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2012年10月16日 (火)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No10

 10月15日に2kgのダンベルを作ろうと思って10kgのを引っ張り出して箱をよくよく見たら、シャフト0.6kgで止め金具0.3kg2個、プレートが1枚1.1kgで普通は2枚一組かな。プレート8枚つけて10kgです。最低では1.2kg(プレートなし)で次は3.4kg(プレート2枚)かな。2.3kgはプレート1枚なのでバランスが悪くなります。筋トレを少しずつ再開したいと思います。足は歩行や階段昇降でも鍛えられますが、足以外の部分や足でも歩行とかのときには余り使わない筋肉もあるのでと思います。
 10月15日現在で顔で違和感のある範囲が前より少し狭くなったようです。また、コンタクトレンズの装着具合から感じる感覚もよくなってきています。ここ2ヶ月はコンタクトレンズでのトラブルなしです。左手と右手の温度感覚のズレ(どちらかというと左手の方が過敏?かも)の解消には相当時間がかかりそうです。リハビリは脳での再生による部分も大きいのですが、その部分を担当するようになった神経細胞を鍛えることでリハビリが進むと考えられるのです。すると、いろいろ体験させたり繰り返し鍛えたりする必要があると思います。子どもの学習と同じことかも。「大事に」と使わない、あるいは介護者がしてしまって自分でさせないというのはリハビリを遅らせることに、あるいは障害の固定化を意味するのかもしれないです。左手で作業させると右手の何倍も時間がかかったりします。でも、出来るだけ作業をさせるようにしています。ただ、利き手が右なもので、もともと左手は不器用だったというハンディがありますが。「痺れ」の範囲は少し狭くなった感じもしますがまだまだしっかりと続いています。
 着替えですが、靴下を穿くとき以外は立ったまま支えなしで出来るようになりました。靴下も左足の時は立ったままでも出来るときがあります。これもやってみてわかることです。試してみるということが必要です。
 小走りも時々やっています。もう、少しで走れるようになりたいです。
 訪問リハビリで左の上腕の筋肉の感覚がある程度戻っているようだと言われました。ただ、前腕のほうは上腕に比べて戻りが遅いとね。眼を閉じた状態でどのような曲げ方とかを答えたり、左右の手を合わせたりする動作で判断しています。これも繰り返しするほかないのでは。
 平衡感覚ですが、ふらつきがあるといえば「ある」です。でも、以前ほどではなく、朝(午前5時頃)起きたらすぐにトイレに歩いて行きます。あるといえばということなどでそれなりにふらついてますが、歩行とかに支障を来すほどではなくなりました。入院中はベッド上で10分ほどからだを起こしてから歩いていたのに比べると著しい改善だと思っています。入院中も日中は車いすか椅子に座っていてベッドには寝ていないです。
 10月15日にmixiで見つけた産経新聞配信の記事『消えた吸引器…個々に合った「車椅子」で介護の質が変わる』というのがありました。読んでみると人間起きている時間帯にはからだを直立させることの大切さが書かれていました。私は知らずに実践していたことになるようです。脳を活動させるには骨格筋からの刺激が必要というのです。「朝からあくび」には運動不足という場合もあるということです。脳が元気に活動していてこそ「意欲」が出てくるのでは。そのためには座りやすい車イス、自分で移動させやすい車イスというのが必要なのでは。実際、病院の車イスは長時間座るものではないですね。でも、私は座っていました。寝ているより脳は働いていたと思います。まず、「リハビリの第一歩は上半身の直立から」ではとも思いました。出来るだけ自然な状態でからだを起こしていることの出来る車イスやベッドや椅子テーブルを。私の経験ではベッドで起きているより座りにくい車イスでも車イスの方がよかったです。

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