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2014年6月16日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No97

「物を掴む」ね。  足関係の感覚の復活具合  「お薬手帳」から思うこと  「お薬手帳」から思うことの続きと感覚麻痺でのリハビリとかでの回復について、以前投稿した2段階の前に必要なこと   感覚神経回復で起こるドタバタと「お薬手帳」3回目   人間関係で思うこと  筋肉の収縮時の痛み、あるいは伸縮に伴う痛み

 6月9日(月)、「物を掴む」ね。麻痺して、救急病院でのリハビリで「指が伸ばせたら掴めるよ」と言われて、実際に掴めるようにはなりましたが、実感がないのです。感覚麻痺なので当然ね。感覚の代用で視覚に頼って掴んでいるのです。指、手のひら、手首、腕は「伸ばす」中心に動作してきました。曲がる方は自動的に曲がるのです。掴む動作は指を曲げるとかですね。その曲がり具合は徐々に感じることができるようにはなってきていますし、力の入れ具合も徐々に調整ができつつあります。まあ、今までどのくらい動かしたか。筋トレみたいなのはお風呂でのタオル絞りぐらいですかな。リハビリ病院入院中は絞ってもびしょびしょね。ハードコンタクトレンズ保存ケースの保持やキャップの開閉時に何回ケースをどこかに飛ばして保存液をぶちまけたことか。力の入れすぎで、制御出来なかったのが最近は制御出来つつあります。力の入れ具合の情報が指の感覚として戻ってきつつあるのです。視覚にはこのタイプの情報はないので、入れすぎたり足らなかったりね。グッパも当初は「じっと手を見ながら」で、今は見てなくてもできます。適度な大きさ形で力任せに掴める物はしっかり掴めるようにはなってきたみたい。物を安定的に手で持つためには皮膚の触点、圧点からの情報、筋肉の筋紡錘からの収縮具合の情報が揃う必要があると考えています。感覚情報が揃うまでは「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」で「可動域を確保しておく。」というのでリハビリに勤しんでいきます。放置でもない、過剰でもない、適度なリハビリね。
 6月10日(火)、「歩行時の麻痺足の感覚」というか足関係の感覚の復活具合ね。発症当初は全くの無感覚ね。足の存在すら判らない状態ね。どういってよいのか、その後なんとなくその辺にあるということだけね。でもね、感覚神経としてはなしね。救急病院でトイレの手摺りにしがみついてちょっと重みを掛けてみるとかね。「使うのだぞ」という意思表示ね。看護実習の方がリハビリ動作を考えてくれたりしました。「生活動作に役立つ」からみると「なにしているの」かな。私的には「動けばよい」的によかったです。そう、感覚神経復活の切っ掛けとしてね。足の裏の感覚の回復についてはPTで「コチョコチョ」でどのくらい感じるかという程度が続きました。装具を付けはじめたら、足裏の装具の形が接触感覚復活ののろしみたいに感じたりもしました。筋肉的には思い返してみたら「無感覚」かな。健常側と体重の案分感覚とで歩行に対処していた記憶がね。退院後、徐々に皮膚感覚も筋収縮の筋紡錘感覚も回復してきているのです。まだ完全にはほど遠いですよ。この回復途上で、「他人の足みたい」の時もあれば、麻痺側の方が長く感じるときもとか、いろいろね。筋収縮のドタバタは報告していますね。皮膚感覚もいろいろね。足裏は結構感じております。痒みとかも当然ね、感覚がなかったら感じることのないので、ある意味「鬱陶しい」ね。痛み、痒みなどは大切な感覚なのですが、「知らぬが仏」のときもよかったかという不届き者です。でもね、「走る」ということについてはまだまだ感覚神経の戻りは不足しています。大股疾走でドッグランしたい。花子と一緒に走りたい。
 6月11日(水)、「お薬手帳」ね。あるブログで「お薬手帳」がない方が少し安いとからしいとあったので一発。やすけりゃよいのなら、「院内処方」ね。でも、院内処方が減少してきているのかということも考えましょうね。服用中の医薬品を必要なときに正確に第三者に伝えることができますか。特に、医療機関を変える時や、医療機関のハシゴをするときなどね。ですから、医療機関は出したくないが時勢で処方箋を出し、調剤薬局は「お薬手帳」を出していますね。ですから、院内処方の医療機関より、処方箋方式のところの方がよいと思っています。ですけど、お薬手帳には記載されない常備薬というのもね。今回の発症であったことね。なんで、意識がまだらに戻ったりしている患者が「コンタクトレンズを外して」といわなあかんの。目玉も見てよ。こんなの「お薬手帳」には載らないしね。三途の川で渡し舟から転落する切っ掛けとなったと思っているベッドからの転落ね。鼻づまりで上半身を直立にするほど詰まりが解消されると思って、ベッドの上半身側をあげていっただけで、頭を下にしてベッドからぶら下がりました。頭頂は床と仲良くしていました。喧嘩じゃなくてよかった。喧嘩をしていたら頸椎損傷?。このとき、渡しでも転落かとね。半身麻痺なので泳ぐこともできず、溺れ生きね。以前から市販の点鼻薬愛用ですが、これも「お薬手帳」にはいまだに未記載です。これも、命が関係することもあるのにね。病院に点鼻薬持ち込みを堂々とできましたよ。まあ、「お薬手帳」に処方薬がすべて記載されておれば、緊急時等に有効だと思います。それと、勝手転院時や医療機関ハシゴ時にもね。ですから、「お薬手帳」に貼付できる印刷物を出してくれる調剤薬局にいきましょうね。ということは、処方箋を出す医療機関にね。
 6月12日(木)、昨日ので追加、院内処方は投薬すれば医療機関に薬価差益が見込まれるので要注意。結局高物になるかもね。脳卒中などで意識不明とかになったときに伝えることができますか。医薬品数が少ないときが覚えておけますが、多数になった場合に品名、用量、用法を正確に伝えられるようにメモしていますかな。それと医師を信用しているかどうかも関係しちゃいますかな。私は過去の経験で不信感の固まりかも。だから、特定健診(年齢がばれる)では今通院しているところに行く気はないですし、文句を言われたら通院先を変えます。感覚麻痺でのリハビリとかでの回復についてね。以前投稿した2段階説ね。でも、この2段階の前に必要なことは「筋肉が固まっていない。関節が錆び付いていない。」ですかな。高次脳機能障害とかは別問題なので触れません。このブログに投稿しているのは手足の感覚麻痺に注目しているので、運動神経麻痺や手足の外科的障害による麻痺は他で探してね。救急病院やリハビリ病院でのリハビリは「筋肉が固まっていない。関節が錆び付いていない。」のが前提だと感じました。で、「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」ようにして、ぼちぼち動作させてみるという感じね。感覚は健常側で代用したりしていました。当然、視覚もね。だから、動かしているという実感なしね。「動かしているという実感」はその手や足などからの感覚情報があってこそ起こるものですが、感覚麻痺ですから、当然、実感なしね。感覚神経が復活していってから感じることなのです。でも、感覚代用で歩行などでは結構スタスタと歩けるようにはなりますが、これは「筋肉が固まっていない。関節が錆び付いていない。」ときというかこのような人です。健常者タイプの歩行も可能にね。手の方は「じっと見る」でしか動作はできないですね。一端、掴んでしまうとかするとじっと見ていなくてもよいこともありますが、大抵はじっと見ながらの緊張動作かな。やり過ぎると筋緊張亢進ね。リハビリ初期は「当初の回復」ですが、ここで「正しい当初の回復」をしていないと予後(感覚神経が回復してくるという予後)が悪くなりますよ。「よい当初の回復」にはセラピストが必要です。各個人にマッチした回復のためにね。例えば、「回し足出し」は悪い回復ね。普通、健常者タイプを教えてくれているはずだよ。手はどうしようもない感じね。感覚神経が復活するのを待つしかもね。でも、拘縮とかを避けて、動作の仕方とかを教えてくれたり、筋肉や関節の状態を見てくれるしね。回復まで「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」ね。明日はこの続き、感覚神経回復で起こるドタバタね。
 6月13日(金)、感覚神経回復で起こるドタバタね。どうして、起こるのだろうね。私らはいろいろな動作において「一発でできるようになる」なんてありましたか。簡単にできるのなら、幼児期に歩みの練習であんなには転けないはずだし、お箸の使いかたなどもね。ほぼすべてで何回も練習していますね。それも、筋肉が発達しつつあるときもね。一連の動作に関わる神経細胞たちの連携の為の練習が必要なのです。さらにはその成果がどの程度かが上手下手とかね。私の場合、視床のベテラン神経細胞が出血でお亡くなりになりました。どこか知らないですが、代わりの神経細胞がその部分に入って新人として働き出したか、飛ばして直結なのか、この方もベテラン抜きね。適度な興奮ができるようになるまでは練習が必要であり、この練習も場数が必要ね。その間、興奮しすぎたり反応が小さすぎたりしながらぼちぼちの調節ができるようになるのではと考えています。左半身真冬もこの結果だと思います。味覚もただいま、右と左でちと違う。ちょっとでよかったです。「腕が暴れる」とか「足が暴れる」とかは幼児期と違って筋肉が出来上がっているのが原因と考えています。ですから、このタイプの暴れのない方は「本当に感覚麻痺?」と思ってしまったりしています。運動神経麻痺でも起こるのかな。もっとも、拘縮とかで固めあげてしまっていたら、暴れようがないと思います。お薬手帳についての3回目ね。薬害などの時の投薬証拠として使えると思います。ですから、入院中や通院でも医療機関内で使われた医薬品も記載されるべきだと考えてます。大学病院での薬害(まあ、医療過誤ですか。)が出てくるような日本ですから、お薬手帳を拡充定着させるべきです。
 6月14日(土)、今回は別の意味の「高次脳機能障害」(こう言っていいのかな)についてです。普通、脳卒中などで生じる「高次脳機能障害」とは別物です。今回の別の意味の「高次脳機能障害」は人格障害も含む可能性を前提にします。発達障害とは関係ないと思っています。私も執念深い方かもしれないですが、他の人に「無理強い」をするというのはできるだけ避けるようにはしているつもりです。人間の所作は生活習慣や価値観にドップリ漬かっています。ですから、ある意味、お付き合いは鬱陶しいのです。でも、付き合ってから「鬱陶し」というのがよくあるのです。典型が「押しつけがましい」ね。ですが、勉強などでは押しつけられて渋々しているなんて人が結構いるようなのです。そして、強制されていると自覚していないと他者に対して同様に強制しようとするみたい。それで、新興宗教みたいに勧誘を続けるというのもね。この手の人は思い込んだら「善し悪し無関係」ね。「信ずるものは救われる」とね。理性と思考による判断ができなくなった「高次脳機能障害」かな。ある精神科医が言っていました「見えない虐待」もこれかな。どういうことかというと優しい所作で、精神面で支配下に置こうとするものね。例えば、子に対して親の進路希望を押しつけるとかね。この手の「見えない虐待」は非常に多いような感じです。子も親の期待に応えようとして頑張ってプッツン(登校拒否や家庭内暴力、その他)というのは虐待が行き過ぎたときかな。目に見える虐待も許せないですが、「見えない虐待」もね。他者は他者なので適切な(適当ではないですよ。)つきあい方をする必要があると思いますがね。私は浅すぎるのかもね。だから、押しつけがましいと感じると拒絶反応を示します。自我が適切に確立されていないと他者との関係を自分本位にすることで自我を何とか維持しようとしたりね。そのような場合、facebookですと、「いいね」のリクエストは徹底的に無視とか、あるいはそのうち、友達を切るとか出来ますけど、実物と関係すると大変ですね。これ、親子では伝播することが多いです。理由は説明されています。アル中の子がアル中になりやすいとかアル中の親をもった特有のパターンがあるとかね。アダルトチルドレンね。皆さん、人格障害は結構多いですよ。私も?という感じぐらいね。だから、公募校長にけったいなのが混じりやすいのですかな。まじめでまともな公募校長にとっては災難ですよね。
 6月15日(日)、筋肉の収縮時の痛みね。あるいは伸縮に伴う痛みね。どちらがより適切な表現かな。過去に肺がんの時に手術後、背中の筋肉に痛みが出ました。その時、「エイッヤ」と背中を丸めることで背筋を伸ばしました。腹筋と背筋でバランスを取っているのです。すると、痛みはどこかに飛んでいきました。筋肉の痛みの中には伸縮させることで解消出来るものもあるということを知ったわけです。今回の発症した後に、腕の筋肉でこのタイプと思われる痛みがありました。紙パイプ重量挙げタイプトレーニングで徐々に解消されました。紙パイプなので軽いですよ。その後、ダンベルでしばらく試してみたのですが、思わしくないので止めて、ラジオ体操の背伸びなどのタイプの腕あげでやっていましたら、痛みが出なかったです。腕のふり回しもしてますが、手ぶらでね。痛みが出るとかで普通の可動域範囲の動作をしなくなるとさらに痛みが強くなり動かせなくなるのではと思います。早め早めに可動域の確保を目的とした筋収縮を伴う動作をしておくべきでしょうね。この動作、日にどのくらいでしょうか、私の実際にしていたのは数回~10数回ぐらいだったと思います。皆さん、熱心にされているみたいです。腕伸ばし、指伸ばしは当初数日の間は数十回にもなっていたと思いますが、その後は「動けばよい。伸びればよい。」程度でぼちぼちね。感覚神経復活のための動作(これも荷重なし)はよくしています。感覚神経が復活したら、何とでもなりますからね。筋肉の拘縮や関節のさび付きが起こると、動作に支障が出ます。これらが解消されるまでは動作に支障があります。だから、「筋肉を固めない。関節をさび付かせない。」ようにしています。過剰リハビリの弊害は丹念に他の方のブログ等を読めば出ていますよ。問題はどの程度までが過剰でないのかということね。私は筋肉につっぱり感、硬直感などが出始めたら「過剰」と判断しています。伸縮の際の痛みは別の理由もあるのでよく吟味しています。動作を「痛み」が出ない範囲とかに逃げていたら「履歴現象」で可動域が狭くなっていく危険性もあります。難しいですね。

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