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2005年11月24日 (木)

太平洋戦争中の人権感覚

まあ、司馬遼太郎氏の講演集からですが、大戦末期に栃木県に駐屯していた戦車隊での話だそうです。
アメリカ軍が湘南に上陸してきた場合、首都防衛のために栃木から出撃することになっていたそうです。
首都圏の住民は「北」に向かって避難してくることになりますね。戦車は南下。ある兵が避難民を避けるにはどうしたらよいのかと上官に聞いたら「轢き殺せ」だったそうです。
なにを考えているのかいう感じですが、当時の日本軍の上層部の考えを代弁しているような気がします。沖縄戦でも「赤ちゃんが泣くとアメリカに見つかるから殺せ」も同様ですね。
国民のことを考えていない典型ですね。
兵員に対しても「おまえらは1銭5厘だが、馬は数十円するから馬の方が大事である。」というような話を聞いたことがあります。ここには、親などが思う肉親に対する感情のかけらも見て取れないですね。
このような人権感覚の親玉が当時の軍の上層部ですね。国民のことを全く考えていなかった証拠みたいなものですね。ドイツはヒトラーの狂気に引きずられた感じがあるのですが、日本は集団の狂気では。
この狂気集団の親玉たちを首相が参拝していることになりはしませんか。ということは首相の人権感覚もこの程度かという感じがします。

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