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2006年9月23日 (土)

「指導力不足」教員も問題だが、学習の意味を壊す受験科目至上主義教師も問題のはず

9月23日の各新聞に「「指導力不足」教員、05年度は506人」とかの見出しで文部科学鳥の調査結果が出ていました。「音楽の教師なのに生徒の前で歌えない」「生徒が理解できていないのに一方的に授業をすsめる」「自習時間が多い」とかあるようです。
各教育委員会の判定基準で東京都は「広く豊かな教養に欠ける」というのを上げています。この幅広い教養というのは小学校から各教科を勉強していくことによって基礎が形成され、各自の自主的研鑽によって身に付くものだと思います。
受験勉強については、例えば受験科目にないからと数学を勉強しないとどうなるのかについては9月20日に週刊 ダイヤモンドの特集記事より書きました。数学を勉強していないと辛いことになる可能性が高いということです。
私立大学文系志願者にたいして「数学を勉強しなくてよい」などという教師も非常に問題ですね。生涯で数千万円の損害を生徒に与えることになります。このようなのも「問題教師」ではないでしょうか。
ダイエットで事故が起こったりしていますね。これは、生物、家庭科科目、保健科目の重要性を理解していない教師が多いためでは。「保健」を教えていて生徒のまで「たばこ」を吸っている教師、勉強の意味を否定すると問題教師では。もっとも、敷地内禁煙の学校が増えてきていますから減少はすると思います。
現代社会という科目は今の社会の概略を学ばせている。もっと、大事にしてほしいですね。数学の力のない一番の原因は「国語力」だったりえうるかも。
長年かかって、国語、社会、数学、理科、英語、体育、芸術、家庭科などが必修で教えられてきたのはそれなりに理由のあることだったのです。それを「受験科目でないから勉強しなくてよい」というような雰囲気を生徒に与える教師も問題教師と思います。
そうそう、人間は「学習」をすることによって人間になっていきます。よく考えてみてくださいね。「ことば」「歩行」「遊び」「携帯の使用方法」などなど学習した、または学習したことを使うことによってできることばかりですね。
けいたいなどのでんしめーるをひらかなだけでおくってみてください。よみにくくなるとおもいます。かたかなのみはもっとよみにくかも。かおもじをいれるとすこしはよみやすくなりとおもいますが、かんじをつかうともっとよみやすくなるとおもいます。かんじのべんきょうしましょう。

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