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2011年1月 9日 (日)

勉強の目的

 2011年もはや9日になりましたね。ところで、時々、書いている「勉強の目的」ですが、最低限の目的数は2つかな。そのひとつはよりよい人間になるための基礎を学ぶというものですが、これは果てしがないですね。この目的にも使えるのですが、「勉強の方法をつねに考えて鍛える」という面かな。これは、どの方面の研究するかとかいうために使えるのでいろいろ役にたちますね。
 そのほかには「立身出世」のためとか、「世の役にたちたい」とか、「よい成績」とか、あるのですが、基本的には前の二つができなうとあとの方は空回りしますね。
 2011年1月8日の日本経済新聞文化面「私の履歴書」(商船三井最高顧問生田正治氏)の中で氏が通われた慶応義塾大学教授の話「どの専門分野も2年間で究めることは到底できない。要は常に課題を見つけて自ら考える力をつけること。課題に対してどう知恵をしぼるか、頭の中に解決のためのインデックス創ることだ。自分のゼミはその道場だ」というのがありました。これは、勉強法の鍛錬こそが必要だということの表れだと思うのですが、基礎として十分な教養があってのことでしょうね。
 勉強というので、「目的」達成のためにはなにかこれをすればよいというのはなく、やはり、まずは「よりよい人間になる」ための幅広い役にたつ教養。それをもとにより深く教養を深化させるための方法という組み合わせというのがいつの時にも必要な最低限かな。「これを覚えればよい」というようなものは人間形成の初期にはあっても、よりよい人間になっていくときには役にたたなくなって行っているようです。

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