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2012年8月31日 (金)

闘病記(視床出血)  左半身完全麻痺からの復活  No2

 2012年8月22日記録の続き2012年8月31日記録
 2012年8月22日記録の記述と重複する部分が多いと思います。
 視床出血で半身麻痺になったわけですが、病院に行こうとしたときから「リハビリで復活する」と決めつけていました。視床出血とわかって、「運動神経」は無事であると確信しました。気になったのは不随ということで筋肉が減少すること、筋肉が固着してしまわないか、骨の密度の低下などです。「動かないままならどうしよう」とは一度も思わなかったです。どこまで復活できるかは確信が持てないのですが「必ず復活するのだ。」という意識は強かったです。ですから、自宅リホームに際して「歩いて帰る」とか思っているのですがいえなかったですね。入院中に15000歩達成でしたし、退院した翌日から近くの駅までの往復を歩いています。それで、出来るだけ「平常」に近い生活、例えば、朝6時頃に起きて夜9時頃に寝るとか。日中はからだを起こして車いすに座っているとか、それなりに筋肉を使うようにしてました。
 リハビリの遅れる原因の一つに「動くようになるのでしょうか」と入院中に私に聞く患者さんがいました。動かすのは「あなたです。自分でやってみたください。」とはいえませんでした。返事に困りました。私は決めつけているみたいなものですから、「リハビリは楽しい」でしたがつらかったのでしょうね。入院中に「リハビリはしんどい」とかよく聞きました。自分の現状の受け入れが出来ないのもあったのでしょうね。「役にたつ」とすぐに実感できることを期待しすぎていたのかも。今の風潮が「即効性」ですからね。そのようなことを考えるとリハビリは「蟻の歩み」や「カタツムリの歩み」より遅いかもしれないですから。人間は寿命が長いからいろいろなことが起こるのです。そして、ゆっくりと回復していくはずなのですが、使わないとなると結構速く「退化」してしまいます。
 今までの私の勉強したことから考えると「本人の意欲」ですね。それと周りの環境ですね。もし、同じ病室に「沈没傾向」の患者さんだけだと回復は遅くなったりするのでは。13年ほど前の入院の時、私より後から入院してきた患者さんが私と見て落ち込まずに手術を受けられ、退院されたようです。私より後なので、回復されているはずですがわからないです。私と同程度なので今も近所で生活されていると思います。入院当初は落ち込んでいました。肺がんでしたから。
 ところで、今回、入院中にあった「服薬指導」役立たずでした。血圧の薬、これはその人の血圧変動に合わせて服薬の時間が指定されるものなのですが、「朝食後」ですが説明なし。過去に私自身の血圧測定では日中が高かったのでまあよいか。ということは朝食後ではなく「朝・時頃」ではと思います。朝抜きや朝食時間が大きく変動する人には意味がないかも、あるいは弊害が。爪白癬の薬、これは毎日同じ時間にのはずなのでまあよいか。服薬で「食後」が多いのは飲み忘れを防ぐためだそうです。あと一つは胃薬なので「食後」でよいかなと思いました。

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