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2007年2月10日 (土)

学力とは何か、学ぶと何か、必修とは

2月10日日本経済新聞一面連載「ニッポンの教育」のテーマは『「必修」だれが決める』ということで、小中高校で教育内容を規定している「学習指導要領」について取り上げられていました。
昨年、世間を賑わせた「必修科目の未履修問題」がありましたね。で、必修科目はどのように決められているのでしょうか。
昔は「読み書き算数」を基本に社会理科体育芸術家庭科の科目がそれぞれほとんど必修だったはずです。その後、選択科目が増えてくることになるのかな。
『「必修」だれが決める』のか。業界や学会の「圧力」で科目が変わったり、増えたり、また、内容でも新たに触れらりたりするというのです。
そこでは、全人教育などという理念は消えてしまっているかと思いますね。
リベラルアーツ(日本では大学の一般教養の意味に取られることが多いようです)という考え方があります。人文科学、社会科学、自然科学全般を幅広く学び、専門科目を学ぶための基礎を磨くことかな。そして、アメリカではこのリベラルアーツが機能しているようです。
ところが、日本では基本的なというか基礎的な人文科学の教養にない他分野の専門家・研究者、自然科学の教養のない専門家・研究者が多いですね。社会科学も含めてね。
知らないことを自慢するという間違った風潮もありますね。それが、入試などの受験勉強で試験に出ないから「勉強しない」「受験科目しか勉強しない」という風潮を助長して、今のような形式のテストを蔓延らす原因にもなったと思います。
昨日でしたか、医学部生や司法試験合格者のことを書きました。例えば、裁判で扱う事項は「法律」だけですか。人文科学、社会科学、自然科学など多岐にわたっていますね。その時の事例を法以前で理解する必要があるはずです。その点が、最近特に怪しくなってきているというのです。
医学部では、生命の尊厳ですね。哲学の範疇の考え方も絶対必要のはずです。
簡単にいえば、全科目必修化、そして、芸術と体育を除いて全科目外部試験による認定をお願いしたいですね。基準点方式で、その科目の認定か不認定だけに使用すること。
内容は、大学進学者とかいろいろな進路に応じてよいと思います。大学進学者は大学の教育に耐える学力を。就職希望者には・・・(一言では書けない)というようにね。進路の乗り換えは出来るようにしておく必要はあると思います。また、企業は「新卒採用」に拘る姿勢をなくしてほしいですね。

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