« 自己解剖の勇気 | トップページ | 高校運動部員の喫煙 »

2006年3月 2日 (木)

大学の教育について思うこと

2月27日の日経教育面を読んで思うことがありました。それで、遅くなりましたが、教育の目的なについて書いてみました。
国や地方公共団体、親に課せられた義務教育は文化的で普通の生活をするのに支障のない教養をこどもにつけさせることでしょうね。
高等学校や大学などは、義務教育の成果の上に立って、生徒や学生の才能を伸ばし、「有用な人材」を養成することかな。
今の大学は教育改革とはいろいろ取り組んでいますね。効果が十分上がっていない面もあります。
大学も大学ですという面がありますが、義務教育等で基礎学力が養成されていない状況が現実に起こっているのでは。それもあって大学教育がうまくいかなくなった面があるので鳩も思います。
欧米では、大学入学者の学力レベルを維持するのはどうしているのでしょうか。イギリスでの高校の大学進学者向けのある科目の教科書をもらったのでが分厚いですね。日本で難しいといわれたカリキュラムのときの教科書より難しいし、量も多いです。
日本は、高校生全員に対する教える量を減らしてしまったことに問題があるようですね。その結果、ギャップが大きくなりすぎた。
実際、「ゆとり」の意味の取り間違いと「勉強」の意味の希薄化が学力低下に繋がり、大学もまともな入試改革ではなく、採点負担の軽い方に移行したことも勉強の質の低下を招いたようですね。
「記憶」のみが勉強と思うような学生が増えたにもかかわらず、対応をしていないところが目立つことが「大学の教育力」の低下としてでてきて、「有用な人材」の育成も滞るようになったのかと思います。

この書き込みのメールマガジンの申し込みはhttp://www.mag2.com/m/0000180983.htmlでお願いします。

|

« 自己解剖の勇気 | トップページ | 高校運動部員の喫煙 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 自己解剖の勇気 | トップページ | 高校運動部員の喫煙 »