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2008年9月19日 (金)

国語力の大切さ

9月15日の日本経済新聞教育面のコラム「挑む」に『「受験で問われる国語力」論理的に文章読み解く」』というのがあります。
塾講師をしている著者が関わった生徒の話から国語力の意味を語られていました。
「問題文を根拠を取って、理詰めで正解までたどり着くプロセスを学んだかどうかは大きな違いとなって得点に表れる。」と書かれていました。
確かにそうだと思います。一日おきにこのような書き物をしていますが、いつも、「読みやすいか」「わかりやすいか」などを気にしながら書いています。読み返してみると自分でも?と思うようなところが出てきて冷や汗を出しています。
理詰めで正解にたどり着けるようになると、理詰めのわかりやすい文章を書けるようになっていっているとも思います。
さらに、数学の問題文は数式だけですか?。理科の問題文は?。地歴は?。全て日本では日本語で書かれていますね。そして、それぞれ教科特有の意味を持って使われています。国語力としてそれらを理解しているのと、単に字面だけを丸暗記したのとでは大きな違いがあるのです。
理解し使える言葉、それを利用して文章にする能力があるのか、ないのかは国語だけに留まらず、全教科に影響してきます。
大学入試センター試験で、文章読解力で解答できる問題を多く含む教科が国語以外にも結構あります。
個別の大学入試で長文読解型の理科の試験をしているところがあります。
まずは、用語を「理解し使える言葉」としておくことから始める必要があります。次に、文章の形に表現してみて「意味が通っている」ようにしてみると幾分かは練習になると思います。
このようなことを書きながら、意味不明のところがあるかもしれません。ご容赦下さい。

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