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2006年10月24日 (火)

日本軍の捕虜に対する態度の変化から思うこと

10月22日の日経「春秋」に次のような一文がありました。『ロシア兵は降伏するとき両手を上げて「マツヤマ」と叫んだそうだ。日露戦争の当時、四国の松山にロシア兵捕虜収容所があり、人口の1割を超える4000人が町にあふれた。散歩はもちろん観劇や買い物、道後温泉の入浴も自由だった。』というものです。
少し、待遇がよすぎるのではと思ったりもします。第一世界大戦でのドイツ軍捕虜に対しても丁重に扱っていたといいます。
それが、満州事変から日華事変、太平洋戦争と進むにつれて「国際条規」を平気で無視するようになりました。どうして、このような変化が起こったのか。検証することが重要ですね。そして、一部の研究者の間だけではなく国民全体で考える必要があると思います。
この捕虜への扱いの変化と前後して強制連行、従軍慰安婦などの問題も起こしていますね。
日露戦争の時、明治天皇の開戦のついての勅旨には「国際条規の定める範囲内において・・・」というのが入っているので、昭和天皇も太平洋戦争の時、同じ文言「国際条規の範囲内で・・・」を入れようとして排除されたといいます。
この違いはどこから来たのでしょうか。その結果、BC級戦犯が多数発生することになりました。だれが、国際条規を無視させたのか。考えられるのは当時の政権中枢ですね。どうして、そのような考えになったのかを検証に、同じような失敗を繰り返さないようにするには何をなすべきかを考えることが重要だと思います。
それをろくにしていないのが最近のアメリカですね。イラクのベトナム化で苦しんでいますね。単なる民族解放勢力を「共産主義者」と決めつけ、共産政権を樹立させたりしています。
歴史を無視する者、過去の事件をなかったことにする者は未来に対しても盲目になるというよい例だと思います。

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