯磨きは楽にできました。漱ぎでも当初は噴水してましたが、コツをつかむとそう溢さなくなったしね。「嚥下」は別問題だと思います。翌年、虫歯治療で麻酔をしたときに「麻酔が切れるまでは食事等をしないように」といわれたので「慣れています。大丈夫です。」といって、帰宅してすぐに食事ね。リハビリ病院ではコンタクトレンズ装着時に利用するための車いすで両足チョコチョコ歩行が退院まで毎日できました。普通は1ヶ月以上前に車いす取り上げの程度に回復していました。よかったですよ、車いす両足チョコチョコ歩行。
 10月11日(土)、「筋肉量維持」と「筋力維持」と「筋力増強」と「脳卒中による筋力喪失」の混同ね。先週の土曜日の日本経済新聞土曜版「プラス ワン」で筋肉量維持の話がでていました。詳しくは新聞で。日々の運動で、ハードにしなくてもそこそこ維持出来るようなことなのです。上手に筋トレすれば100歳でも筋肉量増強出来るともね。あくまでも正しく上手にですよ。「筋力維持」ですけど、それなりの研究報告ですと「週1回程度」で継続でよい成果が報告されたりしています。筋肉量維持よりはハードですけど、ボディービルとかより穏やかなレベルね。軽いダンベル体操でもそこそこ筋力は維持されるようです。ある程度のダンベル体操レベルとかを週1回程度が普通の人にとっては、病気等の時の筋力低下が一番ゆっくりかもしれないです。毎日トレーニングはトレーニングができなくなると筋力低下が早いという報告もあります。「神経の筋肉動員力」での割合の変化も筋力変化に繋がります。この動員力は使わないと低下が激しいようです。筋力の定義は「筋肉量×収縮性タンパク質の質×神経による動員力」とかでも表せると思います。で、脳卒中では「神経による動員力」がゼロまたは激減することになりますね。ゼロがあると掛け算での計算では、答えは「ゼロ」ね。よって筋力はゼロなのですが、脳からの命令力のみの問題なのです。感覚麻痺の場合は筋トレ等ですと興奮ニューロンが興奮して運動神経が興奮するのですが、感覚情報がないので抑制ニューロンが働かず、運動神経の興奮を静めることができないのです。別の方法で興奮を静めることができなかったら「筋緊張亢進」になり、さらに無理をすると拘縮とかに突き進む危険性をはらむことになります。感覚麻痺だけですと、ともかく動かせるようになりますが、抑制ニューロンが働いていないので慎重なリハビリであることが必要になります。「運動させる必要」と「筋肉を固めない。」と「関節を錆び付かせない。」という3兎を同時に追いかける必要があるのが脳卒中でのリハビリです。「動かしづらくなった」とかはこの3兎全てが逃げていく可能性のある危機ということです。対策を。
 10月12日(日)、最近、紐のちょうちょ結びや45リットルポリゴミ袋の口を結ぶことなどが、以前よりはできるようになってきました。ゴミ出しの時のゴミ袋の口結びは量が少ない時だけではなく、ある程度いっぱいでもしっかりと結ぶことができるようになったわけです。ある程度の力仕事でもあり、細かい作業でもあるかな。手のリハビリでは「グッパ」や「指動かし(伸ばしもね」とかで何か作業させているわけでもないのです。時々、「こんなことできるかな」と思いついたときに試してみるわけです。「・・をすぐにできるように」という意識は今は皆無ね。以前は「グッパ」ができるようにとか、掴みやすい物を握って離すとかができるようにとかもやっていたとは思うのですけど記憶的には曖昧ね。「筋肉を固めない。関節をさび付かせない。」で腕伸ばし・指伸ばしを意識的に日に数回はしています。入院中も「動くからと嬉しがっての過剰リハビリ」はしなかったですね。リハビリ病院や訪問リハビリのセラピストさんには逐一報告していましたよ。お咎めなしです。それで、「一生車いす(左半身麻痺のまま)」とのお告げから「奇跡的回復」ね。

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2014年10月12日 (日)

豪雨時等での避難指示などの空振り時にどう思うのか

 昨年の冬の大雪予想で外れた時に前東京都知事が「正確な予報をしろ」とかなんとかいったようですね。あの東日本大震災で津波から逃れたある中学生が行ったことでしたか、「99回外れても、次は津波が来るかもしれない」と思って必死で高台に逃げたということです。
 この中学生のように思い続けることができるのかということです。この頃の自然災害は以前の経験では判断出来ないことが頻発しています。
 地震とかは周期の単位が数百年とかですから、観測記録が残っていないだけというのですかな。それで「ない」と思い込んでいたのが東日本大震災だったのですが、小中学生などは逃げたわけですね。
 ところで、最近の風水害ははっきり言って「温暖化」の影響で「過去の経験したことのない雨」等ですよ。過去の経験より災害発生可能性が高いと考えてしかるべきですが、
 日本人得意の「忘却」「隠蔽体質」等で気象庁等の予報を勝手に引き算してしまうのがいるみたいです。で、外れが続くと前都知事みたいなことを言って、避難遅れとかになってしまいます。
 空振り時でも「災害から逃れることができた」と思えるかどうかです。「なにも起こらなかったやないか」とぐだぐだいわずにね。

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2014年10月 6日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No112

この「動いた」という経験が大切   発症してしまった脳卒中での医師の役割について   麻痺と装具と車いすの関係   今でも怖~いことの一つ   発症当初にPTで出来るようになって、現在は怖くてできないこと   発症当初と同じようにできること   「自分より劣っている」とか思える人がいることで心の安定を求める傾向が

 9月29日(月)、あるブログ(夫が脳出血・・・)のある投稿の中に『・・・・・(りゅうえい)治療院の・・(高橋)先生によると、この「動いた」という経験が大切なのだそうです。病気で身体が動かなくなったことを脳が認識してしまうことで「動かすことはできない」と潜在意識に深く刷り込まれてしまいますます動けなくなってしまう。その思い込みを解除するために鍼で・(右)脳に働きかけます。』というのがありましたと引用させてもらいます。脳卒中とは遠隔操縦の中枢のみに不都合がある病気です。発症部位で末端からの情報途絶(脳幹系など)や感覚担当脳細胞(大脳など)のダメージ(感覚麻痺ね)とか指令系の途絶(大脳系または脳幹系の運動神経系の麻痺)とかこの二つの間の部分(連合野なども含むかな)の損傷とかです。末端の筋肉・関節とかには異常がないのです。この状態の時に筋肉とかもダメになったと思い込んで、感覚麻痺だけでも運動神経もダメになった勝手に思い込んで使わなくなってしまうから、「廃用症候群」となって本当に動かなくなるのです。この鍼治療では損傷を受けていない部分を呼び起こしているのだと考えられます。前に紹介した「おじいさん先生」の言葉と同じようなことだと思いました。私の視床出血は感覚麻痺でしたから、麻痺の原因がわかった段階で「動かせるようになる」と確信しました。もっとも脳出血を感じた段階で「リハビリで復活するぞ」とも思っていましたが。動かせるようになるまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」でいこうとね。リモコンが壊れただけだから、リモコンを取り替えれば動きますよ。ただ、工業製品みたいには簡単に交換ができないので代用でも時間が掛かります。実際、救急病院で「とりあえず動かせる」になっていきました。その間のつなぎのリハビリで失敗する人も多いようです。つなぎのリハビリが非常に大切ですから、セラピストさんに診てもらいながらね。くどいですが、私は視床出血で、病院搬送到着時意識不明、左半身完全麻痺でした。お告げは「一生車いす」ね。今はスタスタと日に10000歩以上歩いています。「・・のコツ」さんには悪いですが、そのブログでの「・・・のコツ」とかは順調でしたのでリハビリ病院で教えてもらいました。小走りも教えてもらいました。
 9月30日(火)、発症してしまった脳卒中での医師の役割についてね。脳神経外科医が直接担うのは急性期が中心だと思います。視床出血ですと、普通は出血した間脳にメスを入れるなどしないですよ。出血が多くて脳圧亢進でようやく血抜きね。くも膜下出血ですと、血抜きをよくするみたいですが。脳梗塞でも例の薬が使えたら使う程度が多いのでは。悪化しないかとか、脳卒中でより悪化したときや副次的症状が出たときの対応とかだと思います。他の循環器科などの内科系にしても血圧管理とかぐらいしかできないのではと思います。医師でもセラピストでも脳の回復はできないのです。この脳での可塑性による回復は患者本人がするほかないのです。川平法とかがありますが、これも基本は患者自身ね。リハビリの基本は患者だよ。薬はボトックス程度だけだよ。医師は励ますとか相談に乗れても手出しはできないのが今のリハビリね。セラピストさんもマッサージと指導助言と動作指導とかしかできないですよね。患者がどのような気持ちで取り組むのかいうことだけに掛かっていると思います。
 10月1日(水)、麻痺と装具と車いすの関係ね。なぜか、歩行器は無視です。無視の理由は救急病院で一度だけ使わせてもらたことがあるだけです。転院直前でしたが、どうしても焦りが出るようなのです。今から思うと「棒足、引きずり、ぶん回し」だったような感じを受けました。転院後は、なぜか、車いすでの両足チョコチョコ歩行で大人しく暴走していました。歩行器を羨ましいとは思わずです。車いすですと、荷物の運搬も楽でしたよ。待ち人の時もエレベーターホールで長時間待っても座っていますからね。本題ね、私の場合は視床出血での感覚麻痺でしたから、筋肉・関節・運動神経等異常なしね。で、ともかく、動かせるようになるのです。でも、感覚なしですから、危険も伴います。足が見えないところにあるので「巻き込み事故等」ね。事故なしにするには「慎重に」ですよ。根気よくね。姿勢や座り方がよければ、麻痺足の鍛錬にはもってこいでした。足首は直角程度で曲げたり、伸ばしたり、ね。装具の目的は直角程度に足先を持ち上げるというのがありますよね。適切な高さの車いすで適切な座り方で足漕ぎすると膝と足首は直角ぐらいで動かすことになります。床けりの直前ぐらいの時に足先は結構な向きですよね。蹴って前に伸ばす。また、十分に曲げてでないと前に出せないですよ。前方で踵着地して後方で床を蹴るの繰り返しね。ですから、視床出血左半身完全麻痺でしたが、購入した装具は一番簡単なものでした。退院後は使っていません。目的は健常者風歩行の時に足先を床で躓かないようにですよね。車いすのおかげで装具は早々に卒業出来ました。暴走するときは回転数は高くなりますよ。歩行リハビリでの高速歩行にも対応出来ました。退院時には6分で420m(時速4.2km)ね。花子のウンチ直前高速歩行は時速ですと7~8kmにはなっているときもあると考えられます。走り出しそうなぐらいですからね。車いす様々です。このような車いすの利点を生かしていない方が多いようですね。セラピストさんも車いすでの麻痺側も使ったリハビリを症状をみながら助言されているはずだよ。「両足で車いすを漕ぎましょう」とね。
 10月2日(木)、今でも怖~いことの一つに支え(杖でも可)とかなしに立っている状態の時に目を閉じることね。どうしてかというと、視床出血ですから、内耳にある平衡感覚器の麻痺です。出血後、3ヶ月ほどしたリハビリで車いすではなく杖歩行でリハビリにいこうとセラピストさんが言われたので、「マッサージで寝転がるとふらつくので」と起きたままマッサージしてもらいました。発症時の救急車や直後の病院内での移動で激しい嘔吐に襲われたのは、内耳の平衡感覚器の左右アンバランスによってであったと思うようになったのです。その後、しばらくの間だけ健常側の平衡感覚器情報だけでの安定をつかんでいたようですが、麻痺側が徐々に復活してくると、その度に「ふらふら」と危ないですよ。普通に歩くときとかは、ふらつきながらバランスをとるという器用なことをね。でもね、起き抜けとかは危険です。伝い歩きをしたりしています。ですから、視覚で平衡感覚を補っているので立ったりしているときに内耳の平衡感覚器だけになる瞼を閉じるというのは非常に危険ね。コンタクトレンズなので、ゴミとかで瞼を開けることができないときも非常に危険ね。これは何時起きるのか予測出来ないからね。俯きをして顔を起こしたときも同様の傾向ね。もっと酷いかも。
 10月3日(金)、発症当初に歩行リハビリ(PT)で出来るようになって、現在は怖くてできないことに「棒足ぶん回し足出し歩行」があります。最近、ふと挑戦してみようとして「怖~い」で止めてしまいました。リハビリ病院で、健常者風への指導してくれていた意味を理解して練習したために「ぶん回し」ができなくなってしまったわけです。今思うに「ぶん回し」も「健常者風」もどちらもそれなりに努力してある程度の距離を歩けるようになるのです。その後は「健常者風」の方が圧倒的に有利です。発症からぼちぼちの日数まではどうでもよいから、歩けるかの確認みたいなリハビリですよね。その後、股関節・膝関節・足首関節等の状態を考慮して「健常者風」への指導です。その時に感じたのは、伸筋優位とか脳でのダメージ等があるので「健常者風」の練習が辛いのですね。でも、ここでくじけると新規の歩行についての手続き記憶が「ぶん回し」になってしまうと後々修正が難しいようです。私は健常者風の方が後々楽で速く歩行出来ると確信していましたので健常者風を目指しました。「健常者風」は長年の人類の進化の中で習得した楽な運動パターンですから、楽ですよ。お箸の使い方でも「正しい箸使い」の方が楽に美味しく食事ができますよね。悪いお箸の持ち方になってしまうと修正に苦労されていますよね。「ぶん回し」も同じことではとね。ですから、発症当初から健常者風を目指しましょう。
 10月4日(土)、発症当初と同じようにできることに「腕をだらりとブラブラできる」というのがあります。当時と同様に力を込めることなくね。発症当時、指も伸び伸びしていたはずだよ。そう、典型的な麻痺した腕だったものね。その後、多くの方が屈筋優位で屈曲させてしまっているようですね。四つん這いもできます。腕を伸ばして荷重をいくらかのせても耐えることができるということです。手の甲と手のひらの裏表変換も簡単にできます。当然、腕の伸縮もね。ラジオ体操的動作もぐるぐる回しもね。物を掴むために手を健常者みたいに物体にあわせるということができます。指の伸縮も意図してできるしね。リハビリ病院でいっていたことは「適切に動作ができるようにしておいてたら、感覚神経が戻れば作業なんて簡単にできますよ」みたいなことをね。感覚神経は何時使い物になる程度戻るのかな。でも、動かせれば「代用感覚」も使ってそこそこ作業はできます。屈曲してしまうと無理かな。握々お手々ですと、何もできない感じね。ジャンケンでは負け決定的だしね。爪切りも大変なようですね。まずは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」ね。発症当初の見かけと同様ですが、中身はリハビリで大きく異なっていますよ、だらり腕。
 10月5日(日)、多くの人に「自分より劣っている」とか思える人がいることで心の安定を求める傾向があります。差別に繋がる心ね。あるブログで「自分より重症の人と比べて恵まれている」てなのがありましたが、こんな考え方も差別に通じるのではと思うのです。もし、その時たまたま軽傷者ばかりで重傷者がいなかったらどうするのですかな。幕府とかが農民に「自分はまだ、幸せなんだ」と思わせるために作ったのが被差別部落差別ですよ。また、民族差別であったりね。身近な差別事例が「いじめ」ですよ。「差別の心」は私も含めて誰でもわいてきますが、それにどう対処するかですよ。相対評価しかできない人の多い日本人の哀れなところですかな。私なんぞ、視床出血で、結構死亡率の高い「病院搬送到着時意識なし」(30~40%ぐらいかな)のレベルでしたが、他の方がどうのこうのとか思わなかったです。「あちゃ、出ちゃった。リハビリで復活するぞ」と思った程度です。ですから、落ち込むこともなく、焦らず騒がず笑い転げながらリハビリに楽しく取り組んできているのです。比べたってリハビリが早くなるわけでもなく、比べないから遅くなるわけでもなく、単に私の取り組みだけですからね。見た目では判らないですよ、他の方の症状はね。棺桶に両足を入れかけて、寝ている状態のまま頭側を少しあげただけでベッドからの転落(頭を下にしてのね。床と頭頂が仲良く接触していました。)時に三途の川で溺れ生きしてきた私って軽症? 完全な左半身全部の感覚麻痺ですが、3ヶ月後には「階段昇降」のリハビリをボチボチ始めてましたよ。ホントは2ヶ月ぐらいより少し前からね。左半身が完全に麻痺してましたよ。頭の先から足の先までね。それより、リハビリ病院入院中に他の患者さんと話をしていて、「この方、リハビリでしくじったのでは」と思った方が数名いました。リハビリでしくじると、動くものも動かせなくなりますからね。へまにいって、ドボンと落ち込まれたら大変だしね。私が「奇跡的」(リハビリ病院での患者の中で)ではなく、他の患者さんがリハビリでしくじっているというのが現実かなと退院後のブログ等の投稿も含めて調べてみて感じるようになりました。「闘病記」のはずが、脳卒中になられた方がより良いリハビリができる一助としての面だらけになってしまっている感じがしますが、続けます。リハビリにしくじった方には申し訳ないですが、延々と続けます。気がついていない方もいるみたいです。何度も何度も繰り返します。相対評価の延長線上に「脳卒中での後遺症」についてもあるのかな。「棒足ぶん回し足出し歩行」は後遺症ではなく「不適切リハビリ」が原因と考えています。「他の多くがそうだから正しい」という思い込みね。基準をもつことができないということかも。

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2014年10月 5日 (日)

御嶽山噴火で自衛隊車両やヘリコプターが使われた私の思う理由

 今回の噴火によりなくなられた方がにお悔やみ申し上げます。
 火山噴火ですと、火山ガス・火山灰・噴石などいろいろなものが飛ばされますね。その時、装甲の丈夫さで耐久度が違いますよね。帝国陸軍時代とは違いますから、「火砕流」や「土石流」などですと、基本的には「逃げろ」のみでしょうね。実際、火山ガスや降雨でも捜索活動が中止されたりしました。
 ただ、山小屋の屋根とかの穴をみると結構大きな噴石も飛んでいましたね。車ぐらいの大きさというのもあったとかね。装甲車でもつぶれるかもね。
 ヘリコプターはベトナム戦争時に米兵が「ガラスのエレベーター」と称したとか。その後、装甲ヘリコプターができたというようです。
 警察や消防のヘリコプターも装甲ヘリコプター? 自衛隊の装甲ヘリコプターを使わないことにはもしもの時に救助隊の二次遭難とかが起こりやすくなりますよね。
 火山ガス対策・噴石対策が共にある程度できているのは自衛隊だけですよね。消防のガス対策は火災現場でも必要だからありますね。
 火山弾(噴石)は砲撃みたいな感じですね。実際亡くなられた方の多くが噴石による外傷が原因だったということです。

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