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2012年9月15日 (土)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No5

 左腕の痺れは相変わらずですが、7月上旬頃より少しは楽になった感じがします。この痺れも脳出血の結果、神経細胞がやられてその代償機能を周りの細胞がしようとして起こるようですね。ネットでは脳出血後1年半ぐらいまでは酷くなっていく場合が多いとか。「繰り返して言いますが、後遺症ではなく、脳は自分を直そうとするための反応だからです。」とhttp://okwave.jp/qa/q4363497.htmlで質問に答えられている方が書かれていました。そうかなと思います。兎に角、何か作業をさせているとそれほど痺れを感じないときもあります。麻痺からの回復には「運動する」というか何か作業などをし続けるのも方法かなと思って腕や手を動かしています。1歳8ヶ月の雌の柴犬と戯れるというのもしています。なでるというのも多いのですが、家族が仕事に行った後の駐車場で簡単な追いかけっこなどもするようにしています。これは「走る」ための練習にもなります。犬は適度に相手していてくれているようです。別段訓練はしていない犬です。
 リハビリ病院で「痛い、死にたい」とか叫んでいた患者さんがいましたが、今となって考えると「視床痛」だったのかも。もしそうなら、関係者がメンタルヘルスするべきですよ。していたのかもしれないでが???です。しているなら私に「動くようになるのですか」と聞くような患者さんはでないのでは。メンタルヘルスが出来ていないところは病院に限らず多いですからね。でも、多くの患者さんは私みたいに「リハビリで復活するぞ」と思って病院に向かったわけではないです。前向きにさせるのも病院の役目かも。入院当初、症状が落ち着いた頃に担当医は家族に「一生車いす生活の可能性もある。」といったといいます。これをいっておかないと訴えられる可能性があるので仕方がないでしょう。でも、この一言があっても私は「復活するぞ」でしたが、大抵は「動くようになるのでしょうか」などの方になってしまいます。入院当初に私が引き起こしたベッド転落事故ももし頸椎損傷とかなら「病院の管理責任」が問われているでしょう。どうしても最悪の場合で対応しないといけないことになりますが、病気治療でもリハビリでも患者のモチベーションを下げることになります。私は入院する毎に回復への意欲は強くなったように思います。
 最初の入院の時は「消化管出血」で、出血が止まってからですので特に意欲についての記憶はないです。ただ、このときの出血中は「死」が頭をよぎりました。後の検査結果から推計してみると、ほんの2~3リットルの出血だったようです。「一気」の大量ではなかったので死ななかったということかな。私はお酒は飲まないので関係ないですが、お酒の一気飲みはダメですよ。次の肝腫瘍は不安が少しかな。まあ、良性でしたし肝臓なので特にはないですが、入院中の散歩を始めたのはこのときでした。階段の利用もです。退院後思ったのは「もっと体を動かしておけばよかった。」です。この後、ダンベル体操などを始めました。次が肺がん。喫煙歴なしです。綺麗な肺でした。入院した日から病棟9階から2階とかに階段で往復です。「死」とかは思わなかったですね。「治るのだ」。このときに転移があるかどうかで脳のCTを撮り、血管が鬱陶しいので「脳血管造影」でこちらは異常なしですが、CTすれば写りますよということです。手術後もうろうろ出来るようになった日から用もないのにうろうろ。そして、手ぶらになった日からは階段復活です。この3日目かに主治医と9階階段扉を開けたところでばったり、「まだ早い」のお言葉を頂戴しました。妻にいわせると「気楽な性格」とかに見えるみたいです。だから、4回入院したのですが、後になるほど楽しかったです。
 今回はリハビリということで回復状態が目に見えますので回復していくことで非常に楽しく感じました。急性期の病院では看護実習生がついてくれたし、理学療法士、作業療法士の各セラピストさんとは楽しく話しながらのリハビリでした。リハビリ病院でも理学療法士、作業療法士、言語聴覚療法士の各セラピストさんと楽しくリハビリに励みました。どちらの病院でも当然、医師、看護師、看護補助員さんのお世話により、リハビリが楽しく感じられるようになったと思っています。どれかが面白くなかったのなら、全体がつらいものになっていたかもしれないです。
 2012年9月13日に再確認したこと。左手の感覚が戻ってきつつあるのですが、感じ方が右手と違うのですね。水道水は右手より冷たく感じます。食器洗い乾燥機で洗い上がったのは右手より温かくです。学習させておく必要を感じました。結局は子どもの成長と同じような感じの部分もあるということかな。
 要介護度の認定ですが、先日結果がきました。要介護4から転落して要支援1になりました。別段頑張ったわけではないのです。それだけリハビリが進んでいたということですかな。

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