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2013年1月28日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No25

 1月21日(月)、立ったままでの衣服の着脱の時のふらつきが少し激しくなったような感じがします。でも、出来ないというのではないです。また、感覚神経の復活した部分があって、それによる再学習かなとと思います。コンタクトレンズを外そうとして、ずれてしまいましたが、主に瞼の動きで戻すことが今日も出来ました。ときたま、起こっているということです。胃や直腸などの内蔵の調子がイマイチの状態になっています。ガスターの服用量は入院中に半分に減っていましたので、ちょっと戻してみたいと思っていますが、副作用の問題はどうかな。
 1月22日(火)、ダンベル体操は順調に試行数などを少しずつ増やしています。筋力の復活もあるのですが、感覚神経も再生されているようです。そして、骨の強化にも繋がります。このような麻痺が生じた後、転倒などが怖がられています。大きな理由は2つかな。一つは麻痺によって、「受け身」のような回避動作が出来なくなること、実際尻餅は痛いですね。もう一つが骨の弱体化が運動できないということで進み、少しの衝撃で骨折したりしてしまうことかな。結局は骨折なのですが、「骨折」→「動けない」→「さらなる筋肉や骨の劣化」→「より動けなくなる」→「寝たきり」・・・ですね。さあ、鍛えましょう。
 1月23日(水)、左半身の震えが少ないようです。よって、暖房費が節約できるかも。ここ何日かの間にあれもこれもと感覚神経が復活しているような感じがしています。気のせいでないことを祈っています。(笑)左腕の動きはぎこちないですが、右腕と可動範囲が同じぐらいの感じがしています。もう少しで左手が上から右手が下側からで背中側で手が握れそうです。両手ともお腹の後ろですと握れています。いつも試飲させて貰っているコーヒー豆の販売店であるお客さんが「美味しいのはどれ」とか店員さんに聞いていました。さすが、順当に答えていました。「自分にとって」であって、「他の人の味覚」は参考程度ですね。ファミレスや牛丼チェーンが潰れない理由は「いつどこの系列店で食べても同じ味」というのがあります。慣れた味付けを美味しく感じるのです。この典型が「お袋の味」。他の味を知らないことから起こります。いろいろ試してみて、自分にとってより美味しく感じる味を常に探すようにすると、逆に何でも「美味しく食べることが出来る」ようになるのですが、それでも真に不味いものは不味いです。入院中に数回ありました。調理場の管理栄養士からお手伝いの人まで毎食病人が食べるために作った食事を食べてください。試作ではないですよ、実際に入院患者が食べるのと同じものをです。
 1月24日(木)、朝の散歩で少し走りました。ぼちぼちです。歩行感もぼちぼちです。左手の機能が大分前に比べるとよくなってきていますが、まだまだです。寒さに関しては以前の感覚に徐々に戻っていっているみたいです。まあ、無理はしていなかったつもりですし、しないつもりです。他の人から見ると暑さ寒さに強いかも。これ、「慣れ」もあります。過去に聞いた話に北海道から大阪に転校してきた小学生が冬に不登校になった。理由は「学校が寒い。」。もともと大阪の子は普通の状態です。夏場の冷房でも「強冷」ばかりにする人にとって「普通の冷房」は暑いのと同じです。
 1月25日(金)、顔での違和感のある部分は左頬骨のあるあたりを中心にした部分ですが、面積が減少してきているという実感が出てきました。
 1月26日(土)、昨日の訪問リハで左腕の感覚が大分戻ってきているようだといわれました。ダンベル体操では3.4kgの差し上げにも注意しながら挑戦しています。また、5kgでの動作も増やしています。それとともに指を使った細かい作業も復活のためには必要と考えてます。また、右手の指と左手の指を向かい合わせて5本とも押し合わせるというのが出来るようになりました。そして、指をつけたまま、中指の人差し指の前(親指側)に出すという動作が出来かけています。目を瞑ったままの状態で右手と左手の人差し指を接触させるというのも出来たり、側数ミリ以内という状態になってきています。ただ、安定性というがないという難点は解消されていないです。
 1月27日(日)、朝、玄関で四つん這いになっていて、左膝の方が転落しました。怪我はなし。まあ、昨日あたりから、また、左足のふらつきがすこし多くなっていました。端ギリギリだったので少しのふらつきで落ちたみたいです。左手中指で左手首を補助なしに触れました。右手と同じぐらいの屈伸が出来るようになってきつつあるのです。

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2013年1月27日 (日)

また、毎度の「思い込み」で

 アルジェリアにアルカイダの系統の過激派による人質事件が起こりましたね。犠牲になられた方々に哀悼申し上げます。
 ところで、アルジェリアの政権に関する情報が政府になかったの?これも毎度のことかな。テロ組織の方の情報も?。まあ、帝国陸軍や海軍の頃からの伝統かな。ニュースで防衛大臣が駐在武官の配置を変えようかとか言っていました。どうも日本は国内でも必要な部署に人材がいないですね。そして、常に配置について検討されている雰囲気がない。適正配置と思い込んでいる。
 現地での情報から日本人が狙われたのは「住民の生活向上」に貢献している度合いが大きいからかな。アフガニスタンで襲われた日本人に「農業技術指導」をしていた方がいました。麻薬栽培から普通の農産物への切替が出来るようにです。キリスト教や仏教が何百年もかかって経験してきたことがイスラム教では短期間で起ころうとしています。それだけ軋轢は大きくなるのでは。
 各国とも「思い込み」はあると思います。それでも日本は凄いかな。金融緩和で突き進んでいますけど、銀行は「融資」を出来ないのですね。ノウハウがないといってよいかも。だから、国債ばかり購入しているのですよ。ベンチャーキャピタルも日本では育たないですね。リスクの取り方を知らないからかな。だから、ベンチャーが育たない。ベンチャーが育つためには規制をなくすとかが必要になることもあるのですが、気がつかない。今の規制が万全とでも思い込んでいる。だから、「例外」が起こると「ドタバタ」ですね。
 教育の現場では「順位競争」のみが勉強の動機と思い込んでいる。好奇心が第一で、あといくつもの要素が動機になります。その中には順位もあるのですが、これだけに拘っている感じです。運動部などの指導も先入観が幅をきかせていますね。「気合いを入れる」というのを「殴る」と置き換えているバカがいます。これも「思い込み」。記録が伸びれば、上達が実感できれば、気合いは入りますよ。「根性」もつきますよ。「思い込み」の方はまず「根性」があってとか。高等学校の部活動での成果はそこの生徒が出したものですよ。顧問などほとんどの場合、おまけだよ。生徒の方が思い込むから「名(迷)顧問」になるのですよ。顧問の指示通りの練習しかできないというのは「指導の失敗」そのもですよ。

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2013年1月21日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No24

 1月14日(月)、感覚のアンバランスが出ています。左半身の温感の過敏状態が酷くなりました。右半身は何ともないのに左半身が震えています。その度合いが酷くなった感じです。足のふらつきも酷くなってきました。筋肉は収縮した感じを感覚神経でフィードバックして微調整し、運動神経に対する指令を調節し、フィードバックし調節というのを繰り返しているので感覚神経の復活部分が増える度に再学習完了までふらつきます。
 1月15日(火)、左半身の過敏さは昨日より穏やかになったみたいです。前にも書きましたが、極端な過敏になっていないのが救いです。脳の発達にDHAというのをサプリで摂取しています。DHAはω3系脂肪酸。ω6系は大豆からで、ω9系は?、まあ、どこかに含まれているでしょうね。左目のコンタクト違和感がきつくなったりするのも感覚神経復活かな。実際、コンタクトレンズの装着感というか眼の核膜上にあるという感覚も慣れると右目と変わらなくなってきつつあるという感じです。。左半身の痺れは続いています。痺れが収まると再生はそれでお終い?みたいですので、まだまだ神経系の再生が続いていると期待しています。で、今日も足の筋肉の感じも感覚がまた戻ってきているという感じです。再学習がすむまではつらいです。
 1月16日(水)、朝、犬の散歩の時に走ってみたら以前より確かな足取りで少し長い距離を走ることが出来ました。昨日のような足の感じは消えていました。やはり、繰り返しながら少しずつ回復していくとうことみたいです。昨日、少しマシになっていた左半身の温感の過敏はまた復活したみたいです。これも、ぼちぼちいくしかないみたいです。室温を20℃にしても左半身が寒い。ところが、運動をして体内から暖めたり、入浴後は16℃ぐらいでも寒くないのです。体温に関しては入浴は運動とよく似た感じもあります。今のところ、一旦「寒い」と感じさせると解消は運動とかをする、入浴するなどが必要のようです。ところが、歩いていて右半身汗かき、左半身震えという事態も起こりました。1ヶ月ぶりの定期診察にいってきました。胸のレントゲンと心電図をしました。心臓がすこし右よりになっているというのです。肺がんで右肺下葉を切除したというと気がついたみたい。既往歴を読んどいて。心電図も正常。ヒスタミンH2受容体阻害剤(ガスター)による副作用はないみたいです。心筋にも同じ受容体があります。医院でも左が震えていました。主治医に爪白癬の話をしたら、もう1ヶ月ぐらいラミシールを服用してみましょうという話になりました。その時、左足の爪を切ってくれました。今日は歩幅が小さくなったみたいです。いつもなら往復5400歩ぐらいが6300歩に。明日の朝には広くに戻っているかな。ダンベル体操で忘れていた動作を一つ思い出して追加しました。
 1月17日(木)、昨日より左半身の震えは減っています。スコスコとした感じはあります。他は特になしです。
 1月18日(金)、寒波でよく冷えましたね。朝の犬の散歩はこの頃の定例の時間に行ってきました。特に感覚には問題点を感じませんでした。というのは「いつもと同じ」なので変化が感じられなかったということです。それより、また、室内での左半身の震えが、いつまで左右の違いが続くのかな。室内では右側の方を窓側にしています。訪問リハビリでは感覚もまたいくらか戻ってきているという感じらしいと。血圧測定ではいつもの数値程度でした。
 1月19日(土)、朝の散歩時、「走る」はしなかったですが、結構歩行の感じはよかったです。前にも「よかった」とか書いているので「繰り返し繰り返しで、徐々に」の通過点の一つかな。夕方も歩行はぼちぼちでした。左半身の寒がりは幾分か楽になりました。このままの状態や改善されることを期待しています。
 1月20日(日)、今日は一日歩行時の感じはよかったです。ただ、スリッパ・サンダルなどの類は歩きにくいです。足の微妙な調整が出来ないので脱げやすいです。顔に出ている違和感のある部分がまた小さくなった感じがします。頬骨あたりがその中心なのです。花の中央線からみるとすこし離れた場所からという感じになりました。不思議感覚に膀胱感覚があります。夜間は9時間とか間隔をとることが出来ます。ですから、夜間、尿意で起きることはありません。入院中、これが「歩行の見極め(夜間も歩いてもよいかどうかという判定)」の障害になりました。ようは就寝時間中寝ていてできないということです。若いですから起きなくてよいのだと思います。ところが、日中は水分を補給すればすぐ出るという感じで苦労しています。

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2013年1月20日 (日)

体罰から思うこと

 高校で一流と思う部活動顧問に有名になった中では野球部監督 池田高校蔦監督やラグビー部では伏見工業高校 山口監督 などかなと思います。他にもおられると思いますが、無名から有名に育て上げているのが名指導者かな。それも学校が力を入れて有望選手を集めていたらこの中には入らないですよ。体育学科なら元は無名ではないですよ。生徒の努力だけかもね。ダメなら顧問は入れ替えるという気になれば、アホみたいな体罰教師は潰れますよ。
 各都道府県立などの公立高校での教員の転勤では、いろいろあります。俗にいう「レベル」の違いをはっきりさせていると聞いたことのある県。初任校のレベルで横滑りが多い県。その他はしらない。問題は「横滑り県」。ここでは教員の資質ではなく、「レッテル」で決めているのですね。ですから、言い方は悪いですが、「有名校」にカスが集まるとそこのレベルが下がることに。ただ、学区制が没落を防いでくれますので気がつかないことにね。運動部の顧問でも同じことがいえるのでは。その上、学閥の強さもあれば、カスでも威張れるのが日本かな。
 カスは仕方がないので部活では「精神論」で、始めから「根性」。力がつくと普通大抵の生徒は根性が出てきます。子どもには向上心や好奇心がありますから。ところが、カスは向上心や好奇心をまず潰していますので、「鞭」で責め立てるしかないのでしょう。そして、憂さ晴らしに暴力の体罰にね。報道の中に「体罰」関係の訴訟がありました。「顧問の指示と違う練習をした」といって体罰。顧問はあほか。体罰ではなく、どうして指示の練習が必要かを理解させる方が大切ですね。もし、それで生徒が理解できないという場合、「あんたの指示した練習がカス。勉強し直しなさい。」。学校の現場では「カス」が多すぎて「悪貨が良貨を駆逐する」の事例がごろごろしてます。いじめも増えてこそあって、減りはしないでしょうね。
 カスは勉強をしないので、野蛮な練習法を変えようとしないですね。そして、外野がうるさくなって仕方なくということか。でも、本心は変えたくない。カスは「自己満足」のため、生徒が犠牲になることを何とも思っていないのでは。そして、このような環境で育った子どもはそれを「不自然」とは思わないのです。そして、違ったことへの「怖さ」もあって、それをよかったと思い込む「合理化」で自身を誤魔化しているだけですよ。
 カスに指導されてきていると、練習や勉強で「考えたりする必要」がないので楽ですから、それに満足することになって、自分で「考える必要」な事象に遭遇しても「考えることが出来なくなります」。そりゃあ、「考える」というのは疲れます。が、やみつきになると、楽しいし、学力などの能力の伸びは大きくなります。「考えない」は伸びませんよ。教えられた程度に達すれば、非常によかったと思えます。高校生の科学オリンピックにいけるような生徒は高校の教師の範疇ではないです。遙か先にいっています。スポーツでもそのような場合も、音楽でもかな。音楽の場合は一流に指導をして貰うようになることが多いですね。ところが、スポーツはカスに指導されて続ける可能性が高いです。
 また、伝書鳩が寝ぼけた鳴き声で外国で鳴いたみたいですね。

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2013年1月14日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No23

 1月7日(月)、今年になって初めての訪問リハビリがありました。いつもより少しだけ間が開いた程度でのリハビリです。筋肉が硬直している感じの部分があるがいつもとは異なる部分であると言われました。ダンベル体操のついでにストレッチもとも言われました。足はお風呂の時にストレッチをしているつもりですが、腕はダンベルで違うタイプでしていたのです。方法を考えて見ます。
 1月8日(火)、ガスターの利用について、ネットで調べると視床出血では視床下部への影響などから、当初は必要のようです。この当初というのはどのくらいなのでしょうか。連用は胃部疾患の発見を遅らせたりする危険があるとも。また、ヒスタミンH2受容体ブロックということで心臓に作用して「不整脈」という可能性も指摘されています。やはり、医薬品の連用は注意が必要のようです。その割に医師が鈍感なのかも。室温を春や秋のぼちぼちぐらいにしていても左半身が震えています。右半身は平気。
 1月9日(水)、相変わらず左半身が震えています。血圧測定にも影響が出ているようです。
 1月10日(木)、歩行の時の左足の足運びが気になりました。まあ、ぼちぼちの足運びにするのに意識的にする必要を感じたのです。以前の時ほどきつくはないのです。左腕を頭の後方に持って行くのが幾分か楽になってきました。ダンベル2kgの上方差し上げも幾分か楽に。
 1月11日(金)、定例曜日の訪問リハビリがありました。腕の曲げ伸ばしの感覚は相当よくなっているという感じだそうです。指先で左右の手を合わせる動作で力を込めて押し合わせるのも幾分かできるようになりました。
 1月12日(土)、朝、いつものように散歩。ダンベル体操もしました。発症後初の宿泊旅行に出発。駅まで歩いて行き、鉄道に乗りました。乗り換えで路線バス。高速バスに乗るまでの時間に「点鼻薬」を忘れたことに気がつき、ドラッグストアにいって購入。ペットボトルの水を69円で近所のスーパーで購入。バス停に戻って、乗車。そのバスの次の停留所で下車。乗車時間46分ほど。後は歩いて宿に行きました。途中、手すりなしの階段を下りることに。遠回りをすれは階段はなかったです。降りる時間がかかりました。宿の階段をみたら手すりなし。エレベーター利用となりました。大浴場は邪魔くさいので部屋風呂を使用しました。洗面所は普通に使えましたし、今時ですから当然トイレはウオッシュレットになっていました。宴会場は畳。正座から直立や直立から正座が支えなしで出来るようになっているので問題なし。座ったとき足は投げ出したまま。特に支障は感じなかったです。
 1月13日(日)、いつものように朝まで途中でトイレに行くことなく睡眠できました。昨日、点鼻薬を買った効果です。発症直後に鼻づまりが原因でベッドから転落したような感じなのでドラッグストアがあったのは助かりました。他の同行同室者はトイレに行ってました。まあ、私の場合、下手な暖房をすると脱水症状になってしまう危険性が高いと思います。睡眠途中での水分補給が出来ないことになるからです。珍しく朝にビックベンが出ました。ある一定時刻になって欲しいと思うのですが、出血の余波かまだ不安定です。最初の見学場所では車イスを使いました。立ち止まって説明を聞くとかなので立ったままというのは歩くより疲れます。後はそれなりに時間が過ぎて、帰宅の時は近所の最寄り駅まで送って貰いました。鉄道を使い、駅から歩いて帰りました。両日とも歩数は減ってしまいました。

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2013年1月13日 (日)

同じことはいいことなのか

 2013年になって、景気回復への期待は大きくなっているようですが、自由民主党が打ち出してくる対策では?ということが多々あります。各地方の活性化ですが、そこにどれだけ若者が就職したいという職場があるのかということが大切だと思います。この職場というのは永続性が感じられる職場ですね。多くの地域で、その筆頭は農業のはずです。でも、長年の農業規制のお陰で後継者難ですね。だれが、年収50万円とかのところに就職しますか。年収1000万円以上を目指せるようにする必要があるのです。過去、多くの農家が年収1000万円以上を目指して拡大しようとしたときに立ちはだかったのが「皆同じ」という下でも「規制」だったのでは。多くの農家が挫折し、地域の衰退に拍車がかかったのでは。
 「皆同じ」というのは製造業の方にもあって「過当競争」ですかな。よりよい製品開発はよいとしても、この「よりよい」の中身が問題になるのです。商業で「コンビニ一人勝ち」とか言っていますが、ひょっとしたらコンビニが一番消費者のことを考えていたからでは。宅配業界で「ヤマト一人勝ち」みたいになってきていると言われています。これは「日本のわがまま運びます。」と小口荷物を運べるように規制と戦ってきたからです。今の日本では公共事業は一時的効果しかないと思います。如何にアマゾンドットコムやアップルみたいな企業、山形のサクランボ産地みたいな産地などを育てることが出来るのかにかかっていると思います。「規制緩和」も分野を間違うとバスタクシーみたいになります。過当競争のみね。ヤマト運輸のお陰で今日の通販があるのではという思いもあります。
 「皆と同じ」では中国で起こっている過剰生産などの弊害が起こります。「出る杭」が育つ社会に作り替えましょう。
 今の日本に蔓延していることに「一流を知らず」というのがあるのでは。それで手近なところで「皆と同じ」に安住してしまったり、過去の経験のみに安住してしまっているのでは。これは教育界にも蔓延していますね。アホみたいな順位競争。何がどうできるようになたとかがなしにともかく「順位」。一流も競争はしていますよ。アホとは比べものにならないほどの激烈な競争を。ただ、「××番」とかなどでは喜んだりしないということかな。

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2013年1月 7日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No22

 昨年の2月9日の視床出血のことからも、もともと血管から漏れやすいみたいので注意していきたいです。
 12月31日(月)、例年なら「掃除」をあっちこっちとしていたのが、限定範囲ですみました。もっとも、私がすると、「危険」や「時間がかかる」などの理由が出てきそうです。洗濯物の取り入れだけでまだ1時間近くかかったりします。ということは、干すのにも時間がかかるということですが、何もしなかったら身体機能が低下すると思うのでやっています。階段昇降をおこなうことが出来ました。一人で百貨店などに行くと基本階段利用ですが・・・。近くのショッピングセンターへも一人の時は「徒歩」です。荷物はない状態ですけれど。
 2013年1月1日(火)、新年になりました。朝、5時半頃に起きて、PCをして、それから犬の散歩に行ってきました。年賀状が届いたので整理をしたら数名出してない方からきていました。チケット屋まで買いにいってきました。郵便局と違って元旦にも営業をしていますし、郵便局より安いです。郵政会社は年賀状の売り上げが「ノルマ」で維持されているとでも思い込んでいるのでしょう。「ノルマ」の流れ品がチケット屋にあるのです。郵便局から直接購入からチケット屋に変わっただけということに気がつかないみたいです。これで、約3000歩分になるはずです。
 1月2日(水)、今日もショッピングセンターのチケット屋に年賀状を買いに行きました。3000歩以上になっている分が加算されることになったみたいです。10000歩を越えました。夕方、薄暗い中を犬の寝床を取りに出て、躓いて手を前でつき、軽く尻餅も。まあ、何ともなかったです。今日はにわか雨が降りそうだとみて、洗濯物を屋根のある部分に移動したり、取り入れたりしましたが、以前より2~3倍の時間がかかりました。
 1月3日(木)、母親と兄家族との恒例の新年会。豚肉のしゃぶしゃぶを食べに行きました。当然、歩行で杖は使っていません。母親に視床出血したことを知らせていないのです。もう一つ、肺がんも知らせていないです。昨年のお盆の墓参りの時はお墓では杖を使っていません。食後、実家にいってお茶をしましたが、まあ、何となく何もなく歩いて座敷に座り、立ち上がりを補助なしで普通にこなしてばれなかったです。このように出来たのは、「動いて当たり前、動かすようにするのは本人の意思」とばかり、生活(入院中を含む)してきたからではと思います。
 1月4日(金)、今日はいつになく左半身が寒いのです。暖房を強めるというのは右半身の温感をダメにするのではというのと、暖房で温度の高いのが不快なのです。ただ、過敏で寒く感じていても左半身側は震えていますので困ります。ファンヒーターは左側において温風を左半身に吹き付けているのに寒い。今日はしっかりと10000歩以上歩きました。いつもの百貨店の階段も、いつものコーヒー豆を売っている店のいつもの試飲もしました。
 1月5日(土)、案の定、歩行とかが減ったりしました。このようなことがあっても、週平均とかで補えているとは思います。食事とかでも毎食厳密には病人食ぐらいで平均して量とバランスが取れておればよいわけです。健康で長生きしている方が毎食厳密に食べている人ばかりではないと思いますし、厳密にしても不幸にしてということもありますから。でも、暴飲暴食や欠食などはよくないですよ。ぼちぼちですかな。と思います。
 1月6日(日)、昨日のこともあるので運動量には注意しようとしました。朝はNHKで「新ビジネス伝説 ルソンの壷」があるので間に合うように散歩から帰ったら歩数はいつもより少なかったです。ダンベル体操もしました。左腕を真上にあげるとかも意識的にしています。午後の買い物や散歩で歩数はぼちぼちになりました。スーパーの保冷ショーケースの縁の金具に触れてみたら、左手が高感度でした。いつになったら右と同じようになるのでしょうね。

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2013年1月 6日 (日)

過去の検証が出来ない国は???

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 2013年になりましたね。温暖化で「冬が寒くなる」と日経サイエンスに出ていました。スパコンで新たな観測データを使った解析での説です。まあ、しばらくはこの傾向が続くでしょう。そうそう、オーストラリアでは毎年の熱波、世界的に気象が不順になってきていますね。
 中国、インドなどの爆食、異常気象による不作と重なると日本向け食料の生産は打ち切り、途上国向けに切り替えられている現状がさらに進むのでは。TPPでがたがた言っているうちに世界は変わってきているのです。だれがうるさい日本向けの生産なんかするのでしょうか。生産が大幅に減少したときに穀物とかで「買い負け」が起こる可能性が十分にあります。
 TPPをよい機会にして、今までの保護策(規制で新規参入を阻止し、高齢化で細分農地のため後継者なしにした)の問題点を洗い出して、保護しながら自給率40%という無策から逃れましょう。
 「円高で」とか言っていますが、ドイツはマルク高、ユーロ高をともかく乗り越えてきているのです。なにか、経費削減、合理化以外の方策を取り入れるためのヒントがあるのでは。ドイツ、イギリスの食糧自給率は高いですよ。フランスは穀物では200%ぐらいだったかな、これより低いですが日本みたいなことはないですよ。
 過去の検証が出来ないから「原発事故は起こるべくして起こった」とも。過去から続く「思い込み」の酷さ。国あげて「思い込み」がここまで凄い国は珍しいのでは。「思い込み」で日本が潰れたり、発展してきたししたと思うのです。潰れたときの検証が特に大切なのにどっちもしていないですね。
 「思い込み」で「風が吹けば、桶屋が儲かる」程度のシミュレーションも出来なくなってしまった国。そりゃあ、過去の検証など出来ないですよ。だから、いまだに「公共事業」が景気回復に繋がると思い込んでいるバカ。国際発行増とかでもインフレ率2%で収まると思っているバカ。もっとも、こっちの方は国債償還が楽になる可能性がありますけどね。あの戦後の悪性インフレね。
 「景気回復は抵抗勢力の強い分野での規制緩和」であり、「初期投資がかさむ分野での規制緩和」ですかな。バスやタクシーみたいな小資本分野での規制緩和だったから「過当競争」になったのですよ。ボーダフォンが投げ出した携帯電話で競争が起こったので携帯電話市場が拡大したのです。アメリカでは「タクシー」は規制業種のようですね。「電力」が参入自由かな。日本は逆をしたため、高い電力料金、過当競争のタクシー、バスになってしまったのでは。

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