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2013年9月 2日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No56

リハビリ、諦めたら終わり。セラピストさんのいうことも聴きましょう   左半身が寒がっています。「慣れて脳が左右で同じように感じてくれる」のを待つしかないのかな   結構すぐに役に立つことも教えていますよ、学校での勉強も   もう繰り返し繰り返しですよ、硬直感ね   最近、胃液が食道に逆流しているみたいな感じ   今日もまだ、胃液が食道に逆流しているみたいな感じ  見た目の常識というか思い込みから脱出を

 8月26日(月)、脳出血や脳梗塞など脳血管系が原因でほかに麻痺の要因が考えられない場合、初期からの取り組みがあとあと大きく影響するようですね。意識不明期間とかが絡みますが、早期に意識が回復した場合などですと、本人の取り組み、これの影響が大きいようです。そのときに目標をどのように設定するかも要因の一つになります。「片麻痺が教えてくれた人生のヒント」さんの「目標を設定するときに?」というと投稿にあった適切な目標というのも非常に大切だと思います。ただ、症状とか諸般の事情で改善が足踏みしているとき、「我慢してそのときの必要最低限のリハビリ」に継続できるのかどうかと言うのも大きいと思います。私は脳出血を意識し、麻痺を感じたときから「リハビリで完全復活を目指す」でした。まず、第一段階の目標「筋肉や関節を固めない、錆び付かせない。」で取り組んでいました。歩行練習とかは先の先の話と思えるときにね。自身の経験とかで筋肉を普通に使えるようにしておこうと。それと、人間の動作はすべて経験する必要があるということ、脳卒中などで神経細胞が死んだ部分があるので麻痺したこと、新しい神経細胞間の接続ができたとき、学習が必要であること、新しい接続は練習によってできることですね。人間生育の時、環境が大切というなかに直立歩行はそれを見て「歩きたい」と思い、練習してできるようになるのです。「使わないと使えなくなる」というのもあります。で、これらを意識して、リハビリを取り組んでいました。いつまでに歩行ができるようにとかの期限は考えてなかったです。リハビリにも順序があるのですね。普通はその順序でしてくれます。ですから、セラピストさんのしてくれたことは、私の思っていた順序の通りだったことになりました。それで、左半身完全麻痺から5ヶ月でリハビリ病院退院しました。そのとき、病院の階段を1~5階まで往復でき、一日10000歩以上も歩けたり、コンタクトレンズを自分で装着できたりとか。ただ、右利きなので回復には不利だったようです。
 8月27日(火)、昨日、土曜日曜の大雨の後という曇り空、気温も上昇せず、30℃まででおさまっていました。当然、クーラーも扇風機も使わなかったです。で、左半身寒い寒い病が復活しました。こちらは、手足のリハビリと違って、「慣れて脳が左右で同じように感じてくれる」のを待つしかないのかな。前にも書いたように、私より感覚のずれの大きい方もおられるというのです。昨年の夏は手での感覚にアンバランスを感じた程度にすんだのにです。ここでも、脳が発症前を忘れているという現実に直面することになったということかな。視床出血なので感覚が途絶えただけで、大脳感覚中枢にはダメージはないはずですよね。汗の方は中枢の視床下部がすぐそばなので影響は十分考えられます。寒い暑いの感覚は大脳のはず。結局は忘れているという言い方で済ませますけど、つなぎ替えられた部分も含めて対応できていないことからかな。学習がすむまで続きそう。で、いつまで学習が続くのだろうか。
 8月28日(水)、昨日、全国学力テストの結果の一部が公表されましたね。どうも、解答を文章表現したり、文章題の問題文の意味の解釈とかが苦手のようですね。これは日本の伝統かな。よう「学校の勉強は役に立たない」とかほざくのがいますね。でもね、新聞が読める力とかは学校の勉強でですよ。ただ、歴史の勉強は「悲惨」の一言に尽きますね。年代と事件名だけとかを覚えて役に立つのでしょうか。これは理科でもいえるかな。そして、選択で生物の勉強をしない。しても歴史と同じような勉強では。保健や生物で人間の体について、いくらか勉強しているのに、病気になるとあたふたで、ちまたの戯れ言を信用してしまったりね。脳卒中とかですと、筋肉や関節や骨には障害がないのに気が回らない。勉強の知識がばらばらになっているのなら、ばらばらで考えれば、動かそうという気になってもいいのに変なところで一緒くたにしている。筋肉や関節とかにも障害が起こったとかね。症状とかいろいろなのですが、それらを整理して考えれたら、もっともっと回復できていたはずの人が多いように感じています。その原因の一つが教育での評価というか教育の成果をどう受け止めるかです。いろいろな分野のことを調べて、考え、活用できる力がリハビリでも必要のようですが。結構すぐに役に立つことも教えていますよ、学校での勉強も。順位争いとかになってしまうと無意味になるかも。
 8月29日(木)、今日は朝というのに足も腕も筋肉の硬直感に悩まされいます。早朝(午前6時頃ね)にわんちゃんを散歩に連れて行ったときは、快調でした。会心の一歩の連続だったのです。帰宅後あたりから、やばくなりました。今日はいつもよりストレッチをしたり、右手でもみもみしてみるほかないのかな。硬直感があっても夕方の散歩には行きますよ。それと、目指せ10000歩に。ところが、最近歩数計が計測できなくなってきているのです。今まで1500歩ぐらいのところで100歩以下とかになったりしています。どうも、使いすぎでセンサーがおかしくなってきたようです。ところが、無茶でなかったら、適正な使い方なら、人間の諸器官は使う方がよいようです。筋肉に力を込めて運動するとかですね。消耗性でない運動であれば、骨が強くなるか、もろくなるのを遅らせることができますが、筋肉を使わなかったら、どうも骨はぼろぼろになっていきますね。だから、運動するしかないのです。もう繰り返し繰り返しですよ、硬直感ね。
 8月30日(金)、ヒスタミンH2受容体阻害剤の服用をやめて6ヶ月、順調でした。ところが、最近、胃液が食道に逆流しているみたいな感じなのです。嘔吐とかの経験から類推してみると「胃液」が食道ですね。回復してきているようで、視床下部の制御のバランスが狂ったのかな。2月に処方してもらっていて服用していなかった阻害剤があるので試しに服用しました。前にも書いたようにこの薬、取説では「朝食後と寝る前」なのですが、医師の指示は「朝食後」と「夕食後」です。就寝中の胃液の逆流防止ということでは「寝る前」だと思うのですが・・・。で、寝る前に服用しました。やはり、視床下部にも影響があったのですね。このような意味では視床出血は怖いですね。視床下部は自律神経中枢であり、ホルモン分泌中枢でもあるのです。やばい、やばい。
 8月31日(土)、胃液の逆流ですが、寝る前服用で昨日はぼちぼちだったです。昨日も寝る前服用しました。ところが、朝食後、少し逆流しているみたいなのです。明日から、しばらく朝食後と寝る前に服用してみます。ところで、医薬品の長期服用は基本的にはよくないと思います。また、複数の医薬品の服用もね。医薬品は副作用をどの程度目をつぶることができるかで、主作用の方の医薬品として認可されていると思います。ですから、「気休めに服用」というのは副作用しか作用が起こらないという状態になります。医薬品は必要最小にしていきたいと思っています。結局は、主作用による利益と副作用による害との程度によって服用するかどうかになります。日本ブログ村の病気カテゴリーの中のあるカテゴリーで医薬品の長期服用についての投稿がありましたが、その医薬品、ネットで調べただけでも長期はやばそうだったです。私の現状は逆流性食道炎とかのリスクを避けるためにヒスタミンH2受容体阻害剤を服用しています。ヒスタミンH2受容体阻害剤も副作用があって、その中に「心疾患を持つ患者には処方しない」とかがあるようなのです。これは、胃のほかにも心筋にもヒスタミンH2受容体があるからです。
 9月1日(日)、毎日毎日投稿していて、個人情報を楽に悟られないようにとか、ほかの方の中傷とかをしないようにとか、もろもろを考えながらしていると書くことがないことがありますね。で、今日は・・・。やはり病気的かな。何かを継続的に行うということですね。そして、効果とかがわからなくても続けている。織田信長みたいに気が長いのかな。織田信長、美濃攻め10年、石山本願寺攻め10年、秀吉の兵糧攻めを結果が出るまで気長に待ち続けている。これと同じように待ち続けてもその間も一応コツコツリハビリを続けています。織田信長のすごいところは戦いの下準備に精力を投入していたことかな。リハビリも下準備が大事かな。私らみたいな視床出血だけですと、筋肉、骨、関節などには問題はないです。感覚が少し戻れば動かせるようになりますね。それまでの間、筋肉を固めない、関節を錆び付かせない、骨をできるだけ保っておくとかいう、一見効果のでていないリハビリが必要ですね。見た目の常識というか思い込みから脱出を。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人ですと、織田信長が一番慎重で待ち続けることができる武将だったと思います。

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