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2012年11月26日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No16

 11月19日(月)、昨日からの足の硬直感はよくなってきました。歩きやすくなってます。左半身の気温への高感度は相変わらず続いています。左手の方の皮膚がかさかさに、右手はいつもの潤いが。考えられることは感覚神経の働きの違いによるとですかな。神経系再生に必要な脂肪酸は一応サプリでも補っています。左手小指をまた2回玄関扉で詰めかけました。原因は小指の位置感覚が回復しきっていないことで起こるのだと思います。歩数計電池切れしばらくアウト。
 11月20日(火)、朝、起きてすぐのトイレ行きの時のふらつきは少しよくなったみたいです。小便の時でも着座します。これが立ったまま出来るようになりたいです。小便だけで着座するのはこのときだけです。歩行時の腕の振りですが、右腕は杖を持っているのでそれなりです。左腕の振り具合が自然に近くなってきている感じがしました。ふと、腕の振りをと思って確認したらよくなっている感じがしたのです。足運びはそれほど意識していないのにまっすぐというか普通の歩行時みたいな感じです。歩数計電池交換しました。ねじ山を逆回しで壊しかけました。出血の影響?で方向を忘れていたのかな。歩数の割には腕時計のゼンマイの巻が悪かった。いつもだけど。インド料理を食べに行きました。カレーの方は美味しかったのですが、ナンの方は少し粉っぽい感じがしました。田園地帯にある別のインド料理店のナンの方が美味しかったです。
 11月21日(水)、市街地にある博物館に行ってきました。入場料は身体障害者手帳提示で済みました。交通費は半額になります。このような制度があるのは障害者も健常者も外出し、交流しようという前提だというのです。展示は今回は特別展のため、薄暗い状態だったのです。鑑賞しているとなぜか体の安定性が少し悪いのです。不安定。明るいところにでたら感じませんでした。耳の平衡感覚器が十分に戻っていないのかもしれないです。この前後の歩行とかに特に違和感はなかったです。館内だけ。やはり、視覚という感覚器からの情報は凄いのですね。転落したのも夜間だったというのは覚えています。不思議に感じること。聴覚と視覚については当初、完全に麻痺みたいになったが、意外と早く普通に近い状態に戻ったという感じ。視床を通っているが、今回の出血による影響は長引かなかったという感じです。入院当初の記憶はないのでわからない。聴覚も視覚と同様みたい。ただ、平衡感覚器の不調は未だ続いています。出血して意識不明になった期間があったのは確かなようなので・・・。歩数計復活記念なのか16000歩越えました。
 11月22日(木)、世間が冷えてきて左半身が寒い。右半身は特に寒いとかいう感じはないです。どうも感覚麻痺特有の回復期の過敏感覚だろうと思います。他の人の闘病記に「お風呂の床が異様に冷たく感じる」とかというのもありました。水道水の温感では左手の方が冷たく感じています。歩数は14000歩ぐらいまでなりました。足運びもよい方なのですが硬直感が強い。足の疲れも感じました。
 11月23日(金)、朝コンタクトレンズを装着したら、左目がまた感度よくなってきているのかしばらくの間異物感に悩まされました。しばらくで慣れてくれました。昨日、感じた足の感覚は消えていましたが、夜はどうなのだろうか?(午前8時頃)。どうも、博物館行きの影響が残っているようです。今日は祭日につき、歩数は激減です。それでも、約8000歩に近づきました。
 11月24日(土)、トイレに行く時間が早くなりすぎ、午前2時頃に行ってしまったら、いつもの目覚まし的トイレ行きがなくなり、7時頃まで寝ていました。2時間寝過ごしです。今日はラジオがつかなかった。明日は目覚ましもセットしよう。今日は母校の一つの大学の集まりにいってきました。鉄道乗り継ぎなどをしてきました。当然、付き添いなしです。某クラブの展示で話をしていたら、学科の後輩になる学生であるというのがわかりました。歩数はそんなこんなで10000歩を越えました。ダンベル体操をする時間が取れないのが残念です。
 11月25日(日)、コンタクトレンズ装着時の左手の使用感が少しよくなったみたいです。装着に必要な時間が少し短くなったようです。「少し」ばかりですが、それでも楽になったのは確かです。久しぶりにダンベル体操、まだ、やらない日があると、筋力低下する初期段階そのものの感じです。週1でもよいように鍛える予定です。再び以前のように10kgでできるように鍛えます。昨日のことは、歩数の割には疲れているようです。この程度では疲れを覚えないでよい体調にしたいです。
 視床の存在場所とかはネットで見て貰えればと思います。間脳にあるのですが、間脳は頭頂からも側頭部からも顔面からもあごの方からも一番奥にあるのです。ですから、よほどでない限り、開頭手術はしないということです。間脳とかの部分を脳幹といって生命維持の上で非常に大事な働きをしています。脳死判定の時に重要視されているのです。
 視床下部、視床の前下方にあって自律神経とホルモン分泌の中枢です。普通に視床といった場合は視床下部を含まないようですが、御近所ということです。それでなくても視床出血はやばいのに、こっちもとなるとさらにやばいわけですね。
 毎日の闘病記をホームページ10カ所、ブログ10カ所、日記1カ所、ノート1カ所の掲載や投稿は面倒なので週1回にしています。簡単な書き込みは「つぶやく」と「近況アップデート」に適時しています。

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2012年11月25日 (日)

TPPのことと国債のことなど

 衆議院選挙に向けて、いろいろ政見が出ていますね。TPPのことで農業団体は反対というところが大多数みたいですね。農産物が自由化されていない品目では農業規制などで多くが壊滅状態になっているのが理解できない人々が多数いるみたい。後継者問題は「農業に魅力がない」につきます。年収100万円以下の農業収入ではね。専業で後継者がでるような農家を増やしていくのが必要ですが、どうも今の農業団体などの主張では零細のまま、産業としての農業ではなく財産維持のための農業というのがあれままだも、惰性の農業維持かな。それを一見支援しているようで権限を守ろうとすることのみの官庁。このような現状を変え、産業としての農業を興すためには切っ掛けが必要です。その切っ掛けとしてTPP。保護策で壊滅していってした農業。ある程度国土面積のあるOECD加盟国最低の自給率にした農業規制。発想の転換を。加工すれば、農産物ではなく工業製品なので、昔からのチーズなどは規制の対象ですが、餃子は工業製品みたい。だから、毒餃子事件が起こった。カップヌードルご飯の米はカルフォルニア産のに当たったことがあります。カップヌードルは加工食品で工業製品かな。
 兼業農家が多いということは農業の集約化がやりやすいはずですが。専業なら「転業」という問題が起こりますが、兼業なら時間を少しかければいけるのでは。仕事の配分を変えるということですからね。
 景気とかで安部が何かほざいているようですが、リーマンショックの前でしょ。且つ、小泉政権の遺産がある時期でした。民主党はリーマンショック後で景気後退時期にアホしているのいう点があるので一概に言えないですが、経済指標が民主党期に安部の時より悪いのは当たり前。その上、ヨーロッパ金融危機もあったしね。自由民主党は共和党みたいなものかも。景気を悪くしておいて、民主党にせいにするというのは同じかな。
 国債ですが、詭弁として、「赤字国債」と「建設国債」を分けている国。国債はどう考えようと国債なのです。ですから、国債の日銀引き受けあるいは類似行為などすれば、インフレ目標達成どころか、経済活動や国家財政の破綻というのが視野に入ってきます。すでに財政破綻したギリシャより、国債残高のGNP比で上回っている日本。ギリシャはドイツなどのお陰で猛烈なインフレにはなっていないようですが、日本の場合は猛烈なインフレの危険性があります。製造業で稼いでも円の信頼性がなくなってしまうという事態が考えられる訳です。信頼性がなくなれば「円暴落」。そうすると、規制で潰された農業などがあるのでいろいろな生活資源を輸入に頼る必要がある国日本、規制で守っているといいながら自給率40%、食料の60%はもう輸入なのです。で、農家は国内規制で崩壊。実際沢山輸入しています。まあ、インフレですね。適度では済まないインフレ。公党の党首のいうことではないですよ。バカですよ。経済規模の小さかった頃の景気浮揚策にしがみついている。企業が大きくなって没落するときのパターンの一つに前例主義があるとか。それと同じ。公共工事による景気浮揚効果がないのは阪神大震災の時も、今回の東日本大震災でも実証されています。
 憲法改正のうち、9条では外野はどうするのでしょうね。中国では軍備増強の口実に利用しますよ。覚悟の上でしょうね。ASEAN諸国のいくつかが中国にさらに向く可能性も。「できること」というのは任期中に糸口もつけず「可能性」だけでもあればよいのなら、先の民主党のマニフェストよりペテンだよ。民主党はすべてについて努力はしたし、実行できた部分があるからね。
 復旧・復興事業は景気対策とか関係なくするものです。持続的な景気刺激策は「規制緩和」なのです。TPPは単なる号砲みたいなものですかな。スタートしないことには諸外国に置いてけぼりにされるだけ。江戸時代と違って今は海外に置いてけぼりにされると、どうなるのか、実例は御近所にもありますね。
 議論をして結論のでない国、日本。だから、成行で方向がかたまって行く国、日本。成行で後手に回った福島原発。これ、廃炉費用ばかり考えていたのでしょうね。最悪事故の時の費用にはだれも考えが出なかったのか、このときの雰囲気が成行になってしまったのかも。

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2012年11月19日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No15

 11月12日(月)、先週より久しぶりのお通じ。適度な堅さでまあ安心。下痢止めを飲んでいたら、便秘になったかも。右半身と左半身の気温の感じ方に違いがあるをはっきりと実感しています。握力用(30kg)で確認したら右手も筋力落ちてます。左手は話にならないほど落ちています。夕刻、足の硬直感が強く出た。
 11月13日(火)、昨日の足の硬直感はどこかへいったという感じ程度まで改善。歩行の足運びもよい感じです。くどいようですが、「感覚神経が復活→脳の再学習→動きが復活」の繰り返しでリハビリが進んでいるという感じです。兎に角、使ってみるしか復活への道はないようです。子どもの時の成長と同じです。顔のしびれている感じの範囲というか、違和感の範囲が今日も狭くなっている感じが。以前と比べると大幅に狭くなっています。ダンベル体操をしました。動作パターンを少しずつ増やしています。筋力が幾分か戻ってきて2kgについては大分気楽になりました。筋力とかは少ししっかりしましたが、感覚では腕の方はそう変化なしという感じですし、よくしびれています。寒さが厳しくなってきましたが、体の左半身の方が寒さが堪えますね。麻痺側の感覚が全身でも徐々に戻ってきているようです。ただ、部位別でのばらつきが大きいです。昨日午後6時過ぎ(もう暗い)、花子と散歩中、公園のお山に登って斜面を降りていたとき、くぼみに足を取られたが、杖で支えることができた。これ、普通の人でもやばかったかな。普通の時は杖なしみたいな状態で歩いていますが、役にたったということです。
 11月14日(水)、午前10時頃ダンベル体操中に2kgのが頭にゴツン。入院中に1kgがゴツンした感じとそうかわらなかったので大丈夫みたい。ただ、感覚が戻ってきている分がどう作用するかでひょっとしたらということになるかもしれないです。寒くなってきましたが、右半身は特に何ともないですが、左半身側が身にしみます。普通の時には特に寒いとも思わなかった気温なので、感覚麻痺から回復しつつあるときの再学習なのでしょう。でも、この高感度はちとつらい。頭にゴツンは午後8時現在、特に異常なしです。衣装ケース(10kg? 深さ40cmほど)の持ち上げは大仕事です。発症前は楽勝でした。持ち上げたまま歩くことも。今日は一度落としました。
 11月15日(木)、昨日のダンベルゴツンのその後は特になし。鉄の塊が頭にゴツンなので骨が脆いとやばいですが、年齢の割には、闘病しているにも係わらず、丈夫だったのですかな。あれ危ない、これ危ないと何もしないのならリハビリもクソないですからね。昨日、昼過ぎ当たりからのふらつきが結構酷かったです。今日はまた安定的に戻ってきました。左半身の冷えは相変わらずです。また、足のふらつきが出ています。感覚神経がいくつか繋がったのでしょう。それで、再学習して筋力のバランスが取れるようになるのかな。過去にも同様のケースがありました。硬直感のときもですが、繰り返し繰り返しがリハビリには必要と思っています。速効は期待していません。ところが、リハビリ関係者からみると私は早いほうらしいです。顔の違和感は上唇から頬骨の上あたりが中心になっています。また、狭くなってきた感じがします。コンタクトレンズのトラブルは3ヶ月連続でなしです。このくらいになると普通の状態の時並みかな。普通の時もトラブルあったりしましたからね。
 11月16日(金)、一昨日、昨日と続いた足のふらつきはおさまってきました。力を入れたときにはふらつきます。歩行に関する程度ではそれほどでもなくなり、今までより歩きやすくはなりました。ただ、走るということについてはまだまだです。ボール投げですが、左腕で無理なくオーバースローが出来るようになりました。投球距離はまだまだです。
 11月17日(土)、今日は雨。ダンベル体操しておきます。動作がそれぞれ日を重ねるにつれてしっかりしてきている感じです。歩行が余り出来ないときなどのため、ダンベル体操とか手軽なトレーニング法をする方がよい。歩行はわりとカッコよかったです。
 11月18日(日)、夕刻、花子との散歩の後、庭を歩いているときに右足にクギみたいなものが刺さっている感じが。靴の裏を探ってみるとクギみたいなものがあったので抜いてみたら「クギ」そのものでした。刺さったのは靴で先端が少し靴底に出ていたのです。怪我はなかったです。左足だったら救急外来に行くような事態になっていたかも。左足の硬直感が強かったです。
 前回の時、「消化管出血の・・・」とか書きましたが、その出血量の概算をしてみます。入院して1週間ほどしたときの血液検査で赤血球数が約300万/1立法ミリメートルまで減っていました。通常は約500万です。私の血液量を推計すると約5リットルあったものと思われます。それが出血し、1週間で点滴等もあるので液体量だけは回復していると考えられます。すると、赤血球数の比率から3リットルぐらいに減少していたのだろうと思うわけです。ですから、このとき一気に出血していたら、今回の脳出血はなかったと思います。このときの検査で問題になるほどではなかったのですが血液凝固が遅めだったという記憶があります。このときも三途の川でおぼれ生きしたのかな。2度あることは3度あるになって欲しいです。

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2012年11月18日 (日)

政権構想の理念が見えない

 11月16日に衆議院が解散されましたね。解散風を吹いていた自由民主党、公明党の言論からは政権構想の理念が見えてこない。マニフェストじゃなく「政治への理念」ですよ。単なる野合で、多数をとり、お山の大将になりたいというのはわかるのですが、そこまでです。郵政選挙の時が自由民主党では一番「政権の理念」がわかりやすかったのでは。だから、2/3以上取れたのでは。それ以前やその後は「血縁・地縁・金縁」かな。そのように国民が感じたのは安倍元首相の時の郵政造反議員の復党か。これ以外大した失敗はないですよ。にも関わらず、参議院選挙惨敗。よくそのような人物をまたもや総裁にした自由民主党。バカだよ。11月15日の党首討論でも安部さん負けですよ。自由民主党の体質だから仕方がないのかな。
 第三極も野合か?橋下の日本維新の会は好きにはなれないのですが、減税日本みたいなバカではないですね。今は国債などの発行残高を減らす必要があるときですよ。国債をだれが返すのですか。ハイパーインフレであっても損をするのは若い世代です。どう転んでも余命短いものにとっては今さえよければですかな。これは小沢と同じ。景気をよくするには規制緩和程度ではなく規制撤廃まで踏み込んで実行する必要があります。多くの農家の農業収入の多くがなんで年収50~100万程度なの?こんなのでは農業が再生されるわけないでしょ。跡継ぎも出ない。TPPする前に農業は潰されているのですよ。目を覚ましなさい。
 日本をギリシャみたいにする前に手を打つ必要がありますね。マニフェストは安っぽいものですよ。「捕らぬたぬきの皮算用」ですからね。それより、政治というか日本の国をどう立て直すのかという理念がどこも見えてこないのです。民主党は小泉内閣の時のような程度の官僚との対決もしていないですね。結局、官僚依存から抜け出せなかったのは「勉強不足」だものね。どこもだから、今度の選挙では「白票」にしようかな。または、野田首相の民主党なら民主党にしようかな。
 東日本大震災での人災部分の基礎は自由民主党政権時代に作られ、後手後手とか右往左往は民主党、そこに東京電力のアホが加わったと考えられるのでは。事故報告、大切なことが隠されたままになっていると疑っています。だから、アホという言葉を使いました。事業仕分けも含めてもっと役所の事業の詳細を公開するべきです。その結果をどのようにするかはその時々で考えましょう。「2位ではダメですか」などという前にどちらも勉強を。
 性差別主義者石原、子作りだけで考えるともうすぐ男が不要になるというのに何を考えているのだ。女性は石原に投票しないようにしましょう。

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2012年11月12日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No14

 しばらくは日常の報告を主にします。なにかネタを仕入れたときはそのことも書きます。
 11月5日、ダンベル体操とかは昨日より出来ました。3.4kgも差し上げることが。今日の歩行も足の動きは普通に前に出ていました。麻痺とかした際に見られる「回しだし」ではなく「わりと素直にまっすぐ」という感じです。これも、できたりする日と回しになったりする日とかがあったりします。結局は脳の継続的な再学習が必要なことで起こるのでしょう。
夕刻に月1回の通院。で、先月「次の時、血抜きをします。」といっておいて、忘れてた。もう、水虫の薬のこともあるので「血抜き」して貰いました。心電図も完全に忘れてる。「来月します」と言われました。薬だけは前と同じなので忘れず処方してくれました。で、帰りに別の医院で「特定健診」の予約をしました。
帰ってきてから、左足の裏が痛くなった。前から「装具」の当たっていた部分に違和感があったのです。その部分にです。退院して、装具は即使わなくなりました。でも、使用していたときの感覚が残っているのです。何時消えてくれるのかな。
 11月6日、ダンベル体操での左腕の動きは安定的に回復している感じです。まあ、一進一退的な面もあるので明日も同程度ならよしとして継続します。「継続は力なり」。
 11月7日、朝、散歩の時、左足の動きに「回しだし」を感じたので少し意識しただけでほぼ修正できたみたいです。感覚神経がまた少し回復して感覚のアンバランスが生じても脳がすぐ学習して修正できる程度にまで回復したのかな。そうなら、いいのですが。走ってみましたが、こちらの方も以前より安定的になってきました。走っている時に左足の靴が脱げたのですが、難なく止まってはき直すことが出来ました。
ダンベル体操は昨日同様安定的です。現在の重さですと毎日することが重要なのでしょうね。筋トレは「休息」というのも重要になりますが、それは今の重量より一桁重くなったらと思います。夕刻より嘔吐、夜間に嘔吐と下痢、胃腸風邪みたいでぐったりした日でした。
 11月8日、嘔吐は止まりました。下痢は残り分がちびちび。昼には止まりました。夕刻、特定健診を予約した医院に行ってきました。まあ、ぼちぼち。処方された薬の内、2剤は飲みましたが、3剤は薬箱の肥やしになりそうです。
 11月9日(金)、昨日の寝過ぎや早寝で午前4時起き。でも、いつもは5時起きなので1時間早いだけ。昨日いけなかった花子(わんちゃん)とも朝の散歩にいってきました。「お帰りモード」へのスイッチがはいるのがなぜか遅かったです。ですから、いつもの朝の散歩の歩数より500歩ぐらいは多くなりました。今回の件での薬は1剤だけに、前からのと合わせて4剤服用しました。一昨日の歩数は6000歩以上ぐらい、昨日が2700歩ぐらい、まあ、風邪とかいっている割には歩けたと思います。今日は11000歩越えました。しかし、少しキツイ。回復力が衰えたみたい。鍛え直します。ダンベル体操再開しました。
 11月10日、昨日の影響が少し残っていますが、復調してきました。今回処方された薬の内、3剤は全く使用せずに済みそうです。抗生物質はへまに利用すると耐性菌を作るだけになりますので、飲むならすべて、飲まないなら全く飲まないのどちらかですね。顔での痺れや硬直感みたい感じの部分は耳の部分を中心にして残っていますというか、左右の中心線当たりは普通に戻ってきていて耳の方の部分に残っているという傾斜になってきている感じです。
 11月11日、朝、花子の散歩。雨のため、歩数は減少。よってダンベル体操。腕の痺れがいつもより強い。ただ、顔での違和感の範囲が狭くなってきていると断言できるような感じになっている。感覚神経の再生では腕が最も時間がかかるという話です。諦めないということが再生への道だと確信しています。
 次のようなメモをCT写真のコピーの裏面で見つけました。2月11日(土) 15:20  ヨーグルト(125ml)ストローで飲む
                                            ジョア            〃
                                     16:00  いちごヨーグルト 1カップ      のみです。転落はこの後(何時間後かとかは記憶にありません)だったような気もします。
 訪問リハで聞いた話。床ずれ(褥瘡)は有名ですね。前にも書きました「起きましょう」というのを何も考えずにすると椅子でも同様のことが起こることがあるというのです。体にあった椅子で時々座る姿勢というかお尻の椅子との接触部分を変えるとかの必要のようです。第一は体にあった車イスや椅子です。私の場合は体格的に標準品で適合したみたいですし、同一姿勢が長時間になるとよくないことを知っているので、麻痺していない側の足や腕を使って時々、座る位置や姿勢を変えるようにはしていました。トイレに行って用を足すというのもよかったです。リハビリやシャワーとかお風呂とかに行くと姿勢や座るときのお尻の位置が変わりますから褥瘡の予防に効果があると思います。
 また、発症時のことになりますが、出血後(脳に異変)、麻痺を感じ始めたのは数十秒程度。歩行も。数分後には左腕の麻痺確認。10~15分後程度で一旦意識を失ったようです。これで、自損事故。その後、病院到着直前まで意識があったりなかったりです。救急車がどのあたりを走行しているのかが気になっていました。せめて、病院到着までと思っていたのですが、先に意識不明、で、時々意識が戻るので「コンタクトレンズはずして」とか言えたのです。典型的な視床出血症状のようです。出血量ですが、概算も教えて貰っていないので、よくわからないです。10mlで死亡率に大きな差が、ということで10ml以下だったみたいですが、入院時の状況等からは自立生活復帰割合は低い症例みたいだったと「視床出血の予後について  ー入院時の意識レベルとCT所見の立場からー」(脳卒中13:99-106,1991)という文献から推定しました。消化管出血の100分の1以下の出血量だと思います。納豆や黒酢など血液さらさら対策をしていなかったら出血量はもっと少なかったのかもしれないです。
 冗談話をひとつ。入院して2日目当たりでベッドから転落しましたが、その後の方が意識がはっきりしているのです。これはひょっとして転落事故の時、時を同じくして私の魂が三途の川で渡し船から転落しておぼれ生きしたのではと空想したりしてます。左半身麻痺だから泳ぎは出来ません、当然おぼれ生きしますから。閻魔の庁に向かっていたのが戻ってこれたので、意識がはっきりとしてきたのかな。渡し船の鬼の船頭、後で「始末書」を書かされていたりして。残念ながら臨死体験といわれるような記憶はないです。桂米朝「地獄八景亡者の戯れ」の聴き過ぎの愛好家かな。

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2012年11月11日 (日)

大学を4ヶ月ほどで造れるとでも思っているのか。

 大学の認可についてはほぼ田中大臣全面降伏の形になりましたが、まだまだ誤るだけでは済まない問題が残っています。それをどうするのでしょうか。
 ところで、今回の問題ですね。いろいろなものつくりや制度などを作り上げていくときの時間感覚が全くないという気がしました。来年4月開校の学校が認可を受けてから5ヶ月で造れるとでも思っているのかということです。中古物件の校舎で高給でとかで適当に人選した教員とかを集めるのなら出来るかも。まあ、応募者はいないと思います。書類審査だけですると不実記載などの不正が入り込む可能性が。認可の時期と校舎建設や教員人選などの時期は今のように並行して段階的でよいとは思います。
 大学の質は世間が教育をどう捉えているのかということによります。今のように相対評価的な発想では向上しませんよ。大学での学びの最低限とはなにかとか、世間の大学への評価の問題、まあ、これらは小中高にも言えます。文科省の学力テストの平均点とかの公表、それによるランキング(大抵は地域の所得水準に準拠)とかですね。そして、悪い方は教師の責任?初任校であとの転勤先の学校レベルが大体決まるような県もありますが。教育委員会と校長がバカなところです。大学の質は大学だけの問題ではないのです。そして、世間の状況はさらに悪い方向を向いています。その一つが大阪かな。
 民主党が政権公約でダム工事中止を掲げましたね。そして、例ですが群馬県八ッ場ダムで中止と発表したらそこら中から反対が出ましたね。ダムとは1~2年ぐらいで出来るとでも思っていたのでしょうね。30年も懸けているとは。まあ、その方が予算が途切れませんし、調整に時間も使えるしで都合がよかったのかも。
 世間知らずの上、勉強不足をさらけ出した政権でしたね。(過去形)しばらく野党に戻って勉強し直してください。というて、次の選挙、どこに投票して良いものか。白票しかないかも。
 次の政権を取ったところにお願い。国会議員を大臣に使わないでください。最初の国会で法律の変えてください。広く民間から人材を求めてください。過去に人選の範囲を特定して問題を起こしたことが。例えば、現役将官に限るとかです。

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2012年11月 5日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No13

 10月29日、ダンベル、3.4kg、まだ、動作の種類も少ないですが徐々に安定してきています。目標、1動作10回を目指します。出来たら、増量ですかな。最終目標は発症前と同様にダンベル体操が出来ること。リハビリ病院の目標にはなかったです。
 10月30日、コンタクトレンズ装着に対しては一進一退の感じを受けながら徐々に前進しています。左手の指の感覚と左目瞼の感覚が少々戻ってきているみたいです。発症直後に比べたら格段の違いと感じています。左手にコンタクトレンズを持たせてもまだ存在すら感じていないです。左手のリハビリでの目標達成は何時になるのでしょう。でも、使わなかったら、使えないままになるので諦めるわけにはいかないです。運動量確保のため、回り道とかも始めました。
 10月31日、今日は朝からなにか調子が悪かった。夕方の散歩では足の硬直感が強くなっていた。また、感覚神経がさらに少し復活したみたい。左側の温度感覚も全身的に少し回復したみたいなのですが、感度が右側より少し高いみたいです。感覚の学習のし直し中かな。今日も11000歩越えました。
 11月1日、昨日、左目でコンタクトレンズに結構強い違和感が出たのですが、朝、コンタクトレンズを装着するときに少しずれたのです。昨日のことは感覚が戻ってきたことによるみたいで、眼の筋肉で所定の場所に落ち着いてくれました。感覚神経回復の時にすんなりとはいかないことが多いみたいです。そして、再学習してからが本当の回復ですかな。足の感じもよくなっていますが、よく観察しないとわからないかも。
 11月2日、特に進展はなかった。リハビリは時間がかかりますから、毎日進展が感じられるというのは?かな。
 11月3日、入院中、起こらなかったが恐れられていたこと、「転倒」がありました。大抵、多くの患者さんは骨もボロボロになりますので「転倒」→「骨折」→「寝たきり」に繋がりやすいからですね。また、麻痺側での骨折等は痛みを感じない、感じにくいので骨折等がわかりにくいということもあります。で、転けました。麻痺していない側の方の衝撃の方が強かったです。でも、筋トレなどや早期のリハビリ、歩行等の再開などで骨がそれほど痛んでいなかったみたいです。この前の小指の時も異常なしでした。やはり、筋肉を使うということが重要なのでしょうね。階段昇降は足の筋肉を歩行以上に使うので骨を鍛えるのによかったのかも。
 11月4日、昨日の転倒に関しては異常なし。手足の硬直感が強い。体操とかしてほぐすようにはしています。動きはぼちぼち、歩行は久しぶりに感じよく、ということは感覚神経の再学習かな。2kgのダンベルを今日は差し上げることが出来なかった。昨日は出来た。一進一退ですかな。

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2012年11月 4日 (日)

科学技術や文教で野田首相、足を引っ張られそうですね。国務大臣には民間人を。

 2012年11月2日に田中文部科学大臣が認可を見送った「文部科学省の審議会が来年春の開設を認可すると答申した秋田市、札幌市、愛知県岡崎市の3つの大学」についてネットですが、簡単に調べて見ました。最近、文科省に存続を認められなかった某大学に比べると、非常に母体が安定しているという感じが。大学の質の問題は新設より既存の大学ですかな。今頃、大学を設置しようとするのはそれなりの覚悟を持ってやっていると思います。それより、第2次ベビーブームの学齢期による受験数増加程度を当てにして雨後の竹の子的に増えたり、学部増設に走ったところの方が問題でしょう。そして、学部増設とかしていなくても時代に合わなくなったところも。
 勉強していないこと丸出しの判断ですね。野田首相、どうする気でしょうか。
 あの事業仕分けで「2位ではだめなのですか。」と言った議員がいましたね。勉強していれば、あのような発言は出ないはずですよ。スパコンは現代においては「道楽」ではなく「必需品」であることを知らなかったということか。もっとも、文科省の役人も役人でした。今回は役人関係なしかな。
 大学の質を言うのなら「出口管理」で淘汰させればよいのです。これなら、新設、既設関係ないですからね。それと、学生の質の分野別基準もね。大学入試の方でしたら、入学者の基礎学力基準を設定すれば、学力は向上するし、大学数も減ると思います。どうして、新規参入を阻止し、既存業者を守ろうとするのでしょうね。新設3大学が不認可で既存大学などで助かるところが出そうです。
 国務大臣には民間人を。もう、国会議員はこりごりです。

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