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2013年2月11日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No27

 今回で発病から1年になりました。当初はやはり正しい知識というか理解が不足していた部分もありました。で、「昼間は起きておく(上半身をだいたい垂直にする)。」ということは当時有効性はなんとも思っていなくて、単に「夜寝たい」というのと「鼻が詰まらない」という目的だったのです。体を起こすということが「直立二足歩行」をしている人間にとっては非常に大切だったのですね。そして、足も使うということもかな。
 2月4日(月)、またまた今日も硬直感が強いです。昨日以上に「体操」で足の屈伸を出来るだけしました。腕もおつきあいさせました。なにもしないのなら、麻痺した当初と同じような感じで手足が硬直してしまうのでと思います。
 2月5日(火)、なにか、左半身の状態が逆戻りみたいな感じになったり、改善された感じになったりと右往左往しています。温度感覚の過敏は改善されたみたいです。筋肉のこわばりは延々と続いています。その割に「可動域はある。」という感じになっています。散歩中にも足の屈伸をしました。「可動域」を維持するためです。「こわばるからしない。」では動かなくなるのではと思います。
 2月6日(水)、朝のコンタクトレンズ装着で左手の動きが少しおかしかったです。感覚はまた幾分か戻っている感じなのに左目の瞼を開けるのに苦労しました。キーボードを打つときの左手の震えは相変わらずです。でも、扱き使わないことには回復が遅れる、あるいは回復しないのどちらかになると思います。
 2月7日(木)、この頃、起こっていたことはやや緩和されたみたいです。今日は特にはなかったですかな。
 2月8日(金)、明日で発病1年になります。急性期の病院の方にも行きたいとは思っているのですが、今日はリハビリ病院の方に行ってきました。OTのFさんとSさんに会い、STのYさんにあって、5階病棟に行って担当の看護師のSさんに会うことが出来ました。その後、前回は会えなかったPTのUさんに会えました。歩行を見てもらったら、まあまあということです。装具は当然使っていないといいました。あきらめていみたいですし、なくてもそれほど支障もないようだと思ってくれているようです。OTのSさんに会いに来るついででもいいからまた来てくださいといってくれました。皆さんとわりとゆっくり話が出来ました。OTでは出来なくなっていたが出来るようになったことも見てもらいました。まあ、できても生活には役にたたないことです。それと、「視床痛」はもう出ないのではと言う話に、結局は1年経ってでなかったからということです。STでは入院当初の外れの話などもしました。私のことなので深刻な話はなしかな。5階病棟から階段を下りていったのですが、「ここで怪我をされたら、大変だから気をつけてね。」と階段好きの私に言ってくれました。楽しかったですね。
 2月9日(土)、本日で発症1年となりました。ある意味、よく回復できたのではと思います。発症時はリハビリで回復するのだという思いは強かったです。このことが、後々リハビリをおこなう上で支えになったのかな。ただ、私の担当になってくれたセラピストさん達は皆話し相手になってくれました。誰かと話をし、自分の思いを伝えることが出来るというのがこのリハビリでは大きな支えになったのではと思います。家族の支え、医療関係者の支え、友人、知人の支え、どれも大切です。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
 2月10日(日)、朝の犬との散歩で犬が拾い食いしたので出させようとしたら、場所が悪かったのか犬の歯がしっかり指に引っかかってくれました。右手中指に包帯をしています。これが、人差し指や親指だったら右手が使えない?状態みたいになるのかな。左手は未だ回復途上で細かい仕事の役にはたたないので大変なことになっていましたが、ほっとしています。歩行の方は結構感じがよいです。

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