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2007年6月23日 (土)

沖縄「慰霊の日」に際して思うこと

6月23日は沖縄戦終結(日本軍の組織的な戦闘が終了した)ということになっています。今年も糸満市摩文仁の平和祈念公園で、50回目となる「沖縄全戦没者追悼式」が開かれました。
第2次世界大戦に突入したドイツと日本の違いは何だったのでしょうか。
ドイツは「ナチス」ですね。ヒトラーを党首とする政党が独裁政治を始め、そして、戦争へと進んでいきました。ドイツは、「ナチス」が戦争へ導いたともいえるのですが、戦後体制は、如何に独裁を防ぐか。また、国民教育として「狂信状態」に陥らないようにするために「大戦」を掘り下げて教育しています。
日本は陸軍がとかいいますが、官僚として軍人が導いていた?ということになっています。日本には「ヒトラー」みたいな人物はいないのです。それが、集団になるとある意味、「ナチス」より「狂気」状態だったかもしれません。その一例がノモンハン事件に対する対応ですね。
死傷率70%以上などになったら、軍規、軍装備、兵器などを抜本的に改革するのが普通なのに「そのまま(元亀天正の信長軍の兵器に毛の生えた程度)」でアメリカと戦争を始めていますからね。
沖縄戦の時、イタリアは2年前に降伏、ドイツもこの年の4月29日にはヒトラーが自殺してヨーロッパでは戦争が終了しました。そのあとですよ。国力の差を見せつけられており、勝つ見込みもないのに戦い続けた日本。ヒトラー同様の狂気でしょうか。
このような状態を司馬遼太郎氏は「雑談 昭和への道」で「魔法使いに魔法をかけられて・・・」というまか不思議な状況になっていたというようなことを述べられています。
そもそも、沖縄戦を戦う意味はどこにあったのか。アメリカにはあったかもしれませんが、日本にあったのか。その上でも沖縄県民の犠牲ですね。
そして、アメリカに対する間違った情報を流し続けた日本。何時しか、それが、「真実」と思いこむようになっていたのでしょう。
日露戦争での戦いでも、まともな勇敢さや兵器の優秀性が抜きにされて「突撃」のみを信仰するようになった日本軍ですから、現実が見えなくなっていたのでしょう。今の北朝鮮のようにね。
問題は国民を守るべき軍隊が国民を巻き添えにして多数死なせたことにおると考えます。一部、まともな考え方の軍人がいたとは思いますが、それが、主流になっていないことは明白では。もし、主流になっていたら沖縄戦はもっと早く終結しているはずですから。
司馬遼太郎氏は所属していた戦車隊では首都防衛で「逃げてくる避難民に対してどのようにすれば」とある兵士が質問したところ、上官は「ひき殺せ」といったと述べられていました。

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