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2014年4月21日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活(完全復活を目指して)  No89

感覚麻痺でのリハビリの2つのステージ  どのようにして「脳でのつなぎ替え」をしているのでしょうか。   「闘病での仲間」で思うこと、「新興宗教」的なのは嫌です。   ひさしぶりの体の状況報告   杖を使い始めて2年、先端ゴムも含めて初代です  感覚の戻り具合と体の動き具合に関係あるのかな?  私の「楽に立位を保つ」方法の秘伝(大笑い)

 4月14日(月)、感覚麻痺なのに間違った考え(筋力がないから動かない。)で過剰リハをして筋肉や関節を固めたりする人もいますので、この話も大切かも。昨日の投稿の続きでもあります。私が指の曲げ伸ばしが結構早くできたみたいですが、その時は「じっと手をみる」状態ね。視覚で補ったようです。ところが、曲げ伸ばしだけみたいな状態で物を掴むとかは皮膚感覚や筋肉の収縮感覚がある方が正確にできますが、戻っていないので「じっと見ながら」でも精密にはできないですね。この指と同じような段階でも「歩行」の方は歩けるようになるのですね。健常側の感覚を頼りにね。ですが、ゆっくりゆっくり1歩ずつね。そして、徐々に連続的にそこそこできるようにはね。この段階は健常側頼りね。それが、リハビリ病院入院中ね。退院後、手の方はいくらかは触覚頼りにタオルとか物を掴めるようになってきている部分もありますが、まだまだ正確性には問題が残ります。どうも、足の感覚神経の方が戻りが手よりよいみたいなのです。退院後筋肉の収縮具合の感覚神経が働き出すと、素人は狼狽えるでしょうね。安定して立てていたとか思っていたのが震えだしたりするからです。理由は脳のダメージを受けた部分を迂回して新たな脳細胞が働き出したからです。このときの新入りはここで初めて筋収縮の情報を扱うことになるのでお勉強ね。反応しすぎたり、抑制しすぎたりを繰り返すことで順応していくのです。その間「暴れる」とか「貧乏揺すり」を繰り返すことにね。脳細胞はたくさんあるので、その度に貧乏揺すりね。いつまで続くのでしょうね。押さえ込むのは拘縮と関節錆び付きが手っ取り早いですが、元に戻らなくなるよ。結局は訓練するしかないです。一つ目のステージが「残存の感覚を使ってともかく動かせるようにすること」で、二つ目が「脳での脳細胞のつなぎ替えによって新しく働き始めた脳細胞の訓練」ですかな。つなぎ替えについては、「私の感覚が戻ってきている」ということでおこっていると確信しています。『「つなぎ替え」がないなら麻痺したらそのままで、温覚もなし、触角もなしなどのはずですが、判るようになってきている。』ということよりね。このつなぎ替えとかがおこっているときは「痺れる」というのがおこると思っています。そう感じています。ところでこの2つのステージは運動神経だけの麻痺では起こらない現象かも、私には判らないです。症状によっていろいろかな。
 4月15日(火)、前日投稿で手と足の回復具合については人体の仕組み上、複雑な作業をする手の方が手間暇が掛かるので仕方がないことだと考えています。昨日の「つなぎ替え」ね、どのようにして「つなぎ替え」をしているのでしょうか。川平法の原理にもあると思うのですが、「樹状突起や軸索を延伸させて、ダメージを受けた脳細胞とは違う脳細胞と連絡できるようにする」です。これしか考えられない。視床出血で「視床痛」になる方、ならない方があるのですが、私はならなかった。「視床痛」は足や腕を切断された方が感じる「痛み」と同タイプだというのです。大脳の感覚中枢で作り出される「痛覚」だと聞いています。だから、治療法がほとんどないようなのです。それで、思うのは多数ある感覚神経ではタイプによって樹状突起等を伸ばす速度に大きな違いがあるのかなとね。そこに感覚の回復を促進するようなこと(あればね)をしているとわずかでも大脳中枢に感覚神経の連絡がある時期までにはいってくると「視床痛」がおこらないのかと思ったりしています。樹状突起や軸索はどのような物質でできているかというと、主成分は脂質で、タンパク質が2番目かな。脳は脂質の割合の高い臓器です。それは、細胞膜だらけの樹状突起や軸索や髄鞘などを作るので細胞膜の割合がやたらと大きいと考えられるからです。この脂質ですが、飽和脂肪酸(肝臓や脂肪細胞などで大量生産できる)と不飽和脂肪酸(人間が合成できない種類が必要)の両方が必要です。ω6系の不飽和脂肪酸はリノール酸ですから、工業時に大量に大豆などから精製することができます。ω3系のリノレン酸は存在する食料に偏りがみられます。ちょっと摂取しにくい、摂取不足になりやすいかな。で、サプリメントととしても販売されています。刺激と意欲と原料があっても樹状突起などの延伸速度はどの程度なのでしょうね。ちんたらちんたらという感じかな。そして、接続時に一発でできるとも思われないしね。新しい接続ができてきているから、私の左半身の感覚が徐々に回復してきているのは確かです。どの感覚からなのかは「?」だったので、入院時に「痛覚だけは嫌です」といっていました。そう、医師の話もくそもなく「回復する」と確信犯的に考えていたわけです。実際回復してきています。そこにサプリメントがどの程度役立っているかは、私一人なので確証は出せないですが、役立っていると思っています。それでも、「完全復活」に何年かかるかは神のみぞ知るね。
 4月16日(水)、闘病での仲間ですね。これ、ケースバイケースだと思います。邪魔くさいのでカタカナね。結構面倒がりの性格もありますし、粘着質のところもね。ギャルとのつきあいは大好きですが、年配者とは少し引いています。私らの場合は闘病の仲間としてはどうしても爺あたりになりやすいですね。このとき、できれば知的な傾向や水準などが同程度の方が楽です。大学の同窓会でも当然ばらついてきています。相手が良すぎても悪すぎても良くない。お互いのポリシーを尊重して押しつけ感のない情報提供のできる間柄ね。ですから、情報連絡や日常のことのやりとりだけでも良いのではと思います。全く同じ症状なんて脳卒中にはないかも。私は過去、肺がんのとき、同業(間違った、同病や)人なし、セカンドオピニオンなしで「藪医者の誤診」から身を守ったりしたこともあるので闘病の仲間ではなく、知人の一人としてでよいと思っています。人体についてよく理解した上でのリハビリをしていますので、素人につべこべ言われたくないです。この素人には場合によると人体について知っているはずの医師も含まれるというレベルだものね、念のため。藪医者が多いのか日本は。「嫌な患者」といわれたこともね、理由はヤブとわかっていても表には出さず馬鹿にしているからだとか。でも、開業医の場合は文句を言わずに変えたりします。医療やリハビリは自分の考えの通りにできるところを自分で探します。どちらも今はできるだけ最小限ね。ところで、入院中のセラピストさんは非常によかった。医師がいなければ再入院したい。あるブログに書かれていたことを読んでいると「医者判ってるの?」という感じもね。あるサイトでは「脳が忘れている」とは、脳細胞が生き続けられたときにいうことかな。我々脳卒中では患部の脳細胞はお亡くなりになっているので、担当神経細胞がない状態になるのですから、回復期にうまく動作ができないや感覚が以前と違うというのは普通におこることだと考えています。当たり前のことをさも重大なことのようにいうな。できるだけ早期から入れ替わりに働き出した新入りの神経細胞の訓練をするほかないのでは。筋トレまでは必要ないと思います。感覚の方は場数のみかな。障害部位によっていろいろタイプがあると考えられますので医師が適切に説明することが必要だと思うのですが、「していない」ですね。再発などの場合は知らないよ。
 4月17日(木)、花粉の多い季節で「花粉症」にドボンした感じ。左目が左片麻痺から感覚神経回復途上の感じで痛覚が戻ってきつつあるのでコンタクトレンズの違和感がきつい。世間をみるために外すわけにもいかず、グスン。右目が少し花粉症疑いで目を開けにくい.左目は麻痺からの復帰途上なので花粉症を感じていないようだ。花粉症とは無縁だったつもりね。グスン。顔の左側半分の違和感は、左耳を含む範囲にまた拡大中。一昨日は小さかったのに、グスン。左足指の仕事状況はより良好になってきています。そうそう、先週和式トイレで用足しができました。あのしゃがみ込みをして、用を足して立ち上がってという動作を難なくできました。これで、トイレに関しては、あればどの様式でもできるということが確認できたことになりました。これも、足首の関節、膝関節、股関節を十分に曲げることができるからできたことですね。普通のしゃがみですよ。念のため。足指の感覚神経も戻りつつあるので歩きにくいことも出てきています。「痺れ」は手の方がすごいですよ。「痺れ」はリハビリ病院入院中からです。顔の方は範囲が狭くなったり、元に戻ったりしながらじょじょにせまくなっていると感じています。それと、痺れを強く感じるようになる切っ掛けとしてはω3系不飽和脂肪酸を多く含む食材摂取の時とこじつけています。その後は、サプリなので痺れは続いていますが、夜は快眠状態ね。ですから、サプリを止めるつもりなしね。量的には補助的程度に押さえています。ただ、腕とかに硬直感が出るときがありますので、筋肉が固まらないように、緊張をほぐすような動作をしたりして、訪問リハビリ時に確認をしてもらっています。固めたらお仕舞いだものね。
 4月18日(金)、2年前の4月の上旬にPTより杖購入と装具購入の話がありました。妻に「杖の使用予定」を聞いたら「ない」といわれたので、アマゾンで安い杖を4月11日注文確定で発注しました。12日発送で13日自宅到着、14日病院に持ってきてもらってます。それから、2年使い続けているのですが、先端部のゴムはそのまま使用中です。リハビリ病院入院中の4月の下旬あたりには5階病棟内だけで1日2~3000歩にはなっていたかも。歩数計を持ち出して数えてみたら5000歩はありました。5月中旬あたりですと、杖歩行で病院内歩行が許可されていたので1日10000歩以上にもね。6月は階段も使えたので1日10000歩以上が普通にね、退院後は1日10000歩以上が普通で、その年の11月に17000歩とかもありました。今も杖は愛用していますが、空中に浮いている状態かな。保険的な使い方で、安心感が違うのです。使い始めてから、もう800万歩はこえていると思いますが、先端ゴムは購入したときのままです。発症時、救急車での病院到着はしらない。意識なしだもね。完璧な視床出血による左半身完全麻痺です。念のため。装具はどうも一番簡単な物のようです。皆さんのは高そうですね。退院と同時に使わなくなりました。妻に文句を言われています、「もったいない」。入院中はつけていないと看護師がうるさかったので、つけていないときは退院まで車いす利用ね。1日10000歩以上歩行していて車いすを確保していました。だから、装具をつけていない時間帯では楽でした。装具の着脱は結構手間が掛かるので普通朝装着したら夜までそのままね。車いすを退院まで確保できた理由は以前の投稿を読み返してね。昨日、通院と調剤薬局とで7000歩ぐらいにいつもの花子の散歩とかで計15000歩弱になってしまいました。通院で感じたことに、竹藪が茂りつつある感じもね。
 4月19日(土)、私らみたいな感覚麻痺の場合の「感覚の戻り具合」(つなぎ替えでおこることですけどね)はどうなのでしょうね。部位によって当初の感度の違いはいろいろあると思います。敏感すぎたり、鈍感すぎたりね。でも、戻ってきていることには違いがないです。戻ってきている範囲がどうなのかということね。ある方のブログを読ませてもらったら、10年以上経つのにお尻の感覚が十分戻っていないとあったのです。症状が私とは同じではないので一概に言えないですが「遅い」と思ってしまいました。そこで、思ったことが出てきました。「筋肉とかを固めてしまうと、感覚神経の戻りも遅くなるのでは」ということです。私はいろいろな体の部分で徐々に戻ってきつつあります。完全には戻ってないからね。その感じから思うことに「足の感覚の戻り」程度でも歩行には役立ってきているみたい。腕や手もそうですが、足ほどではないということかな。年齢的なこともあるかもしれないですが、体の各部をぼちぼち動かせる方(生活動作ができるどうかは別にして)が感覚の戻りも早いのかもしれないと思うのです。でもね、お尻は座っても接触しているし、寝ても接触しているものね。どうなのだろうね。感覚が戻るというのはよいのですが、コンタクトレンズ装着時に恐怖心が出てきています、「痛い」とね。慣れればなくなると思います。はい。
 4月20日(日)、あるSNSで、「楽に立位を保つ」について投稿して、その楽になってきた方法をSTAP細胞と同様に「秘伝」として非公開にしました。私のこの方法は公開しても「秘伝」扱いになるかもね。どうも、出だしから視点が違っていたようです。繰り返し投稿していますが、私は「筋肉を固めない。関節を錆び付かせない。」でした。だから、未だにゆるゆるね。生活動作とかは後回しね。もう一つは「麻痺した人特有の姿勢や動作になりたくない。」ですかな。その時は楽なような特有の姿勢、動作はあとあと困られているようです。さらには「脳は死滅した部分を別の部分に分担し直す」というのも考えていました。感覚がわかるようになってきているのはこの「分担し直し」しかないのですよ。分担し直しの仕組みついても考えて栄養摂取ね。サプリでね。「分担し直し」で起こりうる状況は想定の通りで足などが暴れたり、温感とかでの感度違いといろいろね。これで騒いでいたら身が持ちませんよ。騒いでいる方からみたら「秘伝」状態かも。一応、考え得るできるだけ優しい言葉で投稿させてもらっているつもり(自己満足の類かな)なので、丹念に読んでいただければと期待しています。ただ、もう固めてしまった方については触れていませんのであしからず。

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