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2008年8月26日 (火)

学習とはなにか

8月25日の日本経済新聞教育面で塾の先生が書かれているコラムで取り上げられていました。
東京のある国立大学附属高等学校で生徒募集に際して学校側からお願いですかな、「本校を受験しようと思っている皆さん及び保護者の方々へ」と題する一文です。その中に「本校は、有名大学に生徒が入学できればそれでよし、などとは考えておりません。受験勉強的な学力、すなわちどうすれば大学入試において、すばやく容易に一点でも二点でも多くの点数を取れるのかなどというテクニックには、こだわっておりません。生徒各自が主体的に、学問に対する絶えざる好奇心・誠実さ・判断力・創造性を培うとともに、自己の心身を鍛え、また他人に対する思いやりをはぐくみ、本校卒業以降の人生・学問に資すべき幅広い視野・思考能力・知識・態度・意欲等を養うことを強く求めてまいりました。そして、その結果として現在の本校が存在することを認めていただきたいと思います。答えはいつも一つだ、その答えまたは答えを苦労せずに導き出す方法を早く教えろなどという生徒や、勉強のみ得意で掃除も満足にできない生徒などは、本校には不向きであると思われます。本校においては、勉学も掃除も等価値であります。以上のことをご理解いただいた上で、本校入学をお考え下さい」とあります。
すみません、ほぼ全文に近いです。プレジデントファミリーで取り上げられていた岡山白陵高等学校では数学は必ず「別解」も考えさせるというのですね。進路実績こちらもいいですね。「答えはいつも一つだ、その答えまたは答えを苦労せずに導き出す方法を早く教えろなど」を否定しているところは同じですね。灘中学校も論証に時間を割いているということです。こちらも生徒にいろいろな考え方による証明を推奨しているとか。
そして、「勉強のみ得意で掃除も満足にできない」のも困りますというのです。大体、汚れている(散らかっていると少しずれます)学校というのは評判を落とし、学力も低下していくようです。これは、学校ではないのですが、イエローハット取締役相談役鍵山秀三郎氏が日本経済新聞(2006年3月31日文化面)に書かれていた「トイレ磨きは心磨き」と通じるところがありますね。よく訪問したときに「トイレを見なさい。」といわれますね。トイレに、そして清掃にその心構えが現れることをいっているのでしょう。
学習とは、「将来、よりよい人間になるため」、「将来、したいことをするための基礎をつけるため」、そして、「生きていく上で常に向上していくため」におこなうものですね。
そこでは、答えなど誰も与えてくれません。自分で調べ、考え、判断していくしかないのです。学校での学習はその基礎訓練にすぎないと思います。そして、自分の未来のために必要な能力をつけていくのです。
大学入試等は、本来、そこでの学習に必要な能力があるかどうかを見るものであると思います。それを単なる競争試験とだけ考える人が大多数を占めるようになったのが今の日本かもしれませんね。競争試験は差がつけばそれでよいのですから、レベル低下が起こりやすくなるのも仕方ないのかもしれないです。

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