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2012年9月29日 (土)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No8

 視床出血、脳出血、脳卒中、脳梗塞などの医学的なことについては他を検索していただければと思います。ここは、私自身、一人の患者をある程度、客観的に時には主観的に見て記述しています。参考になる点があれば幸いです。今回は漏れる以前の状態について記述したいと思います。
 この2月に視床出血したわけですが、例年は12月に胃カメラ検査をして貰っていました。ところが、直前の昨年12月のは今年の4月にでもと思い飛ばしてしまいました。例年は検査日の前に2ヶ月ほど血圧測定をしていました(ぼちぼち正常)が、やらなかったのです。一応「白衣性高血圧」みたいなので。ですから、直前の血圧状況は???です。その前年とかそれ以前の血圧はある程度わかりますが。相当前の血圧測定でトンネル型電子血圧計で170ほどたたき出したので呼ばれて医師が直接水銀の血圧計で測定して「まあまあかな」と様子監視の処分になりました。それで、血圧測定を始めたのです。でも、直前はしていなかった。だから、血圧が普通でも出血していたかもですが、高血圧の対策をしていたら出血はなかったかもといわれました。
 ただ、電子血圧計にしろ、水銀血圧計にしろ測定現場での測定方法(大抵は姿勢)がええかげんな場合が多いですね。測定姿勢で血圧は結構変わります。測定を続けておこなうだけでも面白いデータが得られるとか。1回目と2回目で2回目の方が高い人が高血圧になると下がりにくいとかがあると某大学(経済などで有名な国立大学)医学部で聞いたことがあります。手首式とか上腕式とかがありますが、正しい姿勢で測定するのが大切なのでは。入院中に同室の方が上腕式で毎朝自分で測定されていました。そして、テーブルを変えたら(高さが少し変わった。)血圧が10ほど変わったといっていました。血圧測定はデリケートなのにプリプリ。ああ、血圧が上がる(笑)。
 以前の病歴などから、ここ10年ほどは「体のどこかで血が漏れるのでは」という意識はありました。ただ、脳でそして視床で漏れたのは想定外だった。最近も右腕で出血跡が。麻痺したのは左側です。いつ出血したのだろう???
 exciteのブログ http://paralyzed.exblog.jp/page/2/ に書かれていたこと。「思い込んじゃって」がその日の題です。他の日の分がありますのでスクロールして読んでみてください。リハビリのヒントが他にもあります。

     思い込んじゃって

  自分を よく観察してやることです。

  些細な変化も見逃さないようにする…

  そうすると、案外「前に進んでいる」ものです。

  人差し指の「掌」側だけでも何百のグリッドがあって
  そのうちの2?3の感覚が戻っているのかもしれない…

  怪しいと思ったら確認してみて
  「ああ、やっぱり戻ってる」なんて
  そういうことが重なって、やがては「面的な変化」に繋がる。

  それなのに「変化しないや」って
  ロクに確認もしないで、思い込んじゃって
  リハビリ止めちゃうから

  症状もかたまっちゃうんじゃないでしょうかね。

 というのがありました。そうだと思います。そして、他の人が回復していたら「あの人は症状が軽かった」と決めつけてリハビリのつらさのいいわけにしている。わたしは他の人のリハビリの状態を考えたことはないです。自分自身のリハビリを如何によくして機能回復に繋げるかは考えましたが。
 まあ、症状をしゃべってくれる人が細かく話してくれたときは見当はつきましたし、「この人、リハビリ遅れちゃっているのでは」と思った患者さんもいました。ただ、リハビリは「自分は自分」と楽しく取り組みました。
 車いすを使っていた頃、4月だったと思います。車いすに乗ったまま一人でエレベーターを利用してもよいとの判断が出されました。ようは事故防止の観点から車いすの操作およびエレベーターの操作が安全にできると判断されたということです。で、1階に一人で降りて、探索が始まりました。そして、「散歩」もです。その時の楽しみの一つに「暴走」というのがありました。どのようにするかというと、足ブレーキを使わないでよさそうなところで「加速」し、あとは惰性で走行ですね。これは病室のあるところでは危険で出来ません。足ブレーキで急停車できる速さにしておく必要があったからです。それでも「暴走族」ですからね。他の患者さんが遅いということか。その時わかったこと。病院で使っていた車いすは左にカーブしながら走行しているということが。そして、この散歩とかで出血後、初めて一人で外気に触れることが出来るようになったのです。やはり、外はいいですね。5月になって杖歩行でもエレベーター可になりました。探索の範囲が広がり、歩数も多くなってきました。1日10000歩達成。そして、階段可で常に1日10000歩達成。1日15000歩もちょくちょく出しました。朝6時頃の散歩、当然階段昇降です。朝食後の散歩、リハビリには階段、間食の買い出しにも階段。夕方の散歩とかですね。手のリハビリの方はコンタクトレンズのことがあるのでそれなりに取り組んでいました。普通の患者さんは「外泊」の方が運動するというのですが、私は歩数激減です。病院は広いですから歩数を稼ぎやすかったです。
 どこまで回復できるかに挑戦中ということかな。完全麻痺状態から考えると「劇的」らしいのですが、まだまだ回復の余地はあります。そこを小さくしていくためにリハビリは続けます。リハビリを止めると逆戻りということもあるのではと思います。

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