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2013年5月20日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No41

今一度、人間の体について、「使わないと錆びつきます。」という言葉で云えられるかな。ドッグランを目指して。  感覚の復活のアンバランスと子育て  体の構成要素の維持、例として「骨」と子育て  リハビリと教育、どこが同じで、どこが違うのか???    ブログでの初期の病状についての必要性あり、なし、どっち と 人格障害   脳卒中のブログですが、今回は人格障害だと思う「アル中」  私の回復度がなにか「奇跡的」ではなく「普通の」の感じが。

 5月13日(月)、今一度、人間の体について、「使わないと錆びつきます。」という言葉で云えられるかな。「錆びつく」とは「使えなくなる」という意味です。脳出血や脳梗塞では、筋肉や関節などは普通無傷です。ただ、制御する脳が一時的に、あるいは再構築されるまで指令を出せないだけです。結果として「使わない」になってしまいます。すると、筋肉は固まり、関節は癒着し、脳は発症前を忘れてしまいます。脳の再構築がリハビリの目的だとしたら、それは筋肉や関節が使える状態であるということが前提になります。脳が回復してきても筋肉が固まっている(痙縮)と動かせません。それで、出てきたのがボトックス療法かな。ただ、普通の寝たきりですと、筋肉が減少しますね。ある程度以上減少すると動作に支障が出てきます。ですから、どちらにしろ、「動かし続ける」ということが必要になってきます。「動かし続ける」といっても程度の問題だよ。基本的な動作練習を続けることかな。腕だと「伸ばす。曲げる」とかですね。凍りつきそうになったときは「休息」。揉みほぐしてもらったときもあったと思います。単純な動作が幾種類かできるようになると、組み合わせかな。「物を掴む」とかの練習は指が伸ばせるようになったら、楽になりました。小さなボールやパチンコ玉でも掴めるようにね。私の感覚からすると、「どう考えても筋肉硬直させているだけだよ。」というリハビリ?に取り組んでいる方もおられます。麻痺で脳と筋肉がリラックスするのを忘れたのが問題なのですね。筋肉をリラックスさせて動かせば脳への刺激もより多いと思うのは私だけでしょうか。私はこのような考え方で、左半身完全麻痺から復活してきたのです。使い方を間違うと動作が固着してしまうのでは。指が曲がったままですと、指を伸ばせなくなり、歩行の時、足を回し出しをしているとまっすぐ出せなくなると思います。どちらも、治せたはずの障害を固定化することになるのでは。歩行の方は隠れた目標として「ダッシュができる。ドッグラン(リードなし状態の柴犬の成犬のわんちゃんと並んで)ができる」ようになることです。回し出しでは絶対無理な走り方が必要になります。健常者のように足をまっすぐ前に出せる歩行がほぼできつつあるから云えることです。ここに来て「すみません。筋肉を固めてしまった方は筋肉をほぐすことから、関節を固着させた方は関節がなめらかに動くようにされることを第一にした方がよいと思います。すみませんでした。」
 5月14日(火)、視床出血を調べていたら、以前から気になっていたことがあるサイトでありました。運動神経との位置関係、図とかではなかったのですが、脳幹部なのでやっぱり、ご近所でした。出血がどの方向に広がるかで回復の早い遅いが少しはでてくると思います。他の部分の出血でもどのような働きの部分かで違ってくると思います。視床出血は基本的には感覚麻痺ですね、視床出血は。感覚には温覚、冷覚、圧覚、痛覚、そして体内部での感覚、筋肉の収縮状態の感覚などがあります。今、一番堪えているのが「冷覚」かな。過敏すぎるのです。一昨日(日曜日ね)など右半身は良い季節を満喫中で、左半身は「真冬」みたいに震えています。真冬と大体同じ服装といえるような着込みかたで「ガタガタ、ガタガタ」。朝、コンタクトレンズ装着作業が辛かったです。筋肉が貧乏揺すりするので、左手が安定してくれなかったです。両手使いなもので片手では装着できないのです。手の感覚で冷覚や温覚が過敏なのは昨年わかっていたのですが、冷覚がこれほどとは思いませんでした。どの程度で馴れてくれる(右と同じぐらいに)のでしょうね。寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い。話は変わりますが、子どもの育て方は一昨日投稿したような感じでしました。おかげさまで二人とも旧帝国大学に進学しました。どこを、受験せよとかはいっていないです。「親の希望を押しつけるのは虐待」ですからね。学校の成績とかで「順位」がどうのこうのや、通知表が・・・とか言ったことはないです。「勉強しなさい」も他の家庭に比べたら言っていない部類に入ると思います。高校生の頃は「早く寝なさい。」が一番よく言ったことかな。
 5月15日(水)、体は成長の時に作り上げられていきますが、その後どうなるのでしょうか。また、成長の時もどうなのでしょうか。一例として「骨」ですね。堅いですが、これ何年かですべて作り直されています。古いですが、NHK「驚異の小宇宙 人体」では約3年で作り直されているとか。その番組では、破骨細胞は働き者的に、骨芽細胞は怠け者的に紹介されていました。バランスをとらせるためには筋肉を力込めて使うときの刺激が必要だとか。とすると、私らみたいな脳出血などで麻痺して筋肉が使えなくなると,骨芽細胞がサボリ出す?。サボられると骨が弱体化します。それでなくても年齢を重ねると骨は弱体化してきますが、より促進かな。それで、リハビリ等で「転倒」などを極端に恐れるのですね。転倒で骨折しますからね。すると、使えなくなって、さらに骨と筋肉が弱体化します。筋肉の強化は荷重が必要です。適度ですと、ぼちぼち筋肉が傷つき、修復、回復時に以前より強くというのが普通らしいですが、過度に傷つけると回復しないそうです。弱すぎると強化にはならない。難しいですね。筋トレは回復時の休息が大事なのです。まともな筋トレなら間隔(24~72時間ぐらい)をとってトレーニングしています。健常者ね。我々ではどのくらいの間隔がよいのでしょうか。筋トレみたいなのは筋肉がリラックスしている方がよいでしょうね。脳などの神経細胞以外は常に作り直されていると思った方がよいですね。脳も含めて「活動させている」という方がよいようです。昨日の子育ての続き、「家族会議」については私は虐待だと思っています。だいたいが親の意向に従わせるためにするのからです。まあ、上手に育てればそう会議などする必要はないはずです。親は子供を存在するだけで愛することができるはずですが、「他との比較」にのめり込み出すと愛せなくなるみたいです。結局は「親の自己願望の実現」のためかな。子供に一番よくないと思います。成績を見るのは難しいですよ。どう解釈するのか。どこがよいところか。どこを復習すればよいか。などなどで、「何番」とか関係ないよ。ところが、「何番」とかの方がわかりやすく感じるみたいです。子供の通っていた高校の平均点程度の生徒はほとんどの高校で上位者でしょうね。なんで平均点なんで見るんだよ。私の子についてはその高校の先生が「優秀」といっていたみたいです。「平均点あったよ」とか平気でいう生徒は「その高校の平均点程度までしか勉強しないよ」を宣言しているようなものですよ。だから、順位や平均点とかを子供にいったことがないのです。問題は「理解しているかどうか」で、それも「自己の思考で」ね。これ、つきっきりでないとむりかな。まあ、子供の足を引っ張らないようにしました。
 5月16日(木)、月曜日とかは朝は冬のセーターにジャンパー、さすがに日中は暑くなりました。左半身の震えがおさまったのですが、火曜日の午前9時あたりから再び出てきました。室温27度程度です。リハビリでも勉強とかでも、企業活動とかもしれないですが、自分の経験した範囲内、もしくは想像できる範囲内から考えられることで思考が止まっている感じの人が結構いるのです。「義務教育」の意味は、「国民に普通教育をうけさせる義務ある。」の義務です。そう、国や地方公共団体、親にね。子供は権利です。固定観念の「・・しなければならない」とかと思い込んでリハビリを受けると回復が遅れると思います。私の回復スピードが普通で他の患者さんが「義務的」に捉えて遅れただけでは。それは、皆さん落ち込んでいましたからね。歩行での足の回し出しも多くの人がそうなってしまっているのでそれが普通と思い込んでいるのかも。想像ができないようです。学校の教師もこの例に綺麗に入ります。科学オリンピックに参加して上位に入賞するような生徒は学問分野では教師の手には負えないですよ。大学レベルを独学で勉強できます。ところが、そのような生徒を知らない教師は「特訓」だけでできると思い込みやすいですね。特に大都市圏の公立高校にはこの意味での「教師の手に負えない生徒」は行かないですからね。「順位」「順位」で育てられた教師は「順位」しか評価基準を持たないといっていいかも。その点、リハビリのセラピストさん達は各個人をよく見ている人が非常に多いですね。まあ、リハビリでの回復度はその人の発病の状況によって違ってきますからね。私なんか「意識不明」の時もあった視床出血みたいです。病院到着時も意識はっきりの視床出血もあるようですが、意識なしなので家族がきていたのは記憶がありません。この状態では、どうも「一生車イス」が一番多いみたいなのです。死というのもね。だから、「奇跡的」みたいになったのですが、私としては「生き延びて」、「割と早く意識が回復」すれば、という条件が満たされたみたいなので、こんなものかなと思ったりもします。過去の経験や学習してきたことなどを上手くつなぎ合わせて思考回路を働かせることができるかどうかということかも。教育の目的は「自分で情報を集め、過去の経験などと合わせて、思考回路を働かせ、新しい価値を創造できるようにする。」ことだと思うのですが、「暗記」ばかりで思考回路の使い方の練習ができていない人が多いですね。
 5月17日(金)、数日前に日本ブログ村の病気のカテゴリーの中の「脳卒中」に「私の病名と症状…今さらですが…」というのが投稿されていました。最初の頃から読んでいるブログですと、そう「病状」がでていることが多いので経過とか頑張りとかが理解しやすいです。ブログの投稿の分類分けをしっかりされているところでも、どういう症状だったの?と思うことがたびたびあります。個人情報の問題もありますので、どこまで公開してよいのかという問題もありますが、初期の病状がないと理解しにくいのがこの病気ブログでしょうか。ですから、「私の病名と症状…今さらですが…」というのは途中から読者になった者にはありがたいです。このブログ村のブログでは、最初に遡って読ませていただいたのが結構な数になりました。私の現状だけを見た人は「ちょっと悪くなったようだ」という感想を、だから、「あんた、軽かったのでしょ」になります。リハビリ病院で他の患者さんと話をしていて、発病当時の様子からみると私より重症と思える人でも回復していたり、同程度だと思うのですが、今考えると固着させてしまったような患者さんもいました。結局はリハビリなどの参考にさせていただくためには必要な情報が初期情報や背景でしょうね。ちょっと読んで良さそうだからではよくない場合もあるのでは。ここからはここ数日の子育ての方です。教育にも影響するのが「家族」や「親族」ですね。「毒になる親」というのはそこら辺にもたくさんいますよ。親の面倒を見ない子供もね。これは家族関係が病んでいるからです。学校関係で「親は子供のことを考えている」とか思い込んでいる教師も多いのでは。学校によったら、奨学金などを子供に渡す学校もあります。理由は親に渡すとギャンブルや酒代などに使われてしまうからです。親に金銭的能力があっても子育てできないことが結構あります。教師の子供にもその影響がでていると考えられることもありました。「人格障害」ですね。これ、いろいろな程度でいろいろな発現パターンがあります。「真性のアル中」はわかりやすいですが、高学歴の「素面のアル中」は、同じ高学歴でも周りに与える悪影響は非常に大きくなります。AC(アダルトチルドレン)とは、アルコール中毒の親によって育てられた子供ということで非常に親の影響(まあ悪影響ね)を受けているとか。教師をすると、児童生徒もに悪影響をまき散らします。では、アル中とはどのようなのかは明日アップしたいです。飲んだくれているのだけがアル中ではないですよ。
 5月18日(土)、アルコール中毒についてですが、斉藤学氏の定義によると、アル中らしさの性格があって、酒が飲める人が昔からのアル中であり、酒は飲めないがアル中的性格をしっかり持っている人を「素面のアル中」と定義されていました。アル中には金持ちもいれば貧乏人も。男もおれば女も。年寄りもおれば若者も。高学歴者もおればそうでない人も。詳しくは斉藤学氏の「アルコホリクルの物語」を。この著書のなかで「アル中らしさ」として、「人付き合いが下手である。」、だから、疲れて一杯といことになりやすいとか。「怒りっぽい」なのですが、「恨みの感情を持ちやすい」とも。「自分の過去を自慢したがる。」や「権威主義」であり、「有名人でも知っているとその話ばかりする」とかなどなどで、すべてがそろっていなくても「立派なアル中」は存在するのです。酒の飲めない人は「仕事中毒」、「ギャンブル中毒」、「買い物中毒」などなど何か嗜癖をもっているというのです。これらを弱い程度から真性アル中までいろいろな状態でいると思います。教科書みたいなアル中はまだ一人しか見たことがないです。どこかそうらしいというのは結構いますよ。教師の場合は児童生徒に威張れますから、目立ちにくいかも。どこかでこの生活がしにくいつらさを解消できると酒にのめり込む必要はないですね。官庁での出世競争をしているエリート官僚が出世で挫折したら家庭内暴力とかいうのも聞いたことがあります。有名人を知っているから、私は偉いのだと威張ったという話も聞いたことがありました。「虎の威を借りた猫」そのものね。話し相手より、どこかで威張れたらそう本性は出ない人が多いようなので気がつきにくいようです。でも、その子供にはしっかり影響が行きますよ。ACね。このことを切っ掛けにこのような関係の心理学とかの書物を読み始めたら、私も含めて、程度問題ですが、「人格障害」を背負って息苦しく生きている人だらけという感じの世の中だと思いました。このような感じで医療関係者を見るとリハビリ関係が一番まともかも。医師がやばい感じの人の割合が高いように思います。教師は結構やばいと思います。大阪で子供2人を部屋に置き去りにした母親の父親もやばい感じの報道がありました。教師である競技の部顧問で有名だとか。あの堀江氏を「平気で他人を傷つける人々」で取り上げた作家がいました。読みますと、堀江氏が心を傷つけられてきたということを感じました。再生産されるのです。、
 5月19日(日)、ブログ村で他の方のブログを読んでいて感じていること、「奇跡的回復」とかいわれたと紹介文に書いているのですが、どうも「奇跡的」ではなく、私の症例ですとリハビリへの積極的な前向きの取り組み、自主トレをしていたら、「回復して当たり前」という感じがしてきたのです。最近は発症後早い時期からリハビリを始めて貰えますね。どうも、その意味を理解できたかどうかの違いという感じが。発病して数週間での取り組みが非常に大切だという感じのブログが多かったです。昏睡状態が長かった方は本人の意思でリハビリはできないですが、家族で取り組まれていた方のもありました。高次脳機能障害が出てきた方も回復が遅れるようですね。ですので、読ませていただくとき「予断」ではなくできるだけ正しく理解させていただくために「病状」が大切になってきますね。私は視床出血なので開頭手術なしでした。意識が回復したらリハビリをはじめることができました。その時から「筋肉の固着」、「関節の錆び付き」を防ぐ動作をしていました。だから、感覚がどこか少し戻っただけで徐々に動かせるようになったのでしょう。入院中にボツリヌス菌毒素を使ったリハビリ(ボトックス療法)があるというのをテレビで見ました。この毒素は筋弛緩作用で有名な毒素です。破傷風菌毒素を打ち消すためにもつかわれることがある猛毒です。固着させなかったら必要のない療法です。初期の取り組み当たりから、ほかの患者と意識が違っていたためと思ったりします。本当に左半身が完全に麻痺しました。それから、4ヶ月後には病院の1階から5階までの階段昇降や一日に10000歩、作業療法ではパチンコ玉をつまんだり、小さな円柱を回転させたりとかできるようになりました。コンタクトレンズはまだ右手が独占的に扱っています。筋肉や関節がいつでも使えるようにしてきたからだと思っています。痙縮させてはダメなようです。症状によってその待ち期間はいろいろあると思うのですが、筋肉と関節、いつでも使い始めれるように常に整備点検しておきましょうね。

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