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2007年5月 7日 (月)

顕微鏡と望遠鏡

5月5日のNIKKEIプラス1の「妙なお話」でこの2つの器具を使ったたとえ話を載せていました。
「顕微鏡」の方を近視眼的にとらえ、「望遠鏡」の方は長期展望的な考え方ですね。
この頃の少年野球では、一球ごとにバッターが監督の指示を仰いでいるとか。勝つために選手に考えさせずに指示を出しているとか。理由は「勝利」しないと親からクレームがでて、監督が首になるとか。
電車内での母子の行動、我先に乗り込み、脇目もふらず「お勉強」、そばに年配者が立っていようが気にしないというのです。席を譲るとかのマナーを教えようとしないとかね。
今、子育ての現場では、将来を考えて育てるとかいうのが疎かになってきているのでは。野球などの例では、少年野球から高校野球へ進むまでに「故障」で相当脱落しているのでは。そして、高校野球では「甲子園」目指して「故障を隠して」潰れる選手、目先の勝利に囚われすぎているのでは。
野球を例に挙げましたが、学校スポーツから離れて選手を養成しているスポーツのいくつかが世界的に活躍していますね。これは、国際的に通用するようにじっくりと育てているからでしょうね。
勉強でも、「目先のテスト」の点にのみ囚われて「覚える」という方法に固執しすぎている親や教師が目につくようですね。その影響は子どもに現れます。「じっくり読み取る」「考える」「表現する」ということをしようとしない子どもたちですね。
これらについては、昔ながらの日常の遊びの中にも鍛える要素があったと思います。「近視眼的に」なりすぎて「効率的」といいながら「非効率」な状態になっているのが今の子育てかもしれませんね。

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