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2012年12月 3日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No17

 11月26日(月)、朝、雨が降っていました。犬にレインコートを着せて散歩に出て公園でなにか雨の日にしては歩きやすいと思ったら、杖を持って出るのを忘れていました。杖が絶対必要というのではなくなっていたのでこういうことになったのだと思います。役にたつときもあるのでまだまだ杖は必要とは思っています。今日はなぜか急に立ち上がろうとしてふらついたり、尻餅をついたりまだまだ安定性に欠けましたが、生まれてから一度も骨折はなし、今日も関係なし。骨を鍛えて記録更新を目指します。犬を捕まえようとして左手から床についてしまいました。感覚は幾分か戻ってきているので、感じとしては今のところ特になし。
 11月27日(火)、特定健診いってきます。ダンベル、ウオーキング、黒酢、納豆、クロスウオーカー(発症時まで、軽い圧迫でも血圧にリスク?)、その他(無塩料理もしょっちゅう)していても出るときは出るようですが、確率は低くできたと思います。しかし、私にとっては「当たり」と「外れ」のどちらかです。50%の確率、2つに1つだから。他から見たら低かったのかも。左半身に寒さが凍みる。左半身側の発熱が多くなっているような感じもするのです??。特定健診いってきました。「2~3週間後に結果を聞きに来てください。」ということのようです。病院より医院で測定する血圧の方が少し高い?。それでも、水銀血圧計はトンネル型電子血圧計より10~30低い感じがします。というと、トンネル型で130ぐらいの時の血圧は???。今日、近所の百貨店にリハビリをかねていって階段を下りていたときに従業員の方が声を初めてかけてくれました。「リハビリをかねて下りています。」といったら「気をつけてください。」とかいってくれました。
 11月28日(水)、朝、いつになくふらつきました。また、復活した部分があるのかな。再生される度に「学習」の繰り返しと思います。一気の再生はないのかも。夕方、花子との散歩で久しぶりに走ってみたら、今までより、安定的に少し長い距離を走れました。もう少しで小走りを卒業できるかもしれないです。目標は「ダッシュ」ができるというのと、ある程度長距離が走れるということかな。
 11月29日(木)、朝、右手中指(甲の方)つめの少し下側に小さな切り傷がありました。何時、切ったのだろう?麻痺したのは左です。朝の散歩で少し走りました。足運びが確かによくなってきています。徐々に速くしたいです。距離も伸ばしたいです。左瞼が感度アップ。感覚の復活に「一気」はないみたいです。
 11月30日(金)、朝、コンタクトレンズ装着時にちょっとしたトラブルが。左目の装着のとき、この頃は一発だったのが3回目にして漸く所定の場所に、前2回は瞼の外側にお尻が出ていました。右目は一発です。この頃は一発でしたが、左目の感覚がまた少し戻ったので異物としてコンタクトレンズを認識したのかな。それと、左目への装着時は左手の親指と人差し指で瞼を広げているのですが、角膜に触れるということがなくなってきました。訪問リハの担当者会議をしました。特にやばい話はなかったです。要介護4から要支援1に転落したことなどを話しているときにケアマネージャーさんが「驚異的な回復」とか話していました。そうだから、知らない人から見ると「症状が軽かった」と見えるのでしょう。
 12月1日(土)、午前中は特になし。ただ、防寒対策をして花子の散歩に行きました。午後も特にはないのですが、足の疲れというか硬直感がまた出ています。リハビリ、リハビリで状況はよくなると思っています。
 12月2日(日)、昨日の足の感じはよくなりました。特になしという感じです。雨が降っていましたので花子との散歩の時、右手に傘、左手にリードで出ました。公園のお山にも登りましたので、これを読まれた方の中にはドキッとされた方も。承知で杖なしで出かけました。荷物の種類の多い方が危険とも思います。
 消化管出血の出血時間は症状によって数秒・数分から数年とかあるようです。また、その時の出血の仕方で量は変わってきます。ところで、私の出血時間は夕方5時頃から翌午前2時か3時頃までで長くて10時間ぐらいまでと思われます。それで、出血はほぼ終了だったので助かったのかも。同じペースで続いていたらいくら何でも死んでいたかも。消化管出血では赤血球数がもっと減ることもあるのですが、それは造血量を少し上回るぐらいで長期(さあ月単位かな、年単位かな)にわたったときのようです。これから考えると消化管出血では「一気の出血」とも言えないこともないのです。下血でタール便続々と続いて出ました。まあ、5回から6回かな。回数はもっと多かったかも。俗にいう便は混じっていないという感じです。ほぼ血液のみの便続々なので多量出血かな。今はもしこのようなことになったら近所の総合病院に直行しますが、当時は開業医しか近所にはなかったというときです。止まらなかったら、はい、死んでました。消化管にはがんや潰瘍とかの病変は一切見られませんでした。ストレスでブチッと血管が破れたものと考えられます。今回の視床出血もストレスでブチッかな。
 もう一度、消化管出血の出血量の概算。消化管出血して入院、1週間ほどしたときの血液検査で赤血球数が約300万/1立法ミリメートルまで減っていました。通常は約500万です。私の血液量を推計すると約5リットルあったものと思われます。それが出血し、1週間で点滴等もあるので液体量だけは回復していると考えられます。すると、赤血球数の比率から3リットルぐらいに減少していたのだろうと思うわけです。長くて半日で1.5リットルから2リットル出血したと考えられるわけです。このようなことをここに記したのは医者が話を聞こうとしないからかな。だから、視床出血の時に近くの総合病院に拘ったわけです。医師の診察の第一歩は「問診」ですね。それも具体的に聞けるのならしっかりと聞くということですが、「思い込み」で聞いている医者が多いような気がします。「なら、何も言わないよ。」という気にもなります。
 この度の2月9日の頭の中のがさごそを「脳出血」とは思ったのですが、「脳梗塞」とは全く思わなかったです。それは消化管出血の前歴があったためと思います。
 介助を受ける身になって感じたことに入院中、自分でできないことへのいらだちがコンタクトレンズであったのです。これ、quality of life(QOL生活の質)が天と地ほどの違いが。歩行が出来ないとかよりこちらの方です。はっきり見えるようになるのに判って貰えない。見えない障害(外見でわからない)の一種とも言えなくはないです。歩行の方はリハビリで出来るようになればよいと思っていたのでどうってことはなかったです。実際、私の症状程度の人の中では回復が早いといわれていました。

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