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2012年10月29日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No12

 3月にリハビリ病院に転院して、ST(言語聴覚療法)のリハビリが始まりました。「深呼吸をしましょう」といわれて、出来ないのです。どのように深呼吸をしていたかを忘れてしまっていました。視床出血なので運動神経は損傷を受けていないはずなのにです。歩行でも忘れているのですね。ですから、「繰り返し」基本の練習になります。筋肉の収縮(運動)は運動神経と感覚神経とがセットになって意味のある運動が出来るのですね。
 乳幼児期には我々は何度も何度も試行しながら動作が出来るようになるのです。それをこの頃の親の中には忘れて「すぐ出来る」とかの不届きなことに取り憑かれているのが結構いるみたいです。リハビリも乳幼児期の成長もはじめは出来なくて当たり前、それを徐々に出来るようにしていくという点でも同じです。あくまでも「徐々に」です。
 10月22日、某百貨店の階段で1階から4階まで1段飛ばしで登ってきました。まあ、ゆっくりですけど、徐々にならしていきたいです。腹筋やダンベル体操は徐々にですから、先週と余り変わりなしです。
顔の痺れの範囲が少し狭くなったみたい。
 10月23日、走りですが、感じとしては大分よくなってきたみたいです。それでも、左足のぎこちなさはあります。これも、毎日繰り返し少しずつ走るということをするしかないようです。朝コンタクトレンズ装着の時、左手の使用感(左目の瞼を開ける)というのが楽になっていました。この感じが続くことを期待しています。今、キーボードを叩くに両手とも「人差し指」に変えてみました。最近は「中指」しか使っていなかったのが不思議です。普通は「人差し指」だよね。ダンベル体操はいつもと同じ程度しました。
 10月24日、花子との散歩でいつもより楽にというか何となく「走っている」という実感が持てるような走りに近づいていました。これも毎日練習している賜ですかな。ただ、左足など左半身側の感覚はまだまだという感じがしています。もっとリハビリに励む必要があるということです。感覚が戻りつつあるのは確かですのであきらめずに続けることです。無理をすると以前より簡単に問題が起こりそうな感じがしています。問題が起これば、この最悪時より悪くなってしまう可能性があるので注意しています。
 10月25日、いつもと同じように花子との散歩、ショッピングセンターへは2往復、階段は普通に1階から5階まで往復など、そして、うろちょろ。歩数は久しぶりに10000歩をはっきりと越えました。この頃は9000歩前後が多かったです。
 10月26日、27日いつものような感じで生活して特に書き記すことはないです。強いていえば、妻との外出では歩数が減少します。階段はほとんど使わないことになったりします。
 10月28日、雨のため歩数減少。痺れは相変わらずで久しぶりに睡眠に影響が出たみたいです。コンタクト装着はいつもより順調でした。
 競技としての運動と体力を維持し少しは向上させるための運動の違いと同じところについての思うこと。
 どちらも全身の筋肉を出来るだけ万遍なく使ってというところは必要でしょう。ボルト選手、上半身も立派な筋肉ですね。あれは走行中上半身を安定させるために鍛えたのでしょう。普通の人は、普通に起きているとか歩行中に上半身が安定していないと寝たきりになってしまいますね。でも、起きているということで鍛える程度でも役にたつようです。ボルト選手は筋トレしたのでしょうね。目的の違いかな。
 さらに筋力の限界とか目指すのではないときには自ずと運動の範囲が制限されることになるのでは。また、以前、日本では下半身を鍛えると称して「うさぎ跳び」をさせていましたね。これ、筋肉や関節を痛めるだけとして、漸く弊害のあることが浸透してきました。いろいろな運動でもさらに強度の強い方が常に有効とはならないのです。その人の状況によって変わってきます。しかし、「普通に歩行できるように目指す」とかいうのはリハビリでは当然、目標に出来ます。「100mを10秒で走る」はほとんどの人のリハビリ目標にはならないです。実際、私のPTでの目標は表向き「犬の散歩が出来る」で犬と一緒に「ドッグラン」は入っていないです。本音にも「走る」は入っていないです。リハビリの範疇ではなくなるのでしょう。
 ところで、階段歩行ですが、今までの研究によれば、「1段飛ばし」まではそれなりに日常生活での有用性がいわれています。ところが、私が今までに調べたり読んだりしたものに「2段飛ばし」はなかったです。足の使い方が「うさぎ跳び」に近くなっていくような感じなので弊害があるので普通は取り上げられないのかもしれないです。普通の階段昇降はその有用性は十分にあります。「1段飛ばし」は普通の昇降と違う筋肉の使い方になるというのです。普通のと併用ですね。そのほか、後ろ向きの昇降もその有用性はいわれていますが、普通はしませんね。

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2012年10月28日 (日)

暫定的にはこのぐらい?「防護計画は30キロ圏内=原発事故」

 2012年10月24日に報道された「防護計画は30キロ圏内=原発事故で規制委員長」というのがありました。ま、暫定的にはこの程度かなと思いますが、「絶対安全」とかを言い出すと福島第一原子力発電所の事故と同じ騒ぎが起こるかもしれないですね。
 「絶対安全」なら防護計画などいらないですよ。でも、人間の作ったものはうまいこと大事故を起こさずに使いこなしているものもあるのですが、意識が低下するとこの前の化学工場の事故のように拡大させてしまいますね。福島第一原子力発電所もこのタイプだったと思います。
 そして、図がいくつか出ていましたね。日本は西よりの風が多いのですね。ところが、福島第一原子力発電所の時は東寄りだった。風向きと風速次第でかわるといっていましたね。
 イタリアで地震の予知みたいなことでアホみたいな判決が出ましたね。自然災害や事故が予知できるのなら、今回でも福島第一原子力発電所の事故はないですよ。如何に緊急事態に対応できるように対策を立て、「廃炉」になるような操作でも危険回避のため、優先される決断がすぐ出来る方が重要では。今回の事故で原子炉はよくできていると思いました。今回は人災だと思います。普通は「学習」されるはずですので危険性は相当低くなったのでは。

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2012年10月22日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No11

 前回、左手を出来るだけ使うと書きましたが、パソコンのマウスは右手で使っています。これは発症前も右手でした。発症前キーボードは右手中指打ち、お箸は当然右手のみだった。だから、気をつけないと「左手を使わない」になってしまいかねません。
 階段ですが、10月16日、遂に1段飛ばしに挑戦しました。難なく成功です。但し、連続ではしていないです。普通の昇降での安定度は一時少し悪くなったのですが、最近は入院当時より安定してきています。全体的にはリハビリ効果が出ているようです。病院は運動をする人にとっては結構しやすいところです。広い(長い廊下)し、階段にも手すりがあり、疲れたらエレベーターで戻れます。どこの病院でもとはいかないです。手すりのない病院もありました。その点、リハビリ病院は大抵広く運動しやすいのではと思います。まあ、階段も出来るだけ毎日毎日登り降りする方がいいですね。何日か間を開けると、その分だけ逆戻りしている感じがします。これは、歩行とかいろいろなことでも同様ではと思います。
 10月17日、階段の1段飛ばし、やってきました。14段のところで一気に上れました。まあ、ゆっくりですが。発症前から降りるときは1段ずつにしています。この方が安全で速いですから。降りるとき、踏み外すと転落事故の危険があるので1段ずつ確実にです。とにかく、筋肉を収縮させましよう。そして、筋肉を伸ばしましょう。関節を動かしましょう。力を込めた運動をしましょう。脳を活性化させるためには毎日起き上がり、歩き、ものを持ったりとか筋肉を使いましょう。
 10月17日に3.4kgのダンベルを左で、5kgを右で数回やってみました。左は見ていないと頭の方によってきていました。衝突はしていません。徐々に回数を増やして楽に出来るようにしたいです。ランニングも400歩より少し多いぐらいをやってみました。こちらは以前より大分安定してきている感じです。近い将来、「全力疾走」ができる程度に復活目指します。つま先立ちをしてしまいました。まあ、ぼちぼち出来ました。
 10月18日も3.4kgのダンベルを左で、5kgを右で数回やってみました。左は前日同様、「ローマは一日にしてならず」と言う結果。腹筋は大分発症前に近づいてきたのが実感としてわかります。「継続は力なり」かな。1週間ほど前から再開して毎日していました。過去の遺産(発症前)も役にたっているようです。ランニングも昨日よりしっかりしてきました。階段の1段飛ばし今日もしました。ただ、足の感じがよくないなあと思っていたら、効果覿面、昨日よりふらつきましたが、挑戦を重ねるにつれて安定してきました。どうも、足の感覚神経がさらに一部再生して、その情報も含めた情報で再学習していみたいです。昼食時にサプリを食べたせいなのでしょうか。効きが速すぎるような感じです。
 10月19日、朝着替えは完全に立ったままでしました。靴下穿きもです。犬の散歩で昨日より速めに長めに走ってやったら気分がよかったみたいです。即帰ろうとすることはなかったです。走るのも毎日少しずつ練習しています。だから、走れるようになったのでしょう。注意していたつもりが、玄関の引き戸で左手小指を詰めてしまいました。すぐに外科にてレントゲン撮影をして貰った結果、骨には異常なしでした。麻痺した方ですから、異常を感知できないときもあるというので念のため診察ということに相成りました。入院中に風呂で床にゆっくりと寝転がってしまったときとは衝撃が違いました。鋭かった。
 10月20日、昨日の傷口をみると、薄い皮膜みたいなのが出来ているようです。痛みは感じないです。(笑)ダンベル体操で動作の種類をぼちぼち増やしています。腕の痺れは相変わらずあります。
 運動をしないと高齢者の筋肉はヨボヨボに、骨はボロボロに、感覚器はヨタヨタに退化してしまいます。そして脳が活性化されないので認知症にもかな。防ぐのは「一に運動、二に運動、三に脂肪酸を含む栄養、四に知的刺激と脂肪酸を含む栄養、五に運動」と考えます。知的刺激では、文武両道、入力と出力の両方が必要な行動を伴う刺激かな。知的刺激が二だったりして。ここでいう「文」とは俗にいう「勉強」、「武」とは「文」で学んだことの出力。昔の学問は「兵法」が主だったですかな。両方ないと負けますから「両道」。部活動と勉強の両方という意味ではないのでは。すべての学問は「出力」がないと意味がないですよ。「出力」だけでは、なんで行動しているの?になりますよ。徘徊とかね。
 人類誕生で脳の発達についていろいろ言われています。直立したからだとか(だから、起き上がりましょう。)、両手が自由に使えるようになったからだとか(だから、手で作業をしましょう。)。この二つともからだを動かそう、筋肉を使おう、そうすると、脳が活性化するよと言っているようなものですね。さらに動物の特徴は「動く物」、だから、リハビリも介護も「一に運動、二に運動、三に脂肪酸を含む栄養、四に知的刺激と脂肪酸を含む栄養、五に運動、」かな。リハビリは脂肪酸に特に注意。あ、これ介護でもですね。
 痺れですが、腕に痺れが一番強く出ています。足はそれほどでもなくなってきました。顔の方もです。やはり、感覚神経は腕には沢山あり、顔より遠いので再生に長くかかっているのでしょうか。

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2012年10月21日 (日)

遠隔操作ウイルスによってあぶり出された警察・検察の体質

 今年になってからの三重、大阪などで遠隔操作ウイルスによる事件が発覚しましたね。そして、三重県の方で遠隔操作ウイルスによると見られると警察等が思ったようですね。それを公表したのはよいことなのですが、問題点がいくつかまた出てきました。
 遠隔操作ウイルスはサイバー攻撃の時に使われているというのは常識かな。さらに別段サイバー攻撃の時だけに使うものではなく、「なりすまし」にも使われているという可能性を警察ともあろうものが考慮しないというのはいかがなものでしょうか。電子メールでライブドア事件の時、民主党の前原元代表がしくじりましたね。改竄しやすいのですね。大阪の障害者団体を装った団体の郵政不正の事件で元検事が改竄してだったですか、ただ証拠申請はせず内部告発で・・・というようなこともありました。
 IPアドレスも使われたというか乗っ取られたPCを特定するのには役立ちますが、昔から「トロイの木馬」とかいろいろなウイルスで発信元にされていたということを考慮するという思考をIPアドレスでPC特定で停止してしまったのでしょうね。だから、補充捜査をほとんどしていなかったのでは。日本の冤罪事件の多くは地道で緻密な補充捜査をしていないということが問題ですね。東京電力女性社員殺害事件のネパール人被告の冤罪でも集めた証拠を鑑定しただけで冤罪と判明しましたね。逮捕で思考停止してしまったのでしょう。
 それと自白して調書も書いたという誤認逮捕者の出ていますが、これこそ「録音録画」しておれば、どのような状況で尋問を受けた側の人物の性格とか取り調べ側の人物の性格とからいろいろ情報が得られるよい機会であったのにそのチャンスを逃がしてしまっています。実際強要とか誘導をしていないのかもしれませんが証拠がないですね。逮捕された人が誘導されたと言い張った場合はどうするつもりなのでしょう。警察・検察にとって有益な情報が得られる事件だったのにと思います。それを単なる思い込みで失ってしまったというのが今回の事件かな。本当に警察や検察にとって冤罪をなくすためには過去の捜査や取り調べの検証というのを避けて通るわけにはいかないです。これを避け続けるのなら冤罪はなくならないです。

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2012年10月16日 (火)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No10

 10月15日に2kgのダンベルを作ろうと思って10kgのを引っ張り出して箱をよくよく見たら、シャフト0.6kgで止め金具0.3kg2個、プレートが1枚1.1kgで普通は2枚一組かな。プレート8枚つけて10kgです。最低では1.2kg(プレートなし)で次は3.4kg(プレート2枚)かな。2.3kgはプレート1枚なのでバランスが悪くなります。筋トレを少しずつ再開したいと思います。足は歩行や階段昇降でも鍛えられますが、足以外の部分や足でも歩行とかのときには余り使わない筋肉もあるのでと思います。
 10月15日現在で顔で違和感のある範囲が前より少し狭くなったようです。また、コンタクトレンズの装着具合から感じる感覚もよくなってきています。ここ2ヶ月はコンタクトレンズでのトラブルなしです。左手と右手の温度感覚のズレ(どちらかというと左手の方が過敏?かも)の解消には相当時間がかかりそうです。リハビリは脳での再生による部分も大きいのですが、その部分を担当するようになった神経細胞を鍛えることでリハビリが進むと考えられるのです。すると、いろいろ体験させたり繰り返し鍛えたりする必要があると思います。子どもの学習と同じことかも。「大事に」と使わない、あるいは介護者がしてしまって自分でさせないというのはリハビリを遅らせることに、あるいは障害の固定化を意味するのかもしれないです。左手で作業させると右手の何倍も時間がかかったりします。でも、出来るだけ作業をさせるようにしています。ただ、利き手が右なもので、もともと左手は不器用だったというハンディがありますが。「痺れ」の範囲は少し狭くなった感じもしますがまだまだしっかりと続いています。
 着替えですが、靴下を穿くとき以外は立ったまま支えなしで出来るようになりました。靴下も左足の時は立ったままでも出来るときがあります。これもやってみてわかることです。試してみるということが必要です。
 小走りも時々やっています。もう、少しで走れるようになりたいです。
 訪問リハビリで左の上腕の筋肉の感覚がある程度戻っているようだと言われました。ただ、前腕のほうは上腕に比べて戻りが遅いとね。眼を閉じた状態でどのような曲げ方とかを答えたり、左右の手を合わせたりする動作で判断しています。これも繰り返しするほかないのでは。
 平衡感覚ですが、ふらつきがあるといえば「ある」です。でも、以前ほどではなく、朝(午前5時頃)起きたらすぐにトイレに歩いて行きます。あるといえばということなどでそれなりにふらついてますが、歩行とかに支障を来すほどではなくなりました。入院中はベッド上で10分ほどからだを起こしてから歩いていたのに比べると著しい改善だと思っています。入院中も日中は車いすか椅子に座っていてベッドには寝ていないです。
 10月15日にmixiで見つけた産経新聞配信の記事『消えた吸引器…個々に合った「車椅子」で介護の質が変わる』というのがありました。読んでみると人間起きている時間帯にはからだを直立させることの大切さが書かれていました。私は知らずに実践していたことになるようです。脳を活動させるには骨格筋からの刺激が必要というのです。「朝からあくび」には運動不足という場合もあるということです。脳が元気に活動していてこそ「意欲」が出てくるのでは。そのためには座りやすい車イス、自分で移動させやすい車イスというのが必要なのでは。実際、病院の車イスは長時間座るものではないですね。でも、私は座っていました。寝ているより脳は働いていたと思います。まず、「リハビリの第一歩は上半身の直立から」ではとも思いました。出来るだけ自然な状態でからだを起こしていることの出来る車イスやベッドや椅子テーブルを。私の経験ではベッドで起きているより座りにくい車イスでも車イスの方がよかったです。

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2012年10月14日 (日)

姫路の日本触媒の事故と原発の事故から思うこと

 日本触媒姫路化学工場で爆発事故がありました。新聞によると係員の化学物質に対する知識の問題が取り上げられたりしていました。岩国の事故でしたか、プラント全体で使われている化学物質の反応性がわかっていたらやらないであろう普通の非常時操作だけをしたようです。最近感じられることは現場力の低下かな。
 そして、これの遠因としては会社幹部の製造現場での状況を適切に理解できないようになってきているのかも。化学反応というのは「連鎖反応」もよく使われますね。普通ならどうってことのない状態でも非常時には反応が爆発的に進むことも。最悪どのようになるのかの想像力の欠如が現場では出来なくなってきているのでは、ということは経営幹部に非常時に最悪どのようになるとかという想像力の欠如ですね。
 原発でもアメリカから「電源喪失」についての対策が求められたのに日本はすべての原発でしていなかったですね。「外部電源が長時間喪失することはない」とかいってですね。阪神大震災で家庭用ですが、電気の復旧に手間取っていました。あの震災より巨大な地震に見舞われたら、長時間外部電源喪失の可能性が想像できなかったようです。そして、GEのいいなりでつけた非常用装置をまともに使えなかったというのが実態でしょうね。
 スリーマイル島の事故の際、「日本では起こりえない」とか見栄を切っていましたね。ですから、現場の運転員に訓練をしていなかったのでは。それも役にたつ装置を実際に作動される訓練をね。海水注入もなぜアメリカからもいわれなければならないのでしょうか。東電幹部には「廃炉費用」の金額だけしか想像できなかったのでしょうね。
 これらの要因の一つに日本でしかといっていいような「文系理系」の分野わけですかな。ですから、初年度の事業仕分けで「2位ではダメなのですか」と世界の科学技術情勢を全くわかっていないアホが威張って日本を潰しかけるわけですね。
 もっと幅広く深く勉強しましょうよ。

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2012年10月 8日 (月)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No9

 先日、救急で受け入れてくれた病院に行ってきました。入院時お世話になった看護師さんが「あ、歩いている。」と驚かれていました。看護師さんにとって滅多にない退院後の訪問であったようです。なにせ、死亡率も高く、寝たきりや認知症にもなりやすいという視床出血の患者、麻痺が酷くてベッドから転落した患者が付き添いもなしに歩いてきたということがひょっとしたら珍しいのかも。半年も経っていない時期にです。
 ここまで回復できたのは「ちょっとやり過ぎ」程度で「ここまでできるようになった。」とか確認できたのが楽しかったからですね。ちょっと出っ張らないと違いはわかりにくいかも。それと、前回書いた中にあったように、リハビリ状況というか麻痺の状況を客観的に観察するようにすることがとか思います。「・・が出来るようになった。」と実感できるのがリハビリでは大切なのでは。それも患者自身の努力によってです。
 リハビリの中に私らみたいな疾患では「高次脳機能検査」というのがありました。大抵の患者さんは「しんどい、2度としたくない。」とか言っていました。結構多岐にわたる検査でした。記憶に始まって立体空間認識とか認知力とか等々です。日頃、いろいろ興味を持って多方面に頭を使っているとそれほどでもないと思いますが・・・。検査項目の目的は検査の段階である程度推測できましたので・・・。ただこの検査で「3~5桁の数字を聞いて逆順で答える。」というのがあって「ずる」を考えているうちに終了。次回はなし(涙)。「ずる」とは手と足の指に覚えさせると記憶が消えないのですが、どう割り当てるか考えているうちに終わりということです。大抵の患者さんは素直に覚えて答える努力をしたのでしょうね。そりゃ疲れますわ。この検査も遊び心で受けている分には楽しいですよ。どうも、「真剣に」とかで精神的に「余裕なし」とかいうのが嫌いでした。状況をその時々に考えれば「楽しみ」とかはあるか、他のことをする余裕がでてくると思います。ただ、こっちの方ばかりになると本命の方がメチャクチャになりますよ。それと、「受け身」だけの娯楽というのはよくないかも。
 リハビリと虐待とは全く別物なのですが、患者に「元通りになりたい」とかの希望がなければ、単につらい時間になってしまうのがリハビリでしょう。STでちょっと冗談で「いじめている」といったことが。一例ですが、私は「ぞ」と「ど」と「ろ」の発音は気を入れてしないとメチャクチャになっていたのです。STの発音リハビリのなかに「ロードローラー」なる単語がありました。私をいじめているみたいな単語です。その時に冗談で「いじめてる」とね(笑)。おかげで楽に発音できるようになりました。まあ、これ以外にも沢山発音のしにくい組み合わせをよく考えたものですね。よくなっているはずですが、STのリハビリがなくなって元に戻っているかもという気もします。これが「リハビリは続けるものだ」という根拠の一つに。
 闘病中(現在も含まれているはず)結構早い時期からネットが出来るようになっていたのですが、「闘病記」というよな感じで記録を残そうと思ったのは9月になってからでした。mixiのつぶやきには近況報告みたいなのを書いていましたが。次回は出来るだけ早くから「闘病記」を記録していきたいです。(笑)

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2012年10月 7日 (日)

国際感覚なしか、日本は

 中国がアメリカやパキスタンで新聞広告を出しているようですね。ここまでなったのは日本政府のドジと最大版図をふたたび支配下に置こうとしているみたいな中国かな。過去の勢力範囲が国境になるのなら世界中国境紛争だらけですね。実際そのような地域が多数ありますし、中東のグルド族みたいに列強に引き裂かれた民族も。
 ところで、日本と世界大戦を戦ったドイツは今は国境紛争なしかな。ドイツと日本の大きな違いは「戦後処理」への取り組みの違いですね。そして、本来は日本領であるべきところでも敗戦後、はっきりと確定交渉をしていなかったツケが。なんで、韓国と中国とに領土で共同歩調を取らせたのかという問題があります。本来、共同歩調できないはずです。ベトナム、フィリピンなどとは日本は協調が出来るかも。なぜ、引きずり込まないのか???
 中国で共産党と国民党が戦っていたとき、共産党に参加するか、国民党に参加するかは村にどちらが先に来たかによるとたしか「雑談 昭和への道」で司馬遼太郎氏が述べられていたと思います。ですから、中国4000年汚職の歴史が繰り返されることに。まあ、領土で中国ともめている国は多数あるのでそこらあたりを使わないのかなと思いますが、そのための根回しをしている感じは報道からは完全に感じられないですね。日本が中国に強く出れない理由の一つに「戦後処理」を適当にしてしまったというのがあると思います。これはもう無理でしょうね。朝鮮や中国などで「1000年経っても忘れない」ことをしてきたということです。大分前のNHKの番組にパレスチナのことを取り上げたのがありました。その中でパレスチナ人が「私の祖先は十字軍に殺された」と答えていた人がいました。日本みたいに「水に流す」民族は例外的だということを認識できていない政府かな。

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