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2012年9月30日 (日)

普通に子どもを愛しましょう

 この頃、またいじめや虐待などのニュースをよく耳にします。その原因の一つに「愛されたことのないものは愛し方がわからない」とかいうものです。すべてがこうではないので愛されなくて育っても他の人をまともに愛することの出来る人はたくさんいます。逆に愛と関知できないという感受性のなさで愛なしで成長してしまったのと同様の状況を示す人もいます。
 でも、最近は子どもを単純に愛する人が減ってきているのではと思います。その原因の一つに「相対評価」というのが蔓延りすぎたということがあるのではと思います。「相対評価」ということで、子どもの成長を待てなくなったのもと思います。子どもに行為の責任の取らせ方があやふやというか、悪い方法が横行しているのかも。大津のいじめによる自殺についての報道の中に「<大津・中2自殺>女性教諭重傷で被害届…批判受け校長方針」というのがありました。これ、報道によると教諭にとっては公務災害ですね。労災で治療したのでしょうか。労災にすると原因者負担を求められることがあります。この場合ですと、「負傷させた生徒と両親」かな。少なくとも申請したのだろうか。
 健康保険での治療は出来ない、もしくは健康保険団体が代位請求するようにしたのだろうか。それが「教育的配慮」が感じられる方です。こっそり、健康保険で治療は「野放し」にしかならないですよ。親への見せしめも必要ですよ。大抵、親が大馬鹿だからです。もめれば「告訴」や「損害賠償請求」をするというのも必要です。本当は自身の行動に歯止めが出来るようにするのは親の責任と思います。そして、それが「愛」。よりよい行動には「積極性」に取り組める状態にしようとする意識をつくるようにするのも「親の愛」です。今はどちらも出来ない親が増えているような気がします。そして、他と比べてでしかこどもを見ない大馬鹿親が増えていると考えます。
 「愛する=甘やかす」だけと勘違いしているバカ親、「愛する=厳しく」だけと勘違いしているバカ親、などなどなので「普通に子どもを愛する」というのは難しいですね。
 最近、日本維新の会の橋本代表が「従軍慰安婦」問題で「強制連行」なら証拠を示せとかいったというのです。弁護士というのを疑いたくなる言動ですね。当時の状況等を考えれば殺された人に告訴せよといっているのと同様だということに気がついていないことになると考えます。前の光市の母子殺人事件の弁護士に対する懲戒請求も弁護士ならあのような言動は出ないはずです。被害者の遺族からは出されても弁護士なら弁護とは何かをわかっていたらでない言動ではないでしょうか。

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