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2014年2月24日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No81

感覚の回復から感じる脳での修復で思うこと   爪切りと雪の中での散歩   私は「押しつけリハビリお断り」であり、「リハビリ精神論もいやです」です   片麻痺のお金の取り扱い   他の方のブログでも「リハビリは長期的に」というほうが早い感じ  昨日の動画で思うこと  リハビリにおいて「腕や手、足、腰などの可動域」の確保がひょっとしたら、もっとも大切なものかも。

 2月17日(月)、発症2年は昨日で一端終わります。表題のように私は視床出血でした。その結果、左半身の感覚神経がダメージを受けて感覚がなくなるということになりました。筋肉感覚もあるので動作麻痺にもね。完璧な麻痺ね。運動神経や筋肉、関節などには損傷がなかったのです。でも、うごかなかった。皮膚感覚の方では徐々に回復してきています。どうも筋肉の方もみたいです。この感覚の回復はどのようにして起こるのでしょうか。視床の関係神経細胞は出血で働きを失ったというか細胞自体は死んでいると思われます。死んだ神経細胞は復活しないです。では、どのように回復しているのかというと脳全体の中で生き残った部分が視床の役割を受け持ってくれたからになると考えられるのです。どのようにしてかいうと、樹状突起や軸索などを伸ばし直して死んだ神経細胞を飛ばしたり、別の神経細胞を間に入れたりしたためと考えています。樹状突起や軸索はどちらも細い細い管状構造です。細くなるほど表面積の割合が高くなります。ですから、脳は細胞膜の集まりみたいなものです。その結果、脂質の割合が高くなります。それは細胞膜の主成分が脂質のためです。この脂質に人間の合成できないω3系やω6系の不飽和脂肪酸が絶対必要なのです。ですから、いろいろいわれているのです。ところが、病院食のメニュー、食材をみると?の状態、特にω3系がです。で、サプリメント購入に走りました。ところが、樹状突起や軸索を伸ばすには、まず、手を使いたいとか、手を使っているようなとかの刺激がいるのです。刺激であって。筋トレでなくてもよいと思いますが、ぼちぼちね。そんなこんなで脳での再構成、再配列とでもいう樹状突起や軸索などの延伸が起こり始めると考えるのです。そのときに細胞膜の主成分が必要なのです。量は多くなくてもよいのですが不足しないようにしておく必要はあると考えます。でもね、拘縮とか起こしていたら刺激にはならないのでは。柔軟に筋肉を動かせる、関節も順調に使えるという状態でリハビリしている方が効果は絶対に高いと考えます。なにか特定の生活動作に不注意に集中してしまうと拘縮とかを起こして逆効果になってしまっているようですね。ある意味、拘縮とかのないので私の手足の動きに対する制約はないです。その代わり、一見するとぐにゃぐにゃに見えるかも。でも、筋肉の感覚神経が回復しきって新しく働き始めた神経細胞の訓練が終わるまでは過度な筋トレとかはしてはならないと考えています。筋緊張亢進や拘縮にならないためにね。関節を錆び付かせないためにね。
 2月18日(火)、遅れましたが、先週金曜日にこちらの方もこの冬2回目の雪が積もりました。こちらでは先々週よりましでしたが、花子との朝の散歩では誰もいないので公園で20mロープの紐付きで走らせたら飛び跳ねていました。が、帰ると家の中へ入れろとの催促でした。犬は寒さに強いようですが、暖かい方が好きだということです。このように「雪にも負けず」、「雨にも負けず」、「風にも負けず」ですが「紫外線こわ~い」という感じで散歩に出ています。ついにレインシューズを出しました。発症前に購入したものなので歩きにくいです。少し小さいですが、足首の動きとかが健常側に近いのでなんとか履けました。スノーブーツもあるのですが、もっと歩きにくいかも。次の雪の時にはスノーブーツを試してみたいです。これもそれも足首や足指などが自在に動かせるから履けるのではとも思います。今一度、書きますが、発症当初、左半身が完全に麻痺したのです。感覚の回復は動きより遅れています。運動神経、筋肉、関節、骨に異常がないので動かせるのは動かせたのですが、感覚の回復待ちね。それまでは「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」「脳での修復の刺激になる動作」などで歩行以外は生活動作には直接関係なかったかも。でも、今は生活動作が徐々にできる部分が増えているみたい。足の爪切りはリハビリ病院入院中までは看護師さんで、退院後は自分でしています。手の指はリハビリ病院入院中から自分でね。私の爪切りの特徴はばらばらと気がついたときに伸びた手の指だけなので負担が少なかったかも。さすがに足は基本一気ね。私らみたいな感覚麻痺では生活動作回復を追い求めるより、柔軟に動くようにしておいて時間を掛けて、感覚の戻りの様子を見ながら徐々に訓練していくのがよいみたいですね。
 2月19日(水)、一昨日と昨日、ブログ村の脳卒中カテゴリーのある方が「リハビリ教お断り」と「リハビリ精神論お断り」と題されて投稿されていました。詳しくはそちらでね。私の投稿では自慢はさせていただいていますが、「できるだけ基礎的なこと」と「変な癖をつけない」と「休まず諦めず気長にね」と「人それぞれ」というのと「・・」とかな。ですから、すぐに「初期症状」を書くことにね。発症当初は皆さん筋肉は固まっていないし、関節も錆び付いていないはずです。筋力もあるはず。麻痺で筋力がないように感じるだけだよ。症状や取り組みの違いで拘縮などになったりするのですかな。最近、リハビリ失敗例についての原因がいくつかわかった気になりました。ただ、すべてではないですよ。「諦め」と「放置」と「過剰リハ」かな。リハビリの成功とはその本人が感じることでしょうね。困るのは「過剰リハ」で「イラチ的性格」の方が行き詰まり、何か新規にリハビリを受けて他の人に勧めたがるというのもです。リハビリなんて各自がじっくりおこなうもので、紹介程度ならまだいいですけどね。私からみると「あんたリハビリに失敗したからでしょ」かな。関節なんて固めてしまったらリハビリは進みませんよ。「錆び付かせない」程度は最低限かな。「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」で「ぼちぼち動くように」していたら生活動作なんてそのうちできるようになると思いますが、脳の損傷部位などでいつまで掛かるかは神様に聞いてください。普通にリハビリに励んでいる者に素人がごちゃごちゃ言わんとってほしいです。入院中と退院後では脳の条件が脳の回復で異なってきます。脳卒中カテゴリーやリハビリカテゴリーでセラピストさんのブログもありますね。私にとっても役に立つのもありますが、リハビリ失敗者対策のもありますよ。各自の責任で探してみてね。「筋肉の硬直感が強まりだした」とか「関節の動きが悪くなり出した」とかですと、過剰リハビリの危険性が高いかも。放置でもね。「この頃以前より歩き方が?」とかいう程度の場合はよく相談してください。脳での修復が進んだ結果と考えられることもね。私の場合ですと、感覚神経完全復活するまではリハビリを続けることかな。過剰でもなく少なすぎでもない程度にね。よくなったり一見悪くなったりを繰り返しながらね。自慢を一つ、「手を使わないで足だけで正座からの立ち上がり」ができます。一発でね。普通はこれのようなことも継続的にリハビリを続けて時期を待つしかないです。リハビリ病院入院中に「立ち上がりのコツ」は教えてもらっていましたよ。「雪にも負けず」などは散歩に花子を誰が連れて行くかという問題で精神論関係なしね。
 2月20日(木)、またブログ村の脳卒中カテゴリーの別のある方が片手でのお金の扱いで困られている様子を投稿されていました。私は発症前から「電子マネー」化に取り組み始めていました。クレジットカードとiDとEdyとETCカードとICカード乗車券ね。小銭じゃらじゃらと万札が嫌いなのです。ところが、ポイントカードもあり、カードで財布が膨れたりね。乗車用ですが、市交通局の障害者割引の場合は現金でね、カード化が無理。バスが困りものといっても100円玉一枚なのでたいした手間はないかも。バス会社の方は専用の障害者用をつくりました。これで、1枚増加ね。ただね、杖持つ手にカードとなりますので麻痺した左手がある程度生活動作ができるからバスの昇降で使えるのかな。まあ、整理券は取らなくてもよいし、事前チャージさえしっかりしていたら降りるときも楽だしね。診療所の支払いもクレジットカード払いができると楽になると思っています。調剤薬局は探し出しました、カード払いのできるところをね。現金を扱いたくないというのが本音ね。視床出血で高次脳機能障害に見舞われていたら、現金の方がよいかも。理由は「概算暗算」ができないようになっていたら、カード払いは危険きわまりないですからね。現金払いのよいところは「現金がなくなったらそこまで」ということがはっきりしていることでしょうね。ちょっと一言、気にしていたことの中に「脊柱」と「骨盤」ね。これ、体の基本だからね。当然、お尻の感覚もね、復活してきつつあります。徐々にね。で、柔軟運動もしています。当然、腰痛なんて別世界の話でしょ、関係ないですね。まあ、花子の散歩で私にしては扱き使う左腕などの筋肉のストレッチなど緊張を緩める動作などもしていますよ。全身の筋肉でもできる部分は気がついたときにしてますし、各部分の関節のすりあわせもなめらかになるように常に心がけています。筋緊張亢進とか関節が錆び付いたりしたら大変ですからね。
 2月21日(金)、日本ブログ村の脳卒中カテゴリーのブログを読んでいて、ふと思ったことに「症状を受け入れることができて、頑張らずにリハビリに励んでいる方の方が回復が早いのでは」というのを感じたことです。「頑張らず」というけれど、「ほどほどに」というのと「長期的な変化に思いを寄せている」という感じかな。そして、「ネガティブ」ではなく「ポジティブ」に変化をみている方の方が早いのではということです。脳卒中での麻痺状態は本来発症時が最悪ね。適切なリハビリをしていたら改善されるだけだと思うのは私ぐらい?で、思い出してみると日を追って改善されていました。小さな変化の積み重ねだと思いますし、一進一退の時もあるとあると思います。それを我慢できずに急ぐと逆に回復が遅れるという悲惨なことが待っているようですね。長期的視野に立って考えるということができるかどうかですね。くどくどですが「外力ででも発症時には筋肉は動かせます。関節もなめらかにすりすりできます。この状態を保ち続けて脳の回復と併せて徐々に使えるようにすること。放置や筋トレなどで筋肉を固めてはだめです。関節を錆び付かせたらだめです。急がば回れ。」かな。
 2月22日(土)、昨日、「関節は錆び付いていないよ」で闘病記(視床出血) 左半身完全麻痺からの復活(http://toubyou-sisyou.blog.so-net.ne.jp/)に動画をアップしましたが、我々みたいなのはともかく筋肉を固めない、関節を錆び付かせないということをしておかないと手足などが動かせなくなり、リハビリ以前の状態で固定されることになりますね。自分撮りでしたから、見にくい映像ですけど、リハビリの最低条件である「筋肉を固めていない」と「関節が錆び付いていない」ということだけは判っていただけると思います。くどくど投稿しているようにリハビリに取り組んできた成果です。私の場合は感覚麻痺なので、感覚神経の復活状況でリハビリの進み具合が違ってきます。リハビリをおこなうことのできる理由はいくつかあるのですが、「筋肉が使える」というのと「関節が使える」が最低条件かな。私の思う歩行リハビリは残存機能を活用してともかく歩けるようにしようとするものだと思いました。感覚神経は右足とかで代用してね。それで、安定的になった後に左足の感覚神経が一部復活したら、といってもベテランの神経細胞は死んでいるので別の新米が入ってくるから、がたがたとね。そのとき、筋肉が拘縮、関節さび付きでしたら、がたがたしないでしょうがよりなめらかな動きにもならない。大外回しならそのまま大外回しでしょうね。だから、永久にダッシュできない。筋肉が拘縮でなく、関節も問題なければ、「小走り」から「大股走り」へ、そして「ダッシュ」へとトレーニングできると考えてます。体の動きは運動神経、感覚神経の両方で調整されています。アンバランスなときに無理をしたりすると、正常な調節ができなくなりますよ。急がないことね。昨日の動画のうち、膝揚げ程度できて走ることができるのではと思います。足首の動きも必須の最低程度かな。
 2月23日(日)、リハビリにおいて「腕や手、足、腰などの可動域」の確保がひょっとしたら、もっとも大切なものかも。「可動域」というのは、指ですとジャンケンでの「パー」と「グー」を短時間で繰り返すことができるとかかな。その次が指名による指一本単位かな。その次が・・とかで、徐々に複雑な動作に持っていけたらよいと思うのですけどね。腕の動きも関節の最大限の範囲が使えたらね。まあ、肘の屈伸だけでも、まずは健常側と同程度とかね。肩のふり回しもね。これらを組み合わせると、お手玉を掴んで隣のテーブルに移すなんて楽にできますよ。このような作業の前に手、指、手首、腕、肘、肩などが支障(拘縮や筋緊張亢進、関節の癒着など)なく動かせたら、感覚が戻ってきたら、練習は必要ですが大抵のことはできるようになると思います。どうして「練習が必要」かというと、私の場合は視床出血なので感覚系の大切な神経細胞が視床で死んでます。この死んだ細胞の代わりを脳の他の部分の他の働きをしていた神経細胞が引き受けることになります。温度感覚が戻ってきたときにお風呂の湯の温度を熱湯みたいに感じたりとかなどです。「慣らす」ほかないですね。筋肉の収縮具合の感覚の場合も練習が必要なのですが、運動神経に間違って「縮みすぎ」とだすと、運動神経は「緩めろ」で緩みすぎにね。それで、慌てて「緩すぎ」と連絡すると「 締めすぎ」で、・・と往復ね。これが「震え」などの原因だと考えますが、関節が錆び付いて固着していたら、震えることはできないしね。筋肉が拘縮していてもですね。だから、可動域がどの程度あるのかいうのがリハビリにおいて大切なことだと考えます。「足首を動くようにしてもらった」とかで喜んでいるのは「固めてしまった」ということの証明ですかな。間違ったリハビリをしていた証明ね。不思議なこと、どうのようにしたら「腰痛」になるの、教えて。

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2014年2月23日 (日)

国や地方自治体の長は適切な想像力を

 今回の積雪で埼玉県で悶着が起こっていますね。昨年の台風では伊豆大島でね。過去には阪神大震災の時に時の総理大臣が「大変なことが起こったらしい」だったかな。なにか、別世界の出来事みたいにいったらしいですね。すみません、調べるのが邪魔くさいので間違っているかも。庶民がこういうのは致し方ないかもと思うのですが、首相がね。阪神大震災の時は兵庫県知事が自宅の周りの様子だけで初動して、後で非難囂々だったかな。今回の埼玉県はこの時の兵庫県知事と同じ罠に陥ってしまったということでしょうね。
 せめて、行政管轄の全域に対する適切な想像力を養いましょうよ。最悪時を想定した想像力をね。目の前のことだけではなく、周りから吹き込まれる耳当たりのよいことだけではなく、身を切られるようなやばいことも落とさず考えて想像する力を養いましょうよ。首相でしたら、側近が優秀かどうか、その進言から適切に判断できるかですね。
 東電の原発の時は当時の東電役員のほぼ全員が「廃炉もったいない」だったのでは。そして、過去の原発事故のことからの類推力欠如があったのではと思います。災害の後の処理ミスとかで災害被害を増幅してしまっている感じも。大島は災害規模についての認識不足ね、行政の長や担当は勉強しとかな。あのとき、土石流は防げないとは思いますが被害は人的被害を最小にすることもできたかも。数年前からの異常気象ね、常識的な判断では大災害になるという考えが抜けているのでしょうね。
 地震では100年単位に拘泥して1000年単位の警告無視ね。10000年単位の地震もあるかもね。東北では1000年単位が起こった後ですから、10000年単位の地震が起こったときは諦めましょうかな。とりあえずは100年単位と直下型と他の地域からの巨大地震による津波対策でよいような感じもするのですが。揺れは直下型が一番きついかな。

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2014年2月17日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No80

視床出血発症して2年になりました(第2回)  視床出血発症して2年になりました(第3回)救急病院でのリハビリ  視床出血発症して2年になりました(第4回)救急病院での問題?とリハビリ病院への転院  視床出血発症して2年になりました(第5回)PT(理学療法)の様子と今思うこと(車いすの足漕ぎ)   視床出血発症して2年になりました(第6回)OT(作業療法)の様子と脳卒中で手足などが動かなくなる理由で思うこと  視床出血発症して2年になりました(第7回)高次脳機能検査とSTの様子、楽しくいじめ?られてました、発音が悪いので発声で。   視床出血発症して2年になりました(第8回)病院食や栄養指導や服薬指導

 2月10日(月)、回想とともに発症時の時の思いに最近までに私なりに判ったことも加えています。昨日、書き抜かしていましたこと、「前兆」については全くなしね。自主リハビリを始める前の意識がはっきりしたかどうかいうころのことをひとつ、不思議なことに鼻の左側の気道が詰まったという感じだけはやたらとはっきりとね。息苦しさで判るので鼻の気道での感覚ではなかったようです。今まで入院中には点鼻薬を持ち込んでいましたが、救急搬送ですから持ってないし、どこにいるかもぼんやりだったのに右手に触れたのがベッドの背もたれとかのリモコンでした。上体を起こすと鼻づまりが解消すると思い、上体側をあげていきました。寝ているから「大丈夫かな」とね。そして、意識がとんで、次に復活したときは頭を下にしてベッドにぶら下がっていました。頭のてっぺんは床ね。首を少し縮めると右手の指が入る程度の隙間でした。このあと意識がはっきりしてきました。ベッドがもう少し低かったら頸椎損傷かな。このとき、三途の川の渡し舟からも転落して溺れ生きしたのかも。それで意識がはっきりとね。看護師さんら慌てたでしょうね。このとき、この歩届き者は「ナースコールしなくても大きな音を立てたらきてくれるのですね。」と言ってしまいました。溺れて意識が戻ってきているからね。数日して点鼻薬を持ってきてくれたのですが、効きの悪いこと悪いこと。さすが感覚麻痺ですね。鼻づまり解消は上体を起こしておくことなので、尿道の管が取れたら、朝6時半頃から夜8時過ぎまでだったか車いす生活を始めました。後々判ったことですが、上体を起こしておくということがリハビリには有効だったようです。これで、足首直角、膝直角、腰(股関節)直角ね。これも良かったみたい。ベッドに寝れば、真っ直ぐに、車いすで直角に、どちらも結構な時間できることにね。腕は右手で持ち上げたり、曲げたりして「固めない」ようにという自主リハビリを始めました。しばらくはこの動作だけね。何日かしてリハビリが始まりました。覚えているのはPT(理学療法)で平行棒の端で支えてもらいながら立って、向こうの端においた姿見に映っているはずの姿が見えなかったことです。翌日、ハードコンタクトレンズを装着してもらって見えるようになりました。円錐角膜なので矯正方法は角膜移植かハードコンタクトレンズまたはこの併用しかないのです。で、ほぼ毎日コンタクトレンズを装着してもらえるようになったので世の中が明るくなりました。OT(作業療法)の方の初期のことも良く覚えていないです。雑巾がけをしていたのは覚えています。PTとOTの続きは明日ね。
 2月11日(火)、この当初入院した病院でのリハビリですが、リハビリ病院ではないのでちょっと時間が短かったです。PTでは当初、立ち上がりですよね。立てたら、よちよちと平行棒の向こうまでね。後ろから補助をしてもらっていました。平行棒片道よちよちと歩けたら一休み、復路をよちよちとね。それができたら往復ね。この頃には普通の車いすの足漕ぎ開始ね。はじめは健常側だけで、しばらくしてからは麻痺側も使ってね。回復状態がよかったみたいで杖を使い始めました。ただし、後ろからの補助付きね。この補助の状態は徐々に手抜きかな。それとともにそこのリハビリ室内一周とかに伸びていきました。OTの方は雑巾がけや軽いものを斜面持ち上げとかコーンを掴んで運ぶとか積み木を掴むとかを徐々にです。コーンを掴んでいるときに「麻痺したら指が曲がるので、指を伸ばせたら掴めるよ」といわれて、そうだと思いました。それで、自主トレは指伸ばしと腕伸ばしにかかりっきりね。最初の頃、腕を伸ばそうとすると全身の筋肉が収縮している感じがしました。脳が制御できなくなっているなと思いました。伸ばし続けているうちに腕と指とその関連の筋肉ぐらいになってくれました。腕や指は屈筋の方が強いので放っていたら曲がっている麻痺特有の状態にね。伸筋を使うということですね。この自主トレをしたら疲れることができて睡眠が深くなって途中で途切れることが減りました。発症後2週間ぐらいかな、もう少ししてからかな。指を見つめながら念ずると指の曲げ伸ばしができるように、そして、指の区別もね。筋トレはしていないですよ。「伸ばす」というのと「屈伸」が基本ね。足の方は車いすに座るというのとトイレで少し体重をかけてみるということぐらいかな。ベッドとの行き来やそれに伴う屈伸ぐらいかな。筋トレは全くしていないですが、筋肉の伸縮と関節動かしは良かったみたいです。感覚が戻らない限り、以前と同様の動作は無理だとは思っていました。それまでは「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」と無理のない範囲でのとりあえずの動作ができるようになることかな。そんな感じが延々と続くことになりました。歯ブラシは背の平たいのならひっくり返りにくいし、重しをのせればひっくり返らなかったし、右手一本で困ったことはなかったです。歯ブラシなんて月に一本ぐらいの使い捨てで良いので安物の方が平たいかな。丸いのもあるにはあるようです。ある方はいいのを使っていたのですね。この病院で非常に良かったことは看護実習生がついてくれたことです。モチベーションが上がりました。続きは明日ね。
 2月12日(水)、今日はリハビリを兼ねて、美術展に行ってきます。ただ、この病院での問題点はコンタクトレンズ装着をどの看護師さんがするかということだったか。どうも逃げていたような感じもしました。眼科病棟なら問題のないことなのにね。手が動かなくてもちょっとだけ安定して洗面台にのせれたら良いだけでしたからリハビリ病院に転院の頃にはともかく自力でできるようになりつつありました。もう一つが食事の問題ね。ここは3月3日とか月初めなどには寿司が出るのです。赤飯の時もあります。以前、入院したときに確認済みね。お粥が続いていたので普通食へと要望し続けていました。だめだったので「食い物の恨みは怖いよ」と未だに根に持っています。ヨーグルトや牛乳などはぼちぼちの量は特におとがめなしでした。このとき、脂質の量について疑問を持ち始めました。少ないのではとね。リハビリ病院ではサプリメントを購入しました。意味は別のときにします。残念なことは、食事で「あ~ん」とかいって看護師さんに食べさせてもらえなかったこととおしめをしていたときに一度も中に放出しなかったことか。看護師さんに交換してほしかったです。そうこうしているうちにリハビリ病院への転院となりました。3月13日でした。まだ、このときは歩行できないということで介護タクシーでの移動ね。ほぼ1ヶ月ぶりの外界です。見慣れた道筋を通ってリハビリ病院に行きました。さすが、リハビリ病院、車いすがたくさんありました。でも、病棟で各患者用のよいのは不足気味というのが退院間際に判りました。入院受付で受付をして、病棟から迎えの看護師さんがきました。退院後に遊びに行ったときにその看護師さんにとって初めて迎えに行った患者だったということでよく覚えてもらっています。主治医とのご対面、そこで爪白癬の治療をお願いしました。それから、CTね。これで、コンタクトレンズが一つ吹っ飛んだみたい。理由は頭の固定方法ね。麻痺側が吹っ飛んだのでそのときに判るわけないですよ。午後セラピストさんが入れ替わり立ち替わりきて状況判断ね。このときはあとでうるさいことがあるになるとは思いませんでした。翌日から開始だったかなリハビリ。今度は40分ね。担当してくれた方とはしゃべりまくりでよかったです。リハビリなんて楽しみながらするものだと思いました。「艱難辛苦を乗り越えて」という思いは今振り返ってもないです。楽しかったですよ。なんせ、日に日に進歩の具合が判りましたからね。続きは明日ね。
 2月13日(木)、転院の日にPT担当者からいわれたことに「車いすの足漕ぎでは踵をつけた方が歩行の練習になるよ」といのがありました。これ、考えて見ると足首の角度は直角を中心に大きくなったり小さくなったりですね。さらに足の裏が全面で床と接することにもね。麻痺側も使っていると足首の向きの鍛錬にもなっていっていたと今となってはそう思います。皆さん、足首の向きとかで苦労されているようですが、私は順調で足首の動きは健常側と同じようにできます。健常側だけで足漕ぎをされている多くの方の姿勢はふんぞり返っていますね。私は腰を直角以上に曲げて、どちらというと車いすマラソンに近いかも。スピードが出ますよ。でも、スピードを出すには麻痺側がそれなりに動く必要があります。ということで未だに手こぎが全くできないのです。片足ではスピードは出ないと思います。はじめの頃は麻痺側を巻き込む危険性と停止の問題があったのでぼちぼちから徐々にスピードアップしました。ですから、足首の向きとかで苦労することはなかったです。スクワットなどの筋トレよりリハビリには良かったと思っています。動かさなければ「拘縮」、過剰の自主トレや筋トレは「筋緊張亢進」の危険性ね。なにかちょうどすり抜けれたみたいです。膝も曲げて使いますので「伸びきり」とかにはなりにくいですしね。1日10000歩以上とか階段昇降ができるようになっても退院の日まで車いす使用が続きました。PTで最初に測った歩行速度は杖使用で10m38秒でした。残存機能を使ってのリハビリになりますので、歩行では左右の体重移動というのが重要ですね。左足は感覚がないので右足での体重の変動で左足分を感知する訓練もしました。2台の体重計に片足ずつをのせてとかね。感覚麻痺ですから、筋肉感覚もないのですが、運動神経とかは異常がないので脳で計算することで何とかなるとね。筋肉感覚なしで運動神経制御の訓練もしました。この訓練で筋トレは必要ないですね。チャリ漕ぎの負荷が少なくて良い理由かな。感覚がなくても歩けるようにとね。でもね、このとき、感覚が戻ってきたときにはガタガタするというのを理由つきで普通の方にはいっておいた方がよいと思います。私の筋トレは許可されてからの階段ね。これ、普通は1日で30分にもならなかったです。降りてリハビリして登って病室にもどり、リハビリで降りてとかですからね。階段昇降できないときはエレベーターだしね。退院の頃の測定では6分で420mになっていました。健常者みたいな格好良い歩行姿勢でね。リハビリは週5日ですが、土曜日に「土曜リハ」と称する追加のリハビリがあって、PTでFさんという女性の方にしてもらったとき、「月曜日からもお願いします」といってしまい、月曜からはそのことでイケメンのUさんに・・と言い続けることになりました。PTのゴタゴタね。リハビリは楽しくね。
 2月14日(金)、一見目立った進歩が見えないOTかな。こちらはたくさんの感覚神経が関与しているので動かせ方は健常なみみたいなのですが、感覚神経が働かないので「見つめて」の世界ね。ですから、感覚を取り戻すというのと健常側みたいに動かせるようにしておくというのが基本かな。でもね、徐々に作業ができるようにはなってきています。PTもそうなのですが、まずマッサージね。「筋肉を固めない」ね。指をごちょごちょと動かしてみる作業ね。「関節を錆び付かせない」ね。皮膚感覚と筋肉感覚の両方が戻ってこないことには正確な作業はできないですね。さらに戻ってきた感覚のトレーニングね。PTより面倒くさいリハビリかな。そして辛気くさい感じもね。OTの方がPTより面倒みたい。腕や手の動かしができるので、感覚神経の回復を促すようなリハビリになるのですが、これって脳での再構築ということになるので刺激と意欲と栄養ということになるかな。OTのリハビリでは刺激と意欲を得るためにおこなうことになります。意欲については、当初、OTのFさんだったのですが、4月に新人のOTのSさんがつきました。ベテランのFさんの代休の時にそのときだけの担当者変更票を渡されたので「ない方がいいですよ。この票なしは担当交代でしょ。」といいました。Sさんは女性、Fさんは男性ね。で、5月からはSさんになりました。Fさんの英断に感謝しています。リハビリの効果が非常に向上しました。ところで、我々みたいな感覚麻痺でどうして手足などが動かなくなるのでしょうか。筋力が一瞬にしてなくなるわけはないですね。運動神経、関節なども問題ないはずね。筋力がなくなるのなら拘縮とか筋緊張亢進とかは起こらない可能性が大きいですが、筋トレ等で起こされている方が多いですね。動かなくなる原因は筋肉の収縮具合やその他感覚情報が戻ってこないからだと考えています。感覚情報があっての筋収縮なのです。この手の情報がないときに無理をすると収縮しっぱなしにね。感覚の代用ができる部分もありますので、ともかく動かせることもね。この場合も徐々に注意しながらする必要があると思います。発症後のリハビリは残った体の機能を使って兎も角も動かせるようにというのになると思いますが、ある程度動かせるようになると残っていた機能では制御が難しくなると思います。それと、感覚神経の回復が起こってくると、これは新しく作り直されているので、ベテランの神経細胞(これは脳卒中でお亡くなりに)ではなく新米の神経細胞が飛び入りで働くことになるのでゴタゴタしてくることになると考えられます。筋力は徐々には落ちていきますが、一心不乱に筋トレする必要はない感じですかな。拘縮とかにならないように適度にね。
 2月15日(土)、救急病院でお粥が続いた理由にもなるST(言語聴覚療法)もありました。ご本人は何とも感じていないのでどうしてかなと思いながら最初のリハビリにいったときに「リハビリの目標」というのをPTやOTも設定したのですが、STもね。本人の感覚から出た目標は「発症前より美声に」でした。STのYさん笑ってました。冗談が通じる方で良かった。それに女性だし、若いしね。深呼吸をしましょうといわれて右側もできなかった(笑)。これは「忘れている」といってよいですかな。唇の動きのリハビリ、舌の動きのリハビリ、深呼吸に続いての吹き出しでのリハビリ、ろれつの回りにくい単語の発声とかなどなどです。3月の末に妻と知人とYさんと出会ってもらったときに妻と知人が口をそろえて「元に戻っている」とね。まあ、やはり、唇の動きや舌の動き、その他に出血の後遺症があるということで退院間際まで続けてもらいました。これも楽しかったですよ。発声練習で自主トレができるのですね。いつもではないですが時々映画を聴きながら(目は自主トレの方だからね)していたという不届き者ね。リハビリではないですが、高次脳機能検査ね。これ、うっかりとね、普通再検査しないようですね。別段、後で触るような予定がなかったのでそのままにしています。まじめに受けていると「疲れる」と思います。記憶力についてでは、時系列記憶とか、数字逆順暗唱とかね、空間図形認識とか、平面図形とか、釘打ち風景など模擬動作とかね。数字逆順では指とかで覚えさせる手順を考えている間に終了という涙ものもありました。まじめに受けていたら疲れるかもとも思いました。今度、脳機能検査を受けるときに備えて手や足の指と数の関係を決めておきたいです。(大笑い)
 2月16日(日)、入院中の食事についてですが、救急病院では以前に投稿したようなことでした。リハビリ病院での方が書くことが多いかも。一応、高血圧らしいので減塩食です。気がつかなかったです。なぜかというと無塩食に近いのを食べていましたから、薄味どころか素材の味でもよかったということです。ほうれん草のお浸しをそのまま食べるとかね。妻に「醤油ぐらい少しは掛けろ」などいわれてました。朝食のパンね、無塩パンね、いわれるまで気がつかなかったです。食事指導で「ほうれん草云々」で栄養士の方、何も言えなくなっていました。これは医師も含めての思い込みからきているのだと思います。味噌汁を調理場でお湯まししてほしいといってもしてくれませんでした。片麻痺者がお湯割りをできるとでも思っている風でした。「不味い」というのは多くの場合、塩分の量の問題みたいですね。薄味だから不味いみたいで、織田信長と同じかな。この私でも不味いと思った麻婆豆腐などがあったりもしました。患者向けに大量の量での料理したものも味見をしなさいという感じね。サンプル調理と量が全く違うので味付けに工夫が必要だよ。栄養素の種類とバランスと量はおおざっぱな教科書通りという感じでした。糖質はまあそれでよかったかも、タンパク質もかな。ミネラル、ビタミンなどもかな。問題は脂質の種類と量ね。飽和脂肪酸は摂取しなくても炭水化物やタンパク質から創れるのですが、ω3系とかω6系などの不飽和脂肪酸ね、これらは人間は合成できないのです。ところが、細胞膜の主成分なのです。ω6系はマーガリンを摂取するとどどっと入ってきますが、ついでにトランス脂肪酸も結構な量入ってきます。ω3系は含まれている食材に偏りがあります。不飽和脂肪酸はリハビリにおいて重要な役目をしていると考えたのでサプリメントを購入しました。理由は後日ね。服薬指導も私にとっては意味がなかったです。使用医薬の説明なし。どうして朝食後かという説明なし。食後というのは飲み忘れ防止が目的の場合が多いのです。多くの医薬ですと、「生活リズム上での時刻投薬」の方が大切だと考えています。病院では普通食事時刻は一定ですからね。退院後は判らないよ。生活リズムと医薬の薬効との兼ね合いですよ。でもね、普通は医師が今一度であっても医薬の決定理由も含めて説明するべきものだよ。処方薬だからね。

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2014年2月16日 (日)

温暖化、寒冷化どっち

 寒い日が続きますね。ネットのあるポータルサイトで「寒冷化」とかあったのでちょっとね。
 大陸氷河の増減と寒冷化や温暖化とが関係しているという話もありますね。地球が寒冷化していて、なぜ、大陸氷河減少するのか。全く理解に苦しみます。どうして、北極海航路ができそうだとかもね。
 温暖化説の方が正しいのではとね。なぜかというともう一つ、この寒冷による雪が春には溶けてなくなってしまって、また、猛暑でしょうね。ビックデータ的にみる必要があると思います。
 過去の太陽黒点の減少期と氷河の拡大期が一致しているともいわれますね。今は黒点の減少期とすると大陸氷河が増加するはずですね。減少している現実を直視して温暖化対策に邁進する必要があると思います。
 そうそう、某市の市長選挙、?ね。東京都の区の区長、区長公選制との意味合いとか、行政での重複というけど首長や議会が選んだのでしょ、それをね。大阪経済の発展を阻害しているのは他の地方でも同様の意味、東京一極集中ですよ。行政の制度の問題ではないですよ。重複行政もお役人の性質によるもので制度ではないですよ。
 神奈川県が人口増とかでも発展しているのは江戸の隣ということですかな。アメリカやドイツの様子の方が地方の発展には役に立つと思いますけどね。

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2014年2月10日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No79

「麻痺でできなくなった」と思うか「リハビリでできるようになった」と思うのか、わたしゃ後者ね  違和感や硬直感も行ったり来たり  過去に死に損なったというか命拾いの人生だものね。  株式投資、リーマンショック後や欧州金融危機後の暴落期は含み損で真っ赤っか、今はどうなのでしょう  モーグルでの様子を見ていると足下のガタガタを足首、膝、股関節や胴体の身のこなしで吸収して頭を安定  背中で右手と左手の接触はもうすぐかな  視床出血発症して2年になりました(第1回)

 2月3日(月)、リハビリへの思いというか脳卒中で片麻痺になったときにどのように思うかということがあるとと思います。私はまず「麻痺しちゃった」と思いました。そのうちリハビリで復活しようとね。急性期病院での入院中も、落ち着いてきたら、まず車いす生活(朝6時半頃から夜8時頃までね。)ができるようになることが目標だったか。上体を垂直にしていると鼻が詰まらないのでね。結構早期にリハビリが始まったのですが、PTで平行棒の先にある姿見の私が見えなかったのです。でもね、意識がはっきりしてきているから、そのうちとね。で、翌日、コンタクトレンズを装着してもらえたらよく見えました。食事とかですが、利き腕が使えるので看護師さんの介助なしなのが残念とか思う不届き者ね。車いすの場所で利き腕を伸ばしていろいろ作業できるところにしてもらうようにしました。「あれができない、これができない」ではなく「できなかったことが一つできるようになった。次の日?にまた別のことができるようになった。」とか思っていた感じです。麻痺すれば生活作業に支障がでるのは当たり前。それが、徐々にできるようになっていくということが励みにね。当座は利き腕でできるようになってもよいではないですかということです。リハビリで一気に回復できるのなら、子供の成長はもっと早いはずです。子供でも何年もかかることを短期間で達成しようというのが無謀では。子供の神経系は普通、準備がされています。ところが我々のは脳卒中で破壊されたのです。時間が掛かって当たり前ですよ。で、落ち込んでいると回復により時間が掛かるみたい。焦ると筋緊張亢進とかでこれまた良くないみたい。ハードコンタクトレンズ装着で「う~ん、まだできない」と思うこともありますが、「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」を基本に脳の可塑性を引き出すようにしていました。そのうち、リハビリに励み続けていたらできるようになるとね。何年もかかることもあると思いますが励み続けます。子育てと同じかな。子供は当初何もできないですよ。進化したほ乳類ほど何もできないですよ。だから、「できるようになった」ということを褒めてやるべきですよ。リハビリもね、大抵のセラピストさんは褒め上手ね。
 2月4日(火)、顔の違和感の部分が小さくなってきています。ただ、広がったり、小さくなったり、しながら、徐々に小さくね。これは、他の部分での変化と同じような感じ、進んだり戻ったりね。小さくなってきているのですが、小さいためかちょっと強く感じたりします。狭くなった沖の範囲は上唇当たりから耳までいかない程度のほほの当たりで鼻に近いところの感じが強いです。広がったり狭くなったりね。腕は相変わらず良く痺れています。そして、硬直感が強くなったり、弱まったりね。指の接触感覚を確認するような動作をするとそのときにより痺れています。目を閉じて手探りで手摺りを軽く掴む動作ね。この動作は皮膚感覚と筋肉の収縮具合の感覚を同時に試すことができると思っています。以前よりできが良くなってきているので力が入れやすくなりました。以前は小指や薬指を壁に突き立てても判らなかったのがなんとか感じられそうになってきています。感覚神経が戻ってくることで徐々に強く握れるようになっていきそうです。私らですと、感覚が先で筋力はその次で良かったということかな。感覚が戻ってこないから力が入れられないことですね。ところが感覚を戻すためには動作が必要ですよ。
 2月5日(水)、もうすぐで発症2年ね。そのときに「落ち込み」がどうして生じなかったのかな。まあ、ある時期に私の性格や能力などから、ある程度先を見てしまっていて「悟り」を開いていたのかも。それと、価値観の違いから、ストレスが多かったです。ちょいちょいリハビリで子育てに触れていますね。人間の成長に「絶対」ということがないということね。その割に「考え方」によって、成果が違ってくるのに、固執して開けていくはずの人生をつぶしているのをみてましたからね。まあ、価値観の違いを悟っているので出世は諦めね。でも、そのときそのとき「最善」かな。本当に「最善」かといわれたら、「諦めの最善」だったりしてね。好奇心による調べ物というのはちょいちょいというか、継続的にしていました。発病して「調べ物」ができなくなっていたらどうなっていたかはよくわからないです。でも、一昨日のように考えているから、なんとかなったのではと思います。それと、過去に死に損なったというか命拾いの人生だものね。この程度で落ち込んで人生の意味を失っては助けてくれた神様に申し訳ないです。この神様ってなにだと思いますか。自身で見つけてください。勧められて見つけるものではないと思います。
 2月6日(木)、発症前から細々としていた株式投資。リーマンショック後や欧州金融危機後の暴落期は含み損で真っ赤っか。先日、ある方が書いていたように塩漬けにしていました。生活に困らない資金でということなので細々ね。どういうことかというと全滅しても諦めることができる程度の金額ね。でもね、上場企業が同時に複数社倒れるときは国もやばいよ。特定企業に集中しないことなのですが、金額が少ないと分散できないよ(涙)。一昨日の大暴落時に久しぶりに「買い」→「売り」で200円売却益を出しました。細々ね。上昇時でも「売り」→「買い」で売買益を出せることもあるのが株式投資ね。ただし、すべてを自己判断で売買することかな。他の人が買って高くなっているから買うと天井で購入で、後は下落とかになりかねないですよ。下落したら購入でその後も続落もあるからね。見切りも大切ですが、それができないのなら「塩漬け」ですね。普通にしていたら、利回りは預貯金より良いのではと思います。
 2月7日(金)、日本時間では明日になりますが、オリンピックの開会式がありますね。で、ニュースで競技の練習風景が報道されています。予選のスキーのモーグルでの様子を見ていると頭の位置に注目すると足下みたいにはガタガタしていないですね。足首、膝、股関節や胴体で変動を吸収して、頭を安定させていますね。力任せではないですね。ジャンプも力任せでは飛べないと思います。スケートともね。ところが、脳卒中で麻痺した場合、油断すると力任せになってしまいそうでした。筋肉を固めたら、関節を錆び付かせたら動かせなくなると思ってリハビリに取り組んできました。モーグルみたいな足の屈伸、腰振り、上半身の柔軟性をまねた動作がいくらかできるようなのです。腕もスキーでは柔軟に使っています。モーグルの関節の動きのまねがどの程度無理なくできるのかというのも考えて見てはと思います。足の指の動きですが、曲がりぱなっしということはなかったです。歩きにくいときは曲がり気味でした。健常側みたいに曲げ伸ばしできるようにしておいて良かった。昨日の件は細々ながらしっかり含み益はあります。あの暴落時にもっと買うことができていたらね。お金がないというのは辛いですね。
 2月8日(土)、昨日、訪問リハビリで足の屈伸ですね、腿の部分が胸に接するのにセラピストさんがちょっとびっくりしていました。まあ、顎に膝がつくのですから、接するでしょうね。急性期の病院で自主トレとしていたことはトイレでこっそりと体重を少しかけてみるということでした。乗せすぎると床行きですからね。こっそりでないのは車いす生活ね。リハビリ病院では足漕ぎが加わります。結局は足首は直角程度の角度で鍛錬ね。膝も直角程度で鍛錬ね、腰も直角程度ね。そりゃ、腿が胸まできますよ。ですから、装具もリハビリ病院退院とともにお蔵入りです。こんなのをつけていたら、モーグルの真似事などできないですよ。この寒さですから、注意しないと筋肉や関節が固まりそうです。手足の屈伸などで体全体の柔軟性の維持というか可動範囲確保しておきたいです。で、背中へ手を伸ばすことですが、リハビリでみてもらったら「腰の方からの右手と頭の方からの左手がもう少しで接触できそうだ」といってもらいました。明日で発症2年になるので重複になりますが、明日からしばらく当時のことを振り返ってみたいです。
 2月9日(日)、今から2年前の本日の午後6時頃、職場のトイレで脳の中での異常に気がつきました。ほげーと尿を放出しているときでした。手を洗っているときに左手の動きに異常を感じ取りました。ここで、このとき知識(掛かり付けの救急病院は救急搬送でも受け入れてもらえるということ)というのがなかったので、自力で行こうとしました。私の場合はこの救急もしている病院で脳血管造影をしてもらっていました。視床出血というのは出血量が少ない割に効果が大きくて、途中で自損事故を起こし、救急車で搬送されることになったのです。このとき、救急隊員の方が病院の診察券(いつも持ち歩いていました)を見つけて連絡を取ってくれたので受け入れたもらえました。5分後程度でしっかりと左半身麻痺でした。知らないということは怖いですね。その後、15分ぐらいかな、まだら意識不明にね。病院到着時は意識なしね。時々、意識復活して、またすぐに意識不明にね。不明の時を昏睡というのかな。まだら復活したときにコンタクトレンズを外してほしいと頼みましたら、ハードコンタクトレンズをソフトコンタクトレンズのように外そうとしていました。で、意識不明で後は???です。救急車で嘔吐が激しかったのですが、原因は左右の感覚のバランスの崩れが原因でしょうね。これは、ベッドでの病室移動の時も起こりました。大脳は正常ですが、感覚神経は視床出血で左側ダウンね。大脳が混乱したためですかな。ICUにどの程度いたのかなどは???のままです。どうも、20~30%ぐらいで三途の川を渡りきることができる状態だったかな。これ、推定ね。出血量は少ないですよ。20mlも出れば、ほぼ死亡する出血ですからね。ただ、麻痺が判った段階で「リハビリで復活するぞ。」と思いました。一度も「麻痺したらどうしよう」とか「このままになったらどうしよう」とかは思いませんでした。そして、意識が回復してから聞いた病名は「右間脳視床出血」です。これで、感覚神経損傷による麻痺というが判りましたので、「筋肉を固めない」という自主リハビリを開始できる部分から始めることにしました。筋トレはしたいとは思いませんでした。「感覚がなくなると運動神経が働かない」とは意識していなかったかもしれないですが、「筋肉を固めない」を重点的にすることにしました。といっても、できることは限られていました。続きは明日にします。

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2014年2月 9日 (日)

なにかファッショの足音が

 大阪市の橋下市長が辞職しましたね。都構想実現のために検討している会議で大阪市の区割り案の一本化を維新の会以外の反対で否決されたためのようです。それで、市長選挙にでて「都構想の是非」を焦点にしたいみたいです。
 再選されたら、委員会の構成から反対派を除くとも取れる発言をしています。大阪の発展を阻害しているのは二重行政ではなく、民間企業の本社機能の東京移転ですかな一つが集積の差ですから、行政構造ではないですね。東京が首都になったためであって地方行政は関係ないですよ。許認可権の問題はあるとは思いますけど、地方行政構造との関係は薄いと思います。
 ドイツやアメリカなどの地方分権的な国の仕組みはどうなのでしょうか。中央集権みたいなフランスやイギリスは。イギリスは4つの国の連合体ですからちょっと違いかな。
 いつの間にか都構想実現が最善という思いだけになっている感じがします。そのためには反対派は排除したいという方向になってきている感じがします。議会選挙で過半数を取れないということはまだそこまで都構想が浸透していない証拠の一つかな。
 あの慰安婦の発言などもうさんくささいっぱいと思います。当時の政権中枢とよく似た思いになってきているのではと思う行動と取りました。どう思われますか。その昔のポーランドでしたか、全員賛成でしか議決できないというのがあったようです。反対派を暗殺ね。だから、反対の場合は「反対」と叫んで一目散で議場から退出したとか、おれば殺されますからね。首相の責任野党の発言にも同様のうさんくささを感じました。
 歴史の勉強は出来事の起こった場所と年代を覚えるだけではないですよ。そのことが起こった背景、表に出ていない事項はないのかとか、他者の目から評価とか、事後への影響とかなどなどを考えて現代に役立てるためですよ。天皇陛下に死を覚悟させた面々を拝みに行く方の気が知れないです。

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2014年2月 3日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No78

ブログとかを読んでいると、皆さん、筋トレ好きみたいですね   よちよち歩きの再現かな、リハビリは   また、ネタに困っています。もう少しで発症2年シリーズね。   性格上での「気が長い」「気が短い」の損得  リハビリ期の人間の脳や筋肉などの回復の速さについてどう思われますか   あっけらかんと病室でも泣くことはなかった。病気で泣いたことはないですよ。  筋肉も関節も健常側と同じような範囲で麻痺側も動かせるように

 1月27日(月)、ブログとかを読んでいると、皆さん、筋トレ好きみたいですね。わたしゃ発症前は10kgのダンベルを使っていたのですが、退院後1kgから再開して3.4kgで調子が悪いので中止して再開していません。なぜか、筋肉に悪い気がしたのです。先週投稿した中にあるような考えに最近たどり着きました。中止して良かったと思います。階段利用や1日10000歩以上とかは入院中に始めたことで入院中だったので1ヶ月以上毎日PTやOTのセラピストさんにリハビリのときに足の様子を見てもらっていました。中止命令はなかったです。筋肉が固くなるような感じがしたり、痺れや痛みが強くなったら荷重をかけた運動は中止しています。これは筋肉を伸ばすだけとか以外での方針かな。「筋肉の伸縮ができる、関節が動かせて屈伸ができる」を基本に自主トレをしてきました。何らかの作業とかは感覚が戻ってからと思ってね。歩行はリハビリで意外と早くできるようになりましたが、車いすの両足漕ぎが良かったみたいです。足漕ぎは歩行に比べて足への負担は少ないはずです。基本的には手足両方とも感覚の回復待ちです。それまでは「固めない、錆び付かせない」を基本に脳への刺激が行くようにごそごそ動かし続けることをしていこうと思います。そして、脳での再構成に必要な栄養素も忘れずに摂取してきましたし、摂取し続けようと思います。必須不飽和脂肪酸ね。筋トレは感覚がある程度復活したら再開してみたいです。運動神経と筋肉の収縮具合を脳に送っている感覚神経のバランスが取れるようになったらね。アンバランスのままですと、筋緊張亢進で収縮したままとかになりそうで怖いと思っています。このブログは発症直後の方を対象にしている感じになってますかな。もう、筋肉を固めてしまった方、関節を錆び付かせてしまった方などはほかで回復方法を探してね。発症直後でも回復を保証するものではありません。回復は発症された方自身の取り組みによります。参考程度にしてください。
 1月28日(火)、ある方のある投稿に「最近、ふらふらするようになった。以前の良かったときの歩き方を早く思い出したい云々」とかがありました。私もリハビリ病院入院中には同じことをいっていたのですが、よくよく考えて見ると「歩行練習」であって「思い出し練習」ではないですね。脳卒中での損傷部位で違いがあるとは思いますが、「歩行を覚えていた脳細胞が失われた。新しいよちよち歩きの新人脳細胞が働き始めた」と考える方がよいのではと思うようになりました。リハビリ病院では失われた脳細胞については飛ばしてそのとき残っている機能を使っての歩行訓練で、その後、新人が入ってくるたびに「新規の練習」であって「思い出し」ではないと考えるようになったのです。運動機能は運動神経だけではなく、多くの種類の脳細胞の連携ですね。脳卒中で途中が途絶えると迂回路ができ、その迂回路の脳細胞がド素人なのでガタガタしますよね。先週の金曜日に某市地下街でビジネスマンと競争できる感じの速さの歩行をしてきました。いい感じでしたよ。でもね、また、近日中にガタガタ、その数日後には良い感じになるでしょうね。このときはゆっくり歩行の方をごぼう抜きにしてきました。近々ドッグランで花子と一緒に全力疾走も可能になるかも。そのためには感覚神経もっと戻ってね。その度にガタガタ→順調→ガタガタ→順調の繰り返しでしょうね。
 1月29日(水)、ネタ困りです。でも、何か投稿します。微小脳梗塞と入院する必要のあるような脳卒中ですと、後遺症に大きな違いがあるようですね。微小脳梗塞というのは小さくて小さくて本人も気がつかないというようなものでしたね。後遺症はあるとは思うのですが、生き残った周りの神経細胞が働きをカバーできるようなものですね。この場合は経験豊かな神経細胞がカバーするから後遺症が出ていないように感じるのでは。繰り返すことで障害が表面化するとも。入院するような脳梗塞ですと、ある働きの部分の神経細胞がごっそり抜けるのでは。とすると、経験豊かな神経細胞は残らないですよね。そうすると、このある部分の外のどっかの部分の未経験の神経細胞を使うしかないですね。乳幼児期の訓練の再現みたいな感じかも。厄介なのはアンバランスの筋力があるということね。さらに、この筋肉、使わなかったら拘縮、筋トレすれば筋緊張亢進、関節も錆び付いたりの危険性ね。拘縮とかを乗り越えてもアンバランスな筋力というのはふらつきや力のいれ過ぎなどの要因ね。脳が新米になるのでコントールできないしね。「急がば回れ」というか、急ぎたかったら「固めない、錆び付かせない。脳に刺激を与え続ける。脳を活性化する。などなど」で、筋トレなんてするものではないと思い始めました。自主トレも過度にしないようにね。2月9日で発症2年ね。
 1月30日(木)、性格上での「気が長い」「気が短い」の損得ですが、どうなのでしょうか。リハビリになってしまったら「気長」の方がよいかも。「気長」といっても必要なリハビリ動作を無理なく地道に続けることね。病気でも「気長に治療」というのもありますが、治療を受ける前の「様子見が長すぎると手遅れ」、「様子みて良かった」とどっちも可能性があると思います。ただ、どこまで状況を理解できているのかということで変わってくると思います。入院中同室だったある方は私よりリハビリが順調に進んで回復されていると思っていたのですが、どうも「いらち」の気があったみたいで、ある部分の関節の動きが悪くなっていたみたいです。入院中のOTのリハビリでは私は腕や手、指が兎も角、動く、関節も動くのでいっていたことは「感覚の回復待ち」です。そのために感覚が回復しそうな動作を適度にしていました。入院中の足の方も自主トレで熱心だったのは足運びの練習ね。単調でしたね。スクワットなどはしなかったです。膝関節や足首関節は車いすの足漕ぎで麻痺した方を使うということで鍛錬できたのでしょうね。股関節と膝関節と足首関節が動くことで健常者みたいな歩行ができると思います。車いすの足漕ぎで麻痺側が健常側と同様に使えるようになるには時間が掛かったです。当初は健常側だけでの足漕ぎの方が速かったです。我慢して使うしかないですよね。私は我慢したという記憶がないのです。これも上達感があって楽しかったからです。当初から、いつまでに回復したいとかはなかったですが、早く回復するのに越したことがないのです。時間が掛かってもリハビリを止めるわけにはいかないというのは理解していました。急いでも人間の回復力の速さを無視することもできないですね。結構無視してリハビリに励んでいる方が多いみたいですね。順序を間違えて励みすぎると拘縮や筋緊張亢進でこちこちかな。リハビリは気長に諦めずにね。「筋肉を固めない、関節を錆び付かせない。」でね。
 1月31日(金)、リハビリ期の人間の脳や筋肉などの回復の速さについてどう思われますか。私の視床出血の例で話をしますと、筋肉は何ら問題は起きていません。動かせないのは脳の視床に支障が生じたためです。筋力がなくなったわけではないです。が、脳の支配が一時的になくなったことによる拘縮や減少に備えた取り組みでよいと思ってやってきました。「筋肉を固めない」ね。筋トレ不要ね。もしくは維持でも脳が回復しないことには・・・。関節も問題は生じていませんが、適度に動かしていないと錆び付いてしまうので、適度にね。私の場合は脳での再構成と残存機能によるリハビリとになるのですが、残存機能は運動神経ですよね。これだけを鍛えると筋緊張亢進とかで拘縮一直線かな。筋肉からの感覚で弛緩したり、収縮したりできるのではと思います。このときの弛緩がタイミング良くできるということが機能回復では重要と思っています。視床出血で感覚神経がダメージを受けているのでこの感覚の回復が重要とね。まあ、感覚全般の回復があってですけどね。この手の回復は脳で樹状突起や軸索が伸びて新しい経路ができていくことなのですが、するするとテレビ番組みたいな速くは伸びないですよ。ゆっくりだから何日も何ヶ月も何年もかかる訳ですよね。脳での修復には手足などを動かしてみるとか、使おうとしてみるというのが必要ですね。で、トライが少なすぎるのは問題だと思うのですが、ある程度以上にしても変わらないのではともね。「適度にね」という曖昧さね。今も筋肉からの感覚がちょろちょろ復活するのでその度ふらふらとかね。こんなのでガタガタ言っていたら身が持ちませんよ。数十年掛かる部位もあるということなのでね。私の体験をもとにしたためています。でも、脳卒中だけの時は筋肉や関節はなんら直接的な障害を受けていないですよ。脳卒中になって使わなくなったためにじわりと問題が生じていくのですかな。1日程度の変化でがたがたいわないことね。気長にやりましょうね。
 2月1日(土)、ブログ村のブログで発病によって「泣いた」とか「泣かなかった」とかがあったので私も投稿します。過去の病歴は投稿してますが、簡単にもう一度。入院するような病気としては20数年前の消化管出血、一晩にほんの2~3リットルぐらい(推定ね)で棺桶に両足を入れかけました。このことでは命拾いかな。後の人生はある意味「おまけ」なので泣くことはないです。この5年後に肝腫瘍で肝臓半分摘出ね。肝は膨れるので体積はほぼ元に戻っています。泣くわけなかったですよ。この6年後ぐらいに肺がんね。右下葉摘出ね。生き延びています。考えようでは腫瘍とがんは検査による放射線によるという可能性は否定できないです。肺がんでも泣くわけなかったですよ。おまけだからね。そして、今回の視床出血ね。左手の麻痺が確認できた段階で「リハビリで復活するぞ」ね。泣くわけないですよ。そして、病室でのベッドから転落事故の時に看護師さんに「ナースコールしなくても大きな音を出したらきてくれるのですね。」と不届きなことをいう患者でした。この視床出血でも棺桶に入りかけたみたいですが、三途の川で渡し舟から転落(ベッドからの転落と同時かな)して溺れ生きしてきたみたいです。ここで泣いたら人間が廃りますよ。半年で親にばれない程度復活する方がよいとは思いましたけど、落ち込むことはなくこのような気楽さで、リハビリは楽しかったですよ。それで、「奇跡的回復」という早さね。未だにばれていないです。悔やんでもリハビリは進みません。泣いてもリハビリは進みません。過ぎ去ったことを上手に教訓とできればと思います。
 2月2日(日)、脳卒中で運動麻痺が起こった場合、その部位によって原因が違うと思います。運動神経関係のところで梗塞や出血の場合は筋収縮の命令が筋肉に届かないのだと思います。筋収縮の度合いを感じ取る感覚や普通の感覚神経部位で起こった場合は、感覚がなくなったことによる麻痺ですね。私みたいな視床出血はその典型かも。筋肉での収縮具合とかを脳は常に感じることができる前提で筋収縮命令を出していたのが感覚が途絶えてしまったのち、復活してきているのが私の今の状態ですね。復活してきたとき、出血で死んだ神経細胞はなくなっているので別の神経細胞や部経路変更などで違う細胞が働くことになるのでは。そのとき、「学習」をする必要があります。徐々に慣れていくまでは右往左往でしょうね。このときは修行中と同じかないろいろな動作などができるようになっていくと思うのです。順調ではない感じの時もあるのでは。一発でリハビリが決まるのなら、子供の練習も一発で決まるはずだよ。「筋肉を固めない」「関節を錆び付かせない」をまもって、可動範囲を確保しながらリハビリに励んでください。

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2014年2月 2日 (日)

経験不足になるような風潮

 いつの頃からか「促成」というのかな、「すぐに役立つ」ということが強く強く求められるようになってきているような気がします。この裏返し的に「役に立たないもの(そのときにね)」を排除しようとする方向ですね。
 即戦力になるような人材を求めているところがやたらと増えましたね。そのようなところは自身のところでは養成しないということかな。そうすると「マニュアル人間」の養成かな。自身で考えて行動できるようにするには「マニュアル人間」を養成するより手間暇が掛かると思うのです。
 学習では「過去問や類似問題演習」などでしたことのある問題には強いですが、ちょっとひねるとお陀仏というのが多いみたいですね。大学入試センター試験の数学は別解も考えないとだめみたいだし、生物は読解力が大きかったですね。あるところの高校入試で過去問をちょとひねったのが出題されたようですが、全滅みたいだったとか。マニュアル化人間の養成の成果かな。
 だから、株式などでのアルゴリズム取引ね。考えて投資ではなく、パターン化投資ね。多くの皆さん、一斉に同方向かな。だから、早い者勝ちね。経験則なんてないですよ。ただ、中央銀行などは経験も大切にしているみたいですね。何も経験を大切にしない政治家さん。「河野談話にいちゃもんをつけようとする」みたいなド助平の維新の会かな。女性はみな助平とでも思い込んでいるのかな。
 日本を、天皇制をつぶされたらどうなるのかな。この両方をしようとした先の大戦、一億玉砕と本土決戦ね。玉砕を各地で実績を積んだ大戦。天皇陛下の御英断で避けることができた一億玉砕と本土決戦、忘れないようにしてほしいです。

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